令和元年10月10日の「時計について」という記事で、私はSEIKOのSARB035を愛用していると書いた。
ところが、令和4年5月に、愛用していたSARB035が突然止まってしまった。どうやらゼンマイが切れてしまったらしかった。その時点で、購入してから、約7年経過していた。
SARB035は、自動巻きの機械式時計であった。高い時計はいらないと思っていたが、機械式時計にこだわって、国内で販売されている機械式時計の中で最も安いSARB035を買ったのであった。
購入当時で、SARB035は約38,000円であった。その前に使用していたオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルが、4年ごとのメンテナンス費用が約40,000円かかることを思えば、新しいSARB035を購入してもよかった。
だが、SARB035のゼンマイが切れてしまった時点で、私の中で、機械式時計への気持ちはなくなってしまった。
定期的にメンテナンスが必要な時計は、もう私には必要ないと思ったのである。
そこで、クォーツ時計を探すことにした。
スマートフォンがある時代に、そもそも腕時計が必要なのか?と思われる方もおられるかも知れないが、私は腕時計をして育った世代である。外出した時に腕時計をしていないと、何か忘れ物をしたみたいで落ち着かない。又、時間の確認のためにいちいちスマートフォンを開くのも面倒くさい。ぱっと腕時計を見て時間を確認したい。
機械式であるならば、中の機械にこだわりを持つところであるが、クォーツはどんなものでも中身は同じであると思った。
そうとすれば、なるべく安いものでいいではないかと思ったのであった。
そこで私は、俗にチープカシオ略して「チプカシ」と呼ばれる時計に興味を持った。
最初に候補に挙げたのは、世界的なベストセラー時計、F91Wである。
この時計、実勢販売価格は、約1,500円である。ホームセンターの時計コーナーで売っている、極めて安っぽい(誉め言葉)時計である。
だが、アマゾンなどで調べてもらえば分かると思うが、この時計、世界各国で絶賛されているロングセラー、ベストセラー時計なのである。
この安さで必要最低限の機能は維持されており、なおかつ日常生活防水なのである。そして、どこか1980年代っぽいレトロ感のあるデザインがいい。
中東や南アジアではよく売れている。そのような発展途上国だけでなく、先進国の有名人や映画俳優も着けている。
例えば、アメリカのオバマ大統領がF91Wを着けていたことは有名である。
そして皮肉なことに、そのオバマ大統領の指示で殺害されたオサマ・ビンラディンが愛用していたことでも知られている。
この時計は、イスラム過激派のテロリストが自作する時限爆弾の起爆装置に使われていたことでも知られている。機能が単純で、どこでも手に入るし、極めて安価であるというのがその理由である。
イスラム教徒は、腕時計を不浄の手である左腕に着けずに右腕に着けるそうだが、このF91Wを右腕に着けているものを見たら、テロリストであることを疑えと、冗談のように言われている。
因みに、中東やアフリカの、暑くて砂埃が舞う過酷な環境で、テロリストが愛用している製品は、他にもある。
小銃であればロシア製のAK47、携帯対戦車擲弾発射機であればロシア製のRPG-7、車であればトヨタのランドクルーザーやハイラックス、バイクであればホンダのCG125である。
どれも単純かつ頑健、修理が容易という共通点がある。
ホンダCG125は、今では国内では製造販売されていない。中国やパキスタン、メキシコなどでライセンス生産されている。
ホンダが、1970年代に、道路が整備されておらず、使用環境が過酷な東南アジアや中東といった発展途上国で販売するために開発したバイクである。
その安い車両本体価格、単純で堅牢で修理しやすい単気筒空冷OHVエンジンと、優れた燃費(リッター60キロメートルを超える)、重い荷物を載せられるように極めて頑健に作られた後輪のショックアブソーバーのおかげで、発展途上国では未だに愛用され続けている。
アフガニスタンのタリバンは、数年前に自分達の機関紙で、このCG125を「戦馬」「神が与えてくれたバイク」と絶賛していた。
タリバンは、このCG125を使って戦い続け、ついにアフガニスタン全土を制圧した。言わば米軍に勝ったバイクである。
数年前から私は、マリ、ブルキナファソ、ニジェールといったサヘル地域で勢力を広げているアルカイダ系の武装組織JNIM(イスラムとムスリムの支援団)の動向をウォッチしている。
この勢力は、いずれマリやブルキナファソの軍事政権を倒して、アフリカの一角にサラフィー・ジハード主義の国家を建設しそうな勢いを維持している。
タリバンが、アフガニスタンから外に出ようとしないのに比べ、JNIMは、かつてのISのように、イスラム世界全域の征服を目論んでいるように見える。
アフリカの片隅のこの勢力を、今のところ世界はほとんど注視していないが、いずれJNIMが各国のテレビニュースに出だした頃には、「もう手遅れ」という状態になっているだろう。
現時点でも、既に一時のISに匹敵する面積の地域を支配下に収めている。
このJNIMの戦士が使用しているのも、CG125である。彼らは、右腕に間違いなくF91Wを着けていることだろう。
話が脱線したが、F91Wは、バンドがゴム製である。使っている内に、2~3年でバンドが切れてしまうという情報があった。
そこで私は、同じチプカシで、バンドが金属製のA158Wを選んだ。金属製のバンドなら、切れることはない。
令和4年5月に、私は休日に近所のホームセンターまで歩いて行って、約2,500円でこの時計を買った。
文字盤のデザインは80年代風だが、80年代に子供時代を送った私にとって、どこか懐かしい飽きが来ないデザインだ。
時間を確認するだけなら、これで十分である。
本体は銀色なので金属製に見えるかも知れないが、樹脂製である。極めて薄くて軽い。着けているのが気にならない軽さと薄さだ。
これを一度着けてしまうと、もう重い機械式時計や、ごついG-SHOCKなどは、しんどくて着けられない。
A158Wは、ボタン式電池で動くが、普通に使っている限りは、電池は約10年もつそうだ。
電池は100均で売っている。youtubeで交換方法が公開されていることだろう。電池が切れたら自分で交換しようと思う。
こうして私が、チプカシ生活を始めて3年が経った。風防にも傷がついたが、元々2,500円の時計なので、全く気にならない。
もし亡くしても、安いのでまた買えばいいくらいの気持ちでいる。
高い時計は高い時計でいいものなのだろうが、私にとってはこの時計で十分である。
ひょっとしたら、この時計の千倍、1万倍の値段の時計よりも、私に満足感を与えてくれているのかも知れない。
優れた工業製品は、値段を超えた価値を持っている。