街道

若桜往来、智頭往来沿いの史跡

倉田八幡宮の参拝を終えて北上し、鳥取市正蓮寺にある面影山という小山に向かう。 この山の西麓に建つ面影神社の鳥居の手前に、鳥取県指定保護文化財である木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像を祀る毘沙門堂がある。 毘沙門堂 毘沙門堂は、新しい建物である。…

門尾三本松峠

大樹寺から県道282号線を東に行くと、すぐにヤマメ養殖場の看板が見えてくる。 ここを左に曲がると、すぐ左手の山際に、因幡毛利氏最後の当主毛利豊元の墓とされる宝篋印塔がある。 毛利豊元の墓 因幡毛利氏は、毛利次郎貞元による反乱が鎮圧された後も生き…

香々美新町宿

赤峪古墳から進路を北東にとり、江戸時代の宿場町、香々美新町に赴いた。 香々美新町宿 津山藩森氏の時代に、美作津山と伯耆倉吉との間に倉吉街道が整備された。新町は、津山から倉吉街道を伝って倉吉に赴く場合の最初の宿場町であった。 江戸時代には、馬の…

久畑の関所跡 大兵庫開拓団殉難者之碑

静思堂から国道426号線を東進する。国道426号線は、兵庫県豊岡市から京都府福知山市までつながっている。 江戸時代にはこの道は、京街道と呼ばれた。出石藩や豊岡藩の大名行列は、この道を通った。 兵庫県豊岡市但東町久畑(くばた)は、江戸時代には宿場町…

乾氏墓地

下船岡神社の周辺には、下船岡の落ち着いた町並みが広がる。 船岡は、大江川と見附川が合流する場所で、水陸交通の要衝として栄えた地である。 鳥取藩池田家の家老乾(いぬい)氏の知行地となり、陣屋が置かれた。 下船岡の町並み 下船岡には古い民家が多く…

安井宿 諏訪神社

新興寺から国道29号線を鳥取市方面に進む。 江戸時代には、鳥取から姫路までの街道沿いには、宿場町が形成されていた。鳥取から播州までの間の街道は、若桜街道と呼ばれていた。 若桜街道の若桜宿から鳥取城方面に向かう次の宿場町が安井宿である。 安井宿 …

細野峠 

京丹波町水原の集落から国道9号線を西進すると、京都府福知山市に入る。 京都府福知山市に入る 福知山市と京丹波町の境界を越えると、すぐ左手に国道9号線から山に入っていく古い道がある。 平成8年に「歴史100選の道」に選ばれた京街道細野峠である。 京…

岡山市 興除神社

藤田神社から南西に車を走らせ、次なる目的地の興除(こうじょ)神社に向かった。 興除神社は、岡山市南区中畦(なかうね)にあるが、この一帯は、文政四年(1821年)から文政六年(1823年)にかけて開発された興除新田と呼ばれる干拓地である。 児島湾に干…

南京町

海岸ビルヂングの見学を終えて、神戸市中央区元町通、栄町通にまたがる中華街、南京町に行った。 因みに、南京町という住所はない。あくまで通称である。 南京町の西端にある西安門から町に入った。 西安門 1868年1月1日に、欧米五ヶ国との条約に基づいて…

神戸元町 後編

元町商店街を更に東に歩いていく。 元町通5丁目にある、はた珈琲店は、自家焙煎にこだわる老舗喫茶店である。 はた珈琲店 店頭のヨーロッパ産の磁器 ここは、「港町ブレンド」や「メリケンブレンド」、「敦盛ブレンド」など、神戸を彷彿させる名前のブレン…

神戸元町 前編

湊川神社の参拝を終え、東に向かって歩き始めた。 しばらく東に歩くと、神戸を代表する商店街、元町商店街の入口がある。 その手前に、西元町きらら広場という広場があり、兵庫県里程元標という標柱が建っている。地名で言えば、神戸市中央区相生町1丁目に…

西川緑道公園 後編

薬師院の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻った。 西川緑道公園の標柱 西川橋から公園を北上してしばらく行くと、右手に岡ビルという昭和レトロなビルが見えてくる。 岡ビル ここは地元の人で賑わう、魚などの小売り市場であるらしい。 江戸時代には、この岡…

西川緑道公園 中編

蓮昌寺の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻る。 緑道公園のすぐ東側に、白亜の岡山バプテスト教会が建っている。場所は岡山市北区田町1丁目になる。 岡山バプテスト教会 バプテスト教会は、キリスト教プロテスタントの一教派で、アメリカで広く普及している…

西川緑道公園 前編

大雲寺の南西にある大雲寺交差点から西にしばらく歩くと、岡山の市街地を南北に貫く西川用水に行き当たる。 西川用水は、岡山市北区三野のあたりの旭川から取水され、岡山市街を通って児島湾まで続いている。 西川用水は、平安時代には既に原型があった人工…

オランダ通り周辺

昨年12月5日に備前の史跡巡りを行った。岡山市街の史跡を中心に巡った。 岡山を代表する商店街である表町商店街の1本東側を通る南北の通りを、通称「オランダ通り」という。 オランダ通り 煉瓦を敷き詰めた瀟洒な通りである。私が訪れた時は、まだ朝早かっ…

