石仏

補陀落山藤戸寺

7月17日に備前の史跡巡りを行った。源平藤戸合戦の古戦場を巡る旅となった。 寿永三年(1184年)二月に、一の谷の合戦で大敗した平氏は、水軍に頼って西に逃れ、備前国藤戸の地に拠った。 現在、藤戸と天城の間には倉敷川が流れているが、ここは寿永の当時…

久畑の関所跡 大兵庫開拓団殉難者之碑

静思堂から国道426号線を東進する。国道426号線は、兵庫県豊岡市から京都府福知山市までつながっている。 江戸時代にはこの道は、京街道と呼ばれた。出石藩や豊岡藩の大名行列は、この道を通った。 兵庫県豊岡市但東町久畑(くばた)は、江戸時代には宿場町…

法澤山大雲寺

オランダ通りから南西に歩く。 岡山市北区表町3丁目にある浄土宗の寺院、法澤山大雲寺に辿り着いた。 法澤山大雲寺 大雲寺は、岡山城を築いた宇喜多氏によって、現在の岡山市北区西大寺町に建てられた。 当初は、竜昌山大運寺と称していた。寺は一度衰微し…

二上山両山寺 前編

唐臼墳墓群から、山間の道を行き、岡山県久米郡美咲町両山寺にある真言宗の寺院、二上山両山寺を訪れた。 両山寺は、東峰の弥山(みせん)、西峰の城山という2つの頂を持つ二上山の中で、弥山中腹にある寺院である。 創建は和銅七年(714年)で、第43代元明…

熊野神社遺跡 後編

小さな鳥居を過ぎて参道を行くと、道が二手に別れている。 左に行くと、燈明の塔と呼ばれる巨石の上に載った石塔がある。 燈明の塔への道 燈明の塔と巨石 燈明の塔は、二つに割れた巨石の上に載っている。 ここではこの岩の間を通ることで、今までの人生で積…

熊野神社遺跡 前編

「鳥取県の歴史散歩」によれば、佐治四郎重貞が根拠地とした場所の一つが、鳥取市佐治町大井にある熊野神社遺跡であるという。 どんな場所か分らぬが、取り敢えず行ってみることにした。 訪れてみると、今まで見たこともないような不思議な史跡であった。 熊…

早良親王墓 浅野公園

昨日紹介した常隆寺は、延暦四年(785年)に薨去した早良(さわら)親王にゆかりのある寺であった。 かつてその早良親王の墓だったという場所が、淡路市仁井にある。だった、というのは、早良親王の遺体は、延暦十九年(800年)に、淡路の墓から大和国の八島…

北向八幡神社 那須与一墓所

妙法寺から南東に数百メートル車を走らせると、道を挟んで北向八幡神社と那須与一墓所が向い合せで建っている。 地名で言うと、ここもまだ神戸市須磨区妙法寺になる。 那須与一は、下野国出身の武者で、源平合戦の折に、源義経軍に従軍した弓の名手として知…

須磨寺 その1

神戸市須磨区須磨寺町にある上野山福祥寺は、通称須磨寺と呼ばれている。真言宗須磨寺派の大本山である。当ブログでも、通称の須磨寺の名で紹介する。 真言宗には、全部で18の大本山があるが、その一つである。 私は真言宗の信徒なので、18の大本山を訪問す…

松風村雨堂

綱敷天満宮から北に歩き、山陽電鉄須磨寺駅まで行く。 須磨寺駅の東側出口のすぐ傍に、「平重衡とらわれの松跡」がある。今は小さな祠があるだけである。 平重衡とらわれの松跡 かつてこの辺りには、大きな松の木があったという。 平重衡は、平清盛の五男で…

神戸市西区 太山寺 後編

太山寺境内の東側にある羅漢堂と釈迦堂の位置関係は、丁度神社の拝殿と本殿の位置関係に似ている。羅漢堂の奥に釈迦堂がある。 羅漢堂 羅漢堂は、正面に華頭窓と大きな唐破風を持つ寺院建築である。建立は江戸時代後期と伝えられる。 内部には、四天王像、十…

志染の岩室

兵庫県三木市志染町井上に、千体地蔵と言われる地蔵群がある。 中心にある地蔵尊は、山から突き出た砂岩に刻まれたものである。 千体地蔵中央のお堂 地蔵尊 この地蔵尊は、伝承によれば、天平三年(731年)12月に行基菩薩が彫ったものとされている。しかし実…

