熊野神社遺跡 前編

 「鳥取県の歴史散歩」によれば、佐治四郎重貞が根拠地とした場所の一つが、鳥取市佐治町大井にある熊野神社遺跡であるという。

 どんな場所か分らぬが、取り敢えず行ってみることにした。

 訪れてみると、今まで見たこともないような不思議な史跡であった。

f:id:sogensyooku:20210921204314j:plain

熊野神社遺跡登り口付近

f:id:sogensyooku:20210921204357j:plain

 神社の遺跡とは一体何なのだろう。そんな疑問を持って訪れた。

 熊野神社遺跡には、古墳時代に集石塚という形式の古墳が築かれた。その後、紀伊熊野三山から熊野大神が勧請され、熊野神社が建てられた。

 江戸時代前期には、神仏習合の霊地として、数々の石仏が祀られ、多くの参拝者が訪れたという。

f:id:sogensyooku:20210921204818j:plain

熊野神社遺跡案内図

 登り口付近に立てられた案内図を見ると、奥の院まで約400メートル、その奥にあるという那智の滝まで約800メートルあるようだ。

 明治時代まで熊野神社は存続していたが、大正5年(1916年)に口佐治神社に合祀され、熊野神社は廃絶となった。

 神社の遺跡ながら、神仏習合の名残として、参道に多くの石仏が残された。

 現在の熊野神社遺跡は、鳥取市指定文化財、史跡となっている。

 登り口にはかつて鳥居があったのだろうが、今はそれもない。出迎えてくれるのは石造五輪塔と石仏である。

f:id:sogensyooku:20210921205726j:plain

石造五輪塔と石仏

 石仏はユーモラスな表情をした羅漢仏である。

 何も知らない人がここに来たら、神社の跡ではなく寺院の跡だと思う事だろう。

 参道をしばらく登って行くと、積石塚が二基ある。

f:id:sogensyooku:20210921210146j:plain

参道

f:id:sogensyooku:20210921210245j:plain

積石塚

f:id:sogensyooku:20210921210344j:plain

f:id:sogensyooku:20210921210412j:plain

積石塚の石室

 積石塚には、小さな石室のようなものがある。全国的に見ると、香川県徳島県、長野県、山梨県などに積石塚式の古墳が散在するという。

 こういう石が乱雑に積まれた古墳があることを初めて知った。

 塚の中に石に囲まれた石室があり、その中に羅漢仏が置いてあった。

f:id:sogensyooku:20210921210853j:plain

石室の中の羅漢仏

 天井石の隙間から漏れた光が丁度顔を照らしている。何とも素朴な表情をした石仏だ。

 参道を登って行くと、所々に磐座があったり、積石塚があったりする。

f:id:sogensyooku:20210921211112j:plain

磐座

f:id:sogensyooku:20210921211147j:plain

積石塚と磐座

f:id:sogensyooku:20210921211227j:plain

磐座

 各地の史跡を歩くうちに、日本の宗教の根源には、巨石や巨木や山や森や滝といった自然物そのものを信仰する自然崇拝が横たわっていることを実感するようになってきた。

 神社とその祭神や、寺院とその本尊は、そこを訪れて見事な自然物に感嘆した人が、神や仏に感応したと思い、後付けで設置したものだと思うようになってきた。

 熊野古道などは、まさに日本の根源的な信仰の姿を残している。熊野三山の社殿は後付けのもので、熊野古道の周囲の鬱蒼とした森や山々、巨大な岩、滝、川そのものが、崇拝すべき本来の対象なのである。

 神社が廃絶された熊野神社遺跡を訪れてみると、むしろ神社の根源的な姿が見えたような気がする。

 道中あちこちに、石室に設置された羅漢仏がある。熊野神社遺跡には、全部で17体の羅漢仏があるという。

f:id:sogensyooku:20210921211557j:plain

羅漢仏

 奥の院までの参道の丁度中間地点に、熊野神社の本殿跡がある。

f:id:sogensyooku:20210921212412j:plain

本殿跡

 本殿跡には、三基の石塔や、板碑、本殿、三重塔の跡などがある。

f:id:sogensyooku:20210921212527j:plain

石塔

f:id:sogensyooku:20210921212630j:plain

板碑と本殿、三重塔跡

 しかし本殿跡で最も目を惹くのは、地中に半ば埋まったように見える小さな石造の鳥居である。

f:id:sogensyooku:20210921212748j:plain

小さな鳥居

f:id:sogensyooku:20210921212820j:plain

 私が今まで目にしたことのある石造の鳥居の中では、文句なく最小である。

 一体この小さな鳥居にどんな意味があるのだろう。まさか小人が潜るわけでもあるまい。

 苔むした石と鬱蒼とした森と清冽な滝。それが本来の信仰の対象だとしたら、それらの自然物が存在する限り、人間が後で建てた神社が廃絶されたことぐらい何ほどのことがあろう。

 神々は今でも太古から変わらずにそこにいらっしゃることだろう。