街道

久世

旧遷喬尋常小学校の見学を終えて、西に走り、真庭市久世(くぜ)の中心に至った。 久世は、江戸時代に出雲街道と大山街道が交差する宿場町として繁栄した。 また旭川の河岸に高瀬舟が発着する川湊が置かれ、岡山城下に物資を運び出す拠点となった。 享保十二…

観音峠 観音堂

中畷古墳の見学を終えて、国道9号線を西に行く。 南丹市園部町と船井郡京丹波町の境界に差し掛かる。 境界はかつて観音峠があった場所で、今はトンネルがある。 南丹市と京丹波町の境界のトンネル トンネルの東側、つまり南丹市側に、山の中腹に降りていく…

売布神社

清荒神清澄寺の参拝を終え、門前町の坂道を下っていくと、途中道が二股に分かれる場所がある。 ここを左に行くと、中山寺の巡礼街道を行くことになる。 巡礼街道への分かれ道 中山寺巡礼街道案内図 中山寺は、真言宗十八本山の一つだが、西国三十三所観音霊…

十方山浄橋寺 

名塩の見学を終えて、西宮市生瀬(なまぜ)町2丁目にある浄土宗の寺院、十方山浄橋寺を訪れた。 浄橋寺 この寺院は、浄土宗西山派の開祖証空上人が、仁治二年(1241年)に開いた寺である。 寺院の縁起によると、上人がこの地を訪れた際、この地を荒らす山賊…

名塩

有馬の史跡巡りを終え、山川出版社「兵庫県の歴史散歩」上巻に載っている神戸市内の史跡は全て巡り終わった。 これからは、阪神間の史跡を巡ることになる。以前芦屋市の史跡を巡ったが、今後の摂津の史跡巡りでは、芦屋市、西宮市、宝塚市の史跡を巡ることに…

福良

兵庫県南あわじ市福良(ふくら)は、古くから淡路から阿波に渡る船が発着する港であった。 古代律令制で定められた南海道の福良駅が置かれた場所でもある。 江戸時代には、徳島藩の屋敷や番所が置かれた。近代になってからも、大鳴門橋が完成するまで、徳島…

福田海 前編

7月15日に備中の史跡巡りを行った。 私は今まで、播磨、備前、美作、摂津、但馬、因幡、丹波、淡路の8か国の史跡巡りをしてきた。 播磨の史跡巡りは令和2年に、備前は今年終了した。備前の西隣の備中は、私が史跡巡りで訪れた9つ目の国になる。 また新し…

恩原ダム 恩原遺跡群

岩井滝から南東に進み、国道482号線に出る。 国道482号線は、かつて因幡道と呼ばれた。国道482号線を東進すると、岡山ー鳥取県境にある標高785メートルの辰巳峠に至る。ここを越えると、因幡である。 辰巳峠 岡山県側から鳥取県側を望む 因幡に入り、国道482…

福知山市 円浄寺 荒木神社

一宮神社から東に行くと、同じ福知山市堀に曹洞宗の寺院、円浄寺がある。 円浄寺 鐘楼門 円浄寺は、元和八年(1622年)に曹洞宗の寺院、久昌寺の末寺として創建された。 この寺院には、福知山市指定文化財の「紙本金地著色四季花鳥図」が所蔵されている。 こ…

淡路国分尼寺跡 和光山神本寺

兵庫県南あわじ市八木徳野にある笑原神社東宮から真っすぐ南に下ると、T字路に突き当たる。 このT字の先の畑に、かつて徳野塚村古墳があったと言われている。 徳野塚村古墳のあった辺り 昭和26年に農家が畑を開墾していると、須恵質の陶棺が見つかった。長さ…

沢の鶴資料館 後編

冷やされた蒸米は、麹菌の発育に適当な30~40°の室温を保った麹室(こうじむろ)にて種麹を振られ、麹蓋に盛られる。麹蓋には保温用の掛布をかけて、棚に置き、約40時間置いておく。こうして蒸米の中で麹菌が繁殖し、麹が出来る。 麹室 麹蓋 麹室は、室内の…

港町下津井 前編

下津井は漁港であり、タコ漁で有名である。 下津井漁港 下津井には、タコ料理で有名な保乃家(やすのや)がある。私がまだ24歳のころ、保乃家でタコのフルコース料理を食べて、あまりの美味しさに感激した記憶がある。 今は漁港の下津井だが、江戸時代から明…

若桜往来、智頭往来沿いの史跡

倉田八幡宮の参拝を終えて北上し、鳥取市正蓮寺にある面影山という小山に向かう。 この山の西麓に建つ面影神社の鳥居の手前に、鳥取県指定保護文化財である木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像を祀る毘沙門堂がある。 毘沙門堂 毘沙門堂は、新しい建物である。…

門尾三本松峠

大樹寺から県道282号線を東に行くと、すぐにヤマメ養殖場の看板が見えてくる。 ここを左に曲がると、すぐ左手の山際に、因幡毛利氏最後の当主毛利豊元の墓とされる宝篋印塔がある。 毛利豊元の墓 因幡毛利氏は、毛利次郎貞元による反乱が鎮圧された後も生き…

香々美新町宿

赤峪古墳から進路を北東にとり、江戸時代の宿場町、香々美新町に赴いた。 香々美新町宿 津山藩森氏の時代に、美作津山と伯耆倉吉との間に倉吉街道が整備された。新町は、津山から倉吉街道を伝って倉吉に赴く場合の最初の宿場町であった。 江戸時代には、馬の…

