大塚国際美術館の見学を終えて、鳴門市鳴門町土佐泊浦福池にある瓶浦神社を訪れた。
瓶浦神社の祭神は、大海龍王神である。
奈良時代に、薩摩国から素焼きの大瓶を朝廷に献上するために航海していた船が、鳴門沖で沈没した。
霊亀年間(715~716年)に、海中から船に積まれていた大瓶が見つかり、引き上げられてここに祀られたのだという。
大瓶は、今も瓶浦神社の御神体として祀られているという。
瓶を御神体として祀る神社も珍しかろう。
海上安全、豊漁、雨乞いの祈願に霊験あらたかで、付近住民の尊崇を集めているそうだ。
瓶浦神社は、これからも鳴門沖を航行する船舶の航海安全を見守り続けることだろう。
大毛島から橋を渡って、北隣の島田島に渡った。
鳴門市瀬戸町室田ノ浦の、田ノ浦集落の南側に、半島のように海に突き出た山がある。
この山の上に、田ノ浦古墳群があるという。
ネット上にもこの古墳群に関する情報がほとんどない。
とにかく山の上に登ってみようと思った。
とは言え、明確な登山道はない。
過去に人が通った跡と思われる獣道のようなものを登って行った。
山頂近くに、円墳のようなものがある。
一見して、これが古墳かどうか分からなかった。
だが近づいてみると、石棺の蓋と思われる石材が地表に露出しているのが分かった。
石の下を少し掘ってみると、すぐに穴が空いた。この下は空洞であろう。
間違いなく、石棺の蓋である。
古墳の一つに辿り着いたことで、私は満足した。
尾根を歩くと、他にも石棺の石材と思われる石が散乱している場所があった。
田ノ浦古墳群の古墳がいつの時代のものか、私には分からない。
田ノ浦の北側には、室という集落がある。
この室の集落の南側の山中に、室古墳群があるという。
しかしこの山に登る道がどこか分からず、室古墳群の見学は、諦めるしかなかった。
大毛島に戻って、鳴門市鳴門町土佐泊浦大毛にある千鳥ヶ浜を訪れた。
ここは、吉川英治の小説「鳴門秘帖」の舞台となった場所である。
ここからは、大鳴門橋がよく見える。
千鳥ヶ浜に接して、陸繋島の網干島がある。
この網干島は、岩石だらけの島で、ウバメガシが全島を覆っている。
「徳島県の歴史散歩」によると、ここに西行の雨宿り岩があるとのことだった。
島の周辺を歩いたが、荒涼たる岩が転がるばかりで、どれが雨宿り岩か分からなかった。
島の海側に面する岩が褶曲構造になっているのが分かった。