養父神社 後編

養父神社本殿の奥にあるのが山野口神社であるが、そこに至るまでの参道の脇に、末社迦遅屋(かじや)神社がある。 迦遅屋神社 迦遅屋神社の祭神は、奥津彦命、奥津姫命、猿田彦命、表米親王であるが、別名猫の宮とも呼ばれ、鼠除けの神様として信仰されてい…

河原町妻入商家群

篠山の街並みの東側に、東西に古い商家群が軒を連ねる一帯がある。 丹波篠山市河原町の河原町妻入商家群である。 河原町妻入商家群 千本格子、荒格子、虫籠窓などを持った瓦葺、白壁の商家が道の両側に続く。 白壁の街並みを歩くと、江戸時代後期から明治時…

御徒士町武家屋敷群

篠山城跡西側の外堀に面して建つのが小林家長屋門である。 小林家長屋門 小林家は、第12代藩主青山忠裕に老女として仕えた小林千枝が住んだ家である。 小林家長屋門は、忠裕が千枝の多年の労に報いるため、文化年間(1804~1818年)に修築したものとされてい…

用瀬宿

鳥取市用瀬(もちがせ)町用瀬は、江戸時代には宿場町であった。 用瀬宿は、智頭宿から鳥取城に向かった場合の次の宿場町である。当時の戸数は約280戸、人口は約1000人を数えたという。 本陣、牢屋、制札場が設けられ、十数匹の駅馬も用意されていた。 用瀬…

雪見御所旧跡

祇園神社のすぐ西側には、神戸市兵庫区から北区に抜ける国道428号線が通っている。 この国道、通称有馬街道と呼ばれている。 有馬街道 特に平野交差点から祇園神社の間の坂を祇園坂と呼ぶらしい。祇園神社の参拝を終えて、祇園坂をぶらぶらと下り始めた。 祇…

養父市大屋町蔵垣・大杉地区

城の山古墳と池田古墳の見学を終え、一路兵庫県養父市大屋町を目指す。 大屋町は、山に囲まれた谷間に集落が点在する農村地帯である。 この大屋町の蔵垣、大杉地区は、江戸時代から養蚕業が盛んである。 宝暦三年(1753年)、蔵垣に生まれた上垣守国は、明和…

竹田城跡 前編

6月20日で、私の住む兵庫県に出ていた新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が終わった。 そのため、4月24日以来控えていた史跡巡りを再開した。 今日訪れたのは、久々に但馬である。スイフトスポーツで播但連絡道路を北上し、和田山ICで下…

智頭宿 後編

智頭宿と言えば石谷家住宅だが、その近辺にも風情ある民家が立ち並んでいる。 智頭宿の民家 智頭宿の庄屋であった石谷家は、塩屋という屋号を持っていた。 塩屋本家の石谷伝三郎の次男吉兵衛が、天保年間(1831~1845年)に別家を立てて店を起こし、塩屋出店…

智頭宿 前編

智頭宿は、江戸時代に宿場町として栄えた町である。 鳥取藩池田家の参勤交代の行列が江戸に往来する際は、この町の本陣に杖を留めた。 智頭宿 鳥取城下から智頭宿に至れば、ここから道は二股に分かれる。現在の国道373号線を通って志戸坂峠を越えて播州姫路…

志戸坂峠

私の住む兵庫県に新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発令されたのが、今年の4月25日である。 その前日の4月24日に、因幡の史跡巡りをした。暫くその日に訪れた史跡の記事を書いていきたい。 今日紹介するのは、かつて鳥取藩池田家の参…

柳原蛭子神社 福海寺

能福寺から北西に向かって歩き、阪神高速道の高架を潜り、その先にある神戸市兵庫区西柳原町にある柳原蛭子神社を訪れた。 柳原蛭子神社 柳原蛭子神社は、地元では「柳原のえべっさん」と呼ばれている。えびす神は、七福神の一柱で、釣竿を持ち鯛を抱えた姿…

来迎寺 札場の辻跡 岡方惣会所跡

大輪田泊の石椋のすぐ北東に、浄土宗の寺院、来迎寺(築島寺)がある。 地名で言うと、神戸市兵庫区島上町2丁目に建っている。島上町は、承安年間(1171~1175年)に、平清盛が造った人工島の経ヶ島の上に出来た町である。 来迎寺は、元々はここから北西の…

若桜の寺院2

西方寺を出て寺通りを更に南に歩く。 浄土宗の寺院、寿覚院がある。 寿覚院 本堂 本堂向拝下の彫刻 寿覚院の元となる寺は、浅井山中腹の寺谷という地にあったらしいが、慶長九年(1604年)に、若桜鬼ヶ城主・山崎家盛の妻が帰依し、寺を若桜宿古寺ノ元に移し…

伊勢道

若桜は播磨から鳥取城下に抜ける因幡街道沿いの宿場町である。 若桜から南に行けば播磨だが、東に行けば但馬に抜ける。 若桜から但馬に抜ける道は、氷ノ山道若しくは伊勢道と呼ばれてきた。因幡から伊勢神宮に詣でる人たちが、この道を通ったからそう呼ばれ…

口銀谷

私は、神戸市西区の太山寺を訪問して、播磨の史跡巡りを終えたが、これはまだ長い旅路の一歩に過ぎず、これから播磨に隣接する国々の旅が続く予定である。 播磨に隣接する国は、摂津、丹波、但馬、因幡、美作、備前、淡路の7カ国があるが、この内、備前、美…