久畑の関所跡 大兵庫開拓団殉難者之碑

静思堂から国道426号線を東進する。国道426号線は、兵庫県豊岡市から京都府福知山市までつながっている。 江戸時代にはこの道は、京街道と呼ばれた。出石藩や豊岡藩の大名行列は、この道を通った。 兵庫県豊岡市但東町久畑(くばた)は、江戸時代には宿場町…

乾氏墓地

下船岡神社の周辺には、下船岡の落ち着いた町並みが広がる。 船岡は、大江川と見附川が合流する場所で、水陸交通の要衝として栄えた地である。 鳥取藩池田家の家老乾(いぬい)氏の知行地となり、陣屋が置かれた。 下船岡の町並み 下船岡には古い民家が多く…

安井宿 諏訪神社

新興寺から国道29号線を鳥取市方面に進む。 江戸時代には、鳥取から姫路までの街道沿いには、宿場町が形成されていた。鳥取から播州までの間の街道は、若桜街道と呼ばれていた。 若桜街道の若桜宿から鳥取城方面に向かう次の宿場町が安井宿である。 安井宿 …

細野峠 

京丹波町水原の集落から国道9号線を西進すると、京都府福知山市に入る。 京都府福知山市に入る 福知山市と京丹波町の境界を越えると、すぐ左手に国道9号線から山に入っていく古い道がある。 平成8年に「歴史100選の道」に選ばれた京街道細野峠である。 京…

岡山市 興除神社

藤田神社から南西に車を走らせ、次なる目的地の興除(こうじょ)神社に向かった。 興除神社は、岡山市南区中畦(なかうね)にあるが、この一帯は、文政四年(1821年)から文政六年(1823年)にかけて開発された興除新田と呼ばれる干拓地である。 児島湾に干…

南京町

海岸ビルヂングの見学を終えて、神戸市中央区元町通、栄町通にまたがる中華街、南京町に行った。 因みに、南京町という地名はない。あくまで通称である。 南京町の西端にある西安門から町に入った。 西安門 1868年1月1日に、欧米五ヶ国との条約に基づいて…

神戸元町 後編

元町商店街を更に東に歩いていく。 元町通5丁目にある、はた珈琲店は、自家焙煎にこだわる老舗喫茶店である。 はた珈琲店 店頭のヨーロッパ産の磁器 ここは、「港町ブレンド」や「メリケンブレンド」、「敦盛ブレンド」など、神戸を彷彿させる名前のブレン…

神戸元町 前編

湊川神社の参拝を終え、東に向かって歩き始めた。 しばらく東に歩くと、神戸を代表する商店街、元町商店街の入口がある。 その手前に、西元町きらら広場という広場があり、兵庫県里程元標という標柱が建っている。地名で言えば、神戸市中央区相生町1丁目に…

西川緑道公園 後編

薬師院の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻った。 西川緑道公園の標柱 西川橋から公園を北上してしばらく行くと、右手に岡ビルという昭和レトロなビルが見えてくる。 岡ビル ここは地元の人で賑わう、魚などの小売り市場であるらしい。 江戸時代には、この岡…

西川緑道公園 中編

蓮昌寺の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻る。 緑道公園のすぐ東側に、白亜の岡山バプテスト教会が建っている。場所は岡山市北区田町1丁目になる。 岡山バプテスト教会 バプテスト教会は、キリスト教プロテスタントの一教派で、アメリカで広く普及している…

西川緑道公園 前編

大雲寺の南西にある大雲寺交差点から西にしばらく歩くと、岡山の市街地を南北に貫く西川用水に行き当たる。 西川用水は、岡山市北区三野のあたりの旭川から取水され、岡山市街を通って児島湾まで続いている。 西川用水は、平安時代には既に原型があった人工…

オランダ通り周辺

昨年12月5日に備前の史跡巡りを行った。岡山市街の史跡を中心に巡った。 岡山を代表する商店街である表町商店街の1本東側を通る南北の通りを、通称「オランダ通り」という。 オランダ通り 煉瓦を敷き詰めた瀟洒な通りである。私が訪れた時は、まだ朝早かっ…

養父神社 後編

養父神社本殿の奥にあるのが山野口神社であるが、そこに至るまでの参道の脇に、末社迦遅屋(かじや)神社がある。 迦遅屋神社 迦遅屋神社の祭神は、奥津彦命、奥津姫命、猿田彦命、表米親王であるが、別名猫の宮とも呼ばれ、鼠除けの神様として信仰されてい…

河原町妻入商家群

篠山の街並みの東側に、東西に古い商家群が軒を連ねる一帯がある。 丹波篠山市河原町の河原町妻入商家群である。 河原町妻入商家群 千本格子、荒格子、虫籠窓などを持った瓦葺、白壁の商家が道の両側に続く。 白壁の街並みを歩くと、江戸時代後期から明治時…

御徒士町武家屋敷群

篠山城跡西側の外堀に面して建つのが小林家長屋門である。 小林家長屋門 小林家は、第12代藩主青山忠裕に老女として仕えた小林千枝が住んだ家である。 小林家長屋門は、忠裕が千枝の多年の労に報いるため、文化年間(1804~1818年)に修築したものとされてい…