稲爪神社 長壽院

明石市大蔵中町にある稲爪神社は、三嶋大明神を祀る神社である。 稲爪神社神門 神門内の武人像 日本の正史である「日本書紀」には記載がないが、推古天皇の時代、朝鮮半島から、全身を鉄で覆った鉄人8千人が日本に攻めて来たという伝承がある。 日本側は九…

浜光明寺と朝顔光明寺

明石市鍛治屋町にある遍照山光明寺は、浄土宗の寺院である。 近くにある真宗大谷派の月池山光明寺と区別するため、通称「浜光明寺」と呼ばれている。 浜光明寺の山門 浜光明寺の山門は、屋根の瓦が崩れ始めている。しかし、彫刻などはなかなか見事なので、修…

備前長船 後編

備前長船刀剣博物館の前には、近代備前長船の刀匠今泉俊光の工房を再現した、今泉俊光刀匠記念館がある。 今泉俊光刀匠記念館 今泉俊光は、明治31年に佐賀県小城郡小城町で生まれ、祖父の影響を受けて幼いころから刀作りに興味を持ち、釘を潰して小刀を作っ…

周匝城跡

岡山県赤磐市周匝(すさい)にある山城の遺構が、周匝城跡である。 周匝城は、茶臼山城とその奥の大仙山城の2つの連続した山城の総称である。 茶臼山城 茶臼山城を築城したのは、浦上宗景の家臣だった笹部勘次郎だとされている。勘次郎は、天文二年(1533年…

五流尊瀧院

昨日の記事で紹介した熊野神社と隣接して建つのが、修験道の大本山、五流尊瀧院である。 役小角の五人の弟子が開いた修験道の五流の寺院の一つがその元である。 承久三年(1221年)、承久の乱が勃発し、三井寺長吏であった後鳥羽上皇の皇子・覚仁親王が難を…

三木城跡 細川庄

三木市上の丸町一帯が、国指定史跡の三木城跡である。今まで紹介した、雲龍寺や三木市立みき歴史資料館、三木市立金物資料館も、三木城跡に含まれる。 三木城跡の見取図 三木城は、15世紀後半に別所則治により築城された。当時は、東播磨随一の要害であった…

三木市 法界寺 本要寺

兵庫県三木市東這田にある虚空山法界寺は、浄土宗の寺院である。 ここは、三木城を拠点とした戦国武将別所長治が埋葬された寺院である。 法界寺 法界寺は、天平四年(732年)に行基菩薩が開基したとされている。行基が聖武天皇の勅を奉じて全国を行脚してい…

播磨町 蓮花寺 

大塩平八郎の乱が世上を賑わした天保八年(1837年)、現在の兵庫県加古郡播磨町古宮に彦太郎という男子が生まれた。後、アメリカでジョセフ彦と改名した。 日本人として歴史上初めてアメリカの大統領と面会し、日本初の新聞を刊行した人物である。 彦太郎が1…

津山市 萬福寺 清瀧寺

岡山県津山市高野本郷にある日蓮宗の寺院・玄好山萬福寺を訪問する。 萬福寺 萬福寺本堂 この寺には、元禄十一年(1698年)に発生した惣百姓一揆である高倉騒動の中心人物・堀内三郎右衛門の墓がある。 美作国は、津山藩森家の所領であったが、農民は津山藩…

日本原

岡山県勝田郡奈義町、同郡勝央町、津山市にまたがるように広がる台地を日本原という。 岡山県と鳥取県の県境に聳える那岐山の南側に広がる台地である。 日本原 正徳年間(1711~1716年)に、日本全国廻国巡礼を終えた福田五兵衛という人物が、広戸野と呼ばれ…

加東市 ところどころ

播州清水寺の参拝を終え、山下に降りて、県道を南西に進むと、加東市上鴨川に至る。 ここにあるのが、上鴨川住吉神社である。 この神社の入り口には鳥居がない。自然の樹木の間に注連縄をかけ、そこに紙垂の代わりに羊歯を下げている。 神社入り口 このよう…

瀬戸内市 妙興寺 仲﨑邸

備前福岡の町中にあるのが、日蓮宗の寺院、教意山妙興寺である。 妙興寺山門 寺伝によれば、赤松則興の追善供養のため、応永十年(1403年)に大教阿闍梨日伝上人により建立されたという。 赤松則興なる人物は、調べてもよくわからない。赤松家の家系図にも出…

虫明 長島

岡山県瀬戸内市邑久町虫明は、古くから風待ちの港として栄え、江戸時代には岡山藩池田家の筆頭家老伊木氏が陣屋を設け、沿岸警備に当たった。 JA裳掛支所の北側にある工場の辺りが、茶屋と呼ばれた伊木氏の陣屋があった場所である。 工場の中に、「伊木氏茶…

三星城跡 吉田の油地蔵

林野の町から国道179号線を北上すると、左手に三星山が見えてくる。この山の麓にあるのが三星城跡である。 美作中央病院の裏に三星山の登り口がある。 三星山登り口 登山口には、明見三星稲荷の鳥居がある。この先で道が左右に分かれる。左に行けば、明見三…

瀬戸町

現在岡山市東区瀬戸町と呼ばれている区域は、平成19年1月22日の岡山市への合併前は、赤磐郡瀬戸町という自治体であった。 岡山市は、平成に広域合併を重ね、政令指定都市となった。中国地方では、広島市に次ぐ政令指定都市である。 今日は、この瀬戸町の史…