闘龍灘

兵庫県を代表する河川である加古川は、兵庫県丹波市の粟鹿山付近を源流とし、瀬戸内海まで流れている。 兵庫県加東市上滝野の加古川中流域にあるのが、名勝闘龍灘である。 ここは、川底から数メートルほど岩石が隆起していて、その岩石の間を縫って川が流れ…

三星城跡 吉田の油地蔵

林野の町から国道179号線を北上すると、左手に三星山が見えてくる。この山の麓にあるのが三星城跡である。 美作中央病院の裏に三星山の登り口がある。 三星山登り口 登山口には、明見三星稲荷の鳥居がある。この先で道が左右に分かれる。左に行けば、明見三…

北条の五百羅漢

住吉神社、酒見寺から北に歩いて、北条小学校と北条中学校の間の道を抜ける。当日は、小学校のグラウンドで少年野球の試合が行われていた。 学校を過ぎると、右手に天台宗の寺院である羅漢寺が見えてくる。 この寺にあるのが、北条の五百羅漢と呼ばれる石仏…

加西市 住吉神社

兵庫県加西市北条町古坂にある加西市埋蔵文化財整理室の駐輪場横に、阿弥陀三尊の種子を刻んだ鎮岩(とこなべ)板碑がある。兵庫県指定文化財となっている。 鎮岩板碑 元々は、加西市鎮岩町の大日堂の境内にあったが、加西市が保存のため、この場所に移転し…

報恩寺 長慶寺山古墳群

兵庫県加古川市平荘町山角にある印南山報恩寺は、真言宗の寺院である。 元明天皇の和銅六年(713年)、証賢上人の開基と伝えられる。 報恩寺山門 寺内には、数多くの石造遺品が残されている。寺勢が隆盛を誇っていた鎌倉時代から室町時代にかけてのものが多…

山伏峠石仏 玉丘古墳群

兵庫県加西市玉野町にある山伏峠には、兵庫県指定文化財の2基の石棺仏がある。 山伏峠石棺仏 道側の1基は、高さ2.25メートル、幅1.24メートル、厚さ0.4メートルの大きな家型石棺に、蓮華座上の阿弥陀坐像を彫刻している。 奥にあるもう1基は、高さ2.1メー…

加西市拾い歩き

兵庫県加西市繁昌町にある乎疑原(おぎはら)神社は、奈良時代の創建とされている。 平安時代の延喜式にも載っていて、加東郡、加西郡35ヶ村の総社として、例祭には朝廷から幣帛が供進されていた。 祭神は、元々は大国主命と少名彦命であったが、近くにある…

周遍寺密蔵院 清慶寺

北条鉄道網引駅のすぐ近くには、周遍寺密蔵院がある。ここは高野山真言宗の寺である。 周遍寺密蔵院 密蔵院の楼門の前の広場に、観音像を中心にして、古い墓石などが集められた一角があった。 墓石群 その墓石群に向かって右側の手前に、古い石棺仏がある。…

法華山一乗寺 後編 附古法華石仏

三重塔の前から石段の上を見上げると、大悲閣と呼ばれる本堂が見える。 本堂 本堂は、国指定重要文化財である。現在の本堂は、創建されてから四代目で、寛永五年(1628年)に、姫路藩主本多忠政によって建立された。 本多忠政は、姫路城西の丸を築いて、姫路…

旧大國家住宅 大題目岩

岡山県和気郡和気町尺所に、国指定重要文化財の旧大國家住宅がある。隣は閑谷学校の伝統を継ぐ岡山県立和気閑谷高等学校である。 旧大國家住宅は、現在老朽化が進んでいることから、大規模改修工事中であった。 旧大國家住宅 大國家は、幕末までは大森姓を称…

瓜生羅漢と感状山城跡 附布勢駅家跡

兵庫県たつの市新宮町から佐用郡佐用町に抜ける国道179号線を進むと、播磨科学公園都市の案内標識が出てくる。播磨科学公園都市は、兵庫県の相生市、たつの市新宮町、赤穂郡上郡町、佐用郡佐用町にまたがる山地を切り開いて開発された学術研究都市である。 …

觜崎

龍野の中心街から揖保川沿いに北上し、新宮町との境に差し掛かると、揖保川左岸にところどころ岩壁がむき出しになっている岩山が見えてくる。鶴嘴山という岩山である。 この山肌の岩を削って、摩崖仏が彫られている。觜崎(はしさき)摩崖仏という。摩崖仏は…