天神山城跡 後編

天神山城南の段から太鼓丸方向に歩く。南の段のすぐ下に、「堀切り」と呼ばれる空堀の跡がある。山城には空堀を掘って防御設備とした。 堀切り 参考までに、前期天神山城である太鼓丸城の鳥瞰図を掲げる。 太鼓丸城鳥瞰図 堀切りを過ぎると、すぐに亀の甲と…

教信寺 古大内遺跡

古代には、日本各地に駅(うまや)という馬を常備した拠点があった。 当時の最速の連絡手段は馬であった。都から地方に何かを連絡するときは、使者は駅にある馬を乗り継いで連絡先へ向かった。 駅には、宿泊施設があって、外国の公使が宿泊したり、旅人が宿…

土居宿

今回、播磨、備前に次いで美作に足を踏み入れた。史跡巡りを始めてから訪れた3つ目の国である。 畿内と出雲との間を結ぶ出雲街道の土居宿は、幕府の命により、慶長年間に津山藩主森忠政によって整備された。 土居宿は、播磨から美作に入って最初の宿場町で…

生石神社 覚正寺

兵庫県高砂市阿弥陀町生石にある生石(おうしこ)神社には、九州霧島高千穂峰の天之逆鉾、奥州塩釜神社の塩釜と並ぶ「日本三奇」の一つ、「石の宝殿」がある。 生石神社鳥居 大穴牟遅(おおなむち)命と少毘古名(すくなひこな)命の二柱の神が、国土経営の…

十輪寺

兵庫県高砂市高砂町は、古い町並みが続くレトロな界隈である。 そんな町並みの中にあるのが、高砂町横町の宝瓶山(ほうびょうさん)十輪寺である。 空海が遣唐使として唐に向けて航海中、海上安全を地蔵菩薩に祈願したところ、高砂沖で霊感を受けて無事に所…

和気清麻呂続編 伝足利義政供養塔・日野富子墓

「岡山県の歴史散歩」によれば、和気町田原井堰資料館の南東の山の斜面に、9世紀のたたら製鉄炉跡である、石生(いわぶ)天皇遺跡があるとのことだったが、案内標識もなく、発見することが出来なかった。 石生天皇遺跡のある山 遺跡のあるという山を撮影す…

周遍寺密蔵院 清慶寺

北条鉄道網引駅のすぐ近くには、周遍寺密蔵院がある。ここは高野山真言宗の寺である。 周遍寺密蔵院 密蔵院の楼門の前の広場に、観音像を中心にして、古い墓石などが集められた一角があった。 墓石群 その墓石群に向かって右側の手前に、古い石棺仏がある。…

池田家和意谷墓所、津田永忠墓

岡山県和気郡和気町吉田の集落を抜けると、国指定史跡である津田永忠墓がある。 津田永忠は、岡山藩主初代池田光政と2代目綱政に仕えた名臣である。 津田永忠夫妻の墓 永忠は、寛永十七年(1640年)に岡山に生まれた。14歳で藩主光政の側児小姓となる。宝永…

福崎 後編

柳田國男生家から北東に行くと、播磨天台六山の一山、妙徳山神積寺がある。 神積寺は、正暦二年(991年)、慶芳上人により開基された。 仁王門 神積寺は、一条天皇、三条天皇の帰依を受けたと伝えられる。七堂伽藍と52ケ寺を有する大寺院だったが、延慶二年…

姫路市御国野町

今日は、姫路市の東部にある御国野(みくにの)町の史跡を紹介する。 御国野町国分寺に、播磨国分寺跡がある。天平十三年(741年)、聖武天皇の詔により、全国に国分寺と国分尼寺が建てられた。 奈良時代の行政区分は、国である。播磨国には、播磨国分寺と国…

夢前町ところどころ

姫路市夢前(ゆめさき)町は、かつては飾磨郡夢前町という独立した自治体であった。平成18年3月に姫路市に合併され、消滅した。今日は夢前町の地味な史跡を紹介する。 夢前町は、南北に細長い。姫路市夢前町莇野(あぞうの)に、菅生ダムというダムがある。…

随願寺

廣峯神社のある広峰山の東隣には、増位山が聳える。 増位山の中腹にあるのが、播磨天台六山の一つ、増位山随願寺である。 随願寺近くの駐車場まで、増位山の麓からドライブウェイが開通している。 随願寺案内図 案内図にあるように、ヘアピンカーブが連続す…

姫路ところどころ

姫路城の北東側には、姫路市立美術館がある。 かつて、姫路城が陸軍第10師団の駐屯地だった時に、兵器庫・被服倉庫として使われていた赤レンガの建物が、今は美術館として利用されている。 姫路市立美術館 この建物は、明治38年に建設され、大正2年に増築さ…

坂越

坂越(さこし)は、兵庫県赤穂市東部に位置する港町である。古くから良港として知られ、町の中心を通る大道沿いには、白壁と焼板の町家が並ぶ。 坂越の町並み 海に面する町中を歩くと、大避(おおさけ)神社に辿り着く。 大避神社は、大避大神を祭神とする。…

越部の里

今日も又地味な史跡を取り上げるが、ここは私の琴線に触れる場所なので、記事が長くなるかもしれない。 今回取り上げるのは、歴史的には越部(こしべ)と呼ばれている地域である。兵庫県たつの市新宮町のうち、JR姫新線播磨新宮駅の南側の農村地帯を指す。 …