寺院

成田山青龍寺

安藤伊右衛門顕彰碑から北に約1.5キロメートル行った鳥取県八頭郡八頭町下門尾(しもかどお)にある真言宗の寺院、成田山青龍寺に赴いた。 青龍寺への参道 青龍寺と言えば、弘法大師空海が、唐の長安で師の恵果和尚から真言密教の奥義を授けられた寺院と同じ…

波羅蜜山新興寺

鷹山城跡のある丹比の町から車を西に走らせ、鳥取県八頭郡八頭町新興寺にある真言宗の寺院、波羅蜜山新興寺を訪れた。 新興寺 新興寺は、寺伝では和銅二年(709年)に行基菩薩が開基したとされている。因幡国最古の寺院であるそうだ。 新興寺は、古くから興…

金昌山龍源寺 高杉春日神社

細野峠を越えた先の京都府福知山市三和町兎原の集落にあるのが、曹洞宗の寺院、金昌山龍源寺である。 金昌山龍源寺 背後の観音山に建っていた百観音堂円通庵を管理していた寺院である。 龍源寺は、寛永ころまでは密教系の寺院だったそうだが、安永八年(1778…

京丹波町 西方寺 

梅田春日神社から一度東に戻り、京都府船井郡京丹波町水原の集落内にある曹洞宗の寺院、西方寺に赴いた。 西方寺 丹波篠山市から京丹波町、福知山市にかけては、曹洞宗の寺院が多い。過去にこの辺りで曹洞宗の教勢の拡大を図った人物がいたのだろう。 西方寺…

林景山長谷寺

兵庫県丹波篠山市藤坂の集落の西端に、山中に上がっていく舗装路がある。 道の入口が鉄の門扉で閉ざされている。 長谷寺妙見堂への上り路 この門扉を開けて舗装路を上がっていくと、曹洞宗の寺院、林景山長谷(ちょうこく)寺が管理する妙見堂がある。 妙見…

櫛石窓神社 大日堂

北条古墳の見学を終え、国道173号線を北上し、兵庫県丹波篠山市福井にある櫛石窓(くしいわまど)神社を訪れた。 平安時代に編纂された「延喜式」で、丹波で唯一名神大社に列せられている古社である。 櫛石窓神社の社叢 櫛石窓神社 櫛石窓神社の祭神は、櫛石…

安田の大杉 亀井山蔵六寺

波々伯部神社の参拝を終えて国道372号線を東進した。 道は途中で、京都府方面へ行くルートと、大阪府能勢町方面に行くルートに分岐する。 その分岐点にある安田の大杉を訪れた。この大杉は、兵庫県指定文化財である。地名で言えば、兵庫県丹波篠山市安田にな…

旧薬王山西光寺の仏像

磯宮八幡神社から東に行き、兵庫県丹波篠山市畑市に赴いた。 この集落の中央に収蔵庫があり、そこに国指定重要文化財の薬師如来坐像を始めとする五体の仏像が安置されている。 畑市の収蔵庫 行基菩薩は、天平年間に、聖武天皇の詔勅を奉じて、西日本各地に寺…

夢中山幻住寺

萩丸城跡を散策した後、山中の道を東に走り、岡山県久米郡美咲町北にある曹洞宗の寺院、夢中山幻住寺を訪れた。 幻住寺 幻住寺の創建は、大同四年(809年)だという。その頃には、まだ日本には曹洞宗はなかったので、この寺は別の宗派の寺だったことだろう。…

洲本市 専称寺 江国寺

遍照院から道を挟んで南側にあるのが、浄土宗の寺院、心念山専称寺である。 地名で言うと、洲本市本町8丁目になる。 専称寺山門 この寺には、庚午事変(稲田騒動)に関わって刑死、獄死した徳島藩士22名を追悼した庚午志士之碑がある。 慶応三年(1867年)…

洲本市 千福寺 遍照院

旧鐘淵紡績洲本工場跡地から、洲本市内の寺町というエリアに行く。 寺町 江戸時代初頭、徳島藩は、淡路の政庁を由良湊に置いていたが、由良が地理的に不便であったため、寛永八年(1631年)に政庁を洲本に移した。これに伴い、武家や町人だけでなく寺も洲本…

西北山蓮光寺 芽黒竹

先山から下りて次なる目的地に向かう。 兵庫県洲本市下内膳にある洲本市立加茂小学校の周辺は、弥生時代の前期から後期にかけての集落跡のあった下内膳遺跡が発掘された場所だが、遺跡があることを示す案内板等はない。 下内膳遺跡周辺 ここから西に行き、洲…

先山千光寺 後編

山門を潜ると、すぐ右手に三重塔がある。 私が史跡巡りで訪れた23番目の三重塔である。淡路では初めて見た三重塔である。恐らく淡路唯一の三重塔だろう。 三重塔 この三重塔は、文化十年(1813年)に高田屋嘉兵衛らの尽力により再建されたものである。 1階…

先山千光寺 前編

3月12日に淡路の史跡巡りを行った。 今回訪れるのは、淡路島内の中心都市である洲本市の史跡である。 淡路には、縄文時代から弥生時代にかけての遺跡が多くある。兵庫県洲本市安乎(あいが)町平安浦に、縄文時代前期から晩期にかけての遺跡である安乎間所…

再度山大龍寺 後編

大龍寺の背後の再度山を登っていくと、途中弘法大師を祀る奥の院があり、更にその上に弘法大師自作の亀石がある。 本堂前の石に彫られた案内に従って、奥の院に向かうことにした。 奥の院への案内 本堂の東側には、不動明王を祀る不動堂がある。 不動堂 不動…

再度山大龍寺 前編

2月20日に神戸の史跡巡りを行った。 最初に訪れたのは、再度山(ふたたびさん)大龍寺である。ここは真言宗の別格本山である。 再度山は、六甲山系の一峰で、標高は約470メートルである。大龍寺は、この山の中腹にある。 山門 狭く曲がりくねった再度山ドラ…

玉松城跡 後編

北の丸跡から本丸跡に向かう。本丸跡は広々とした曲輪である。 本丸跡 本丸跡には、石垣の石か建物の礎石と思われる石が転がっている。その石の上に、古い瓦が置かれていた。 石の上の瓦 城の建造物の痕跡が、僅かながらここに残っていた。 また、本丸跡には…

龍華山妙覚寺

岡山市御津郷土歴史資料館の道路を挟んだ北側には、日蓮宗不受不施派の祖山、龍華山妙覚寺がある。 龍華山妙覚寺 日蓮宗不受不施派は、今まで何度か紹介したように、法華経信仰を正法とし、多宗派から布施を受けず、多宗派の寺院に対して参詣や布施をしない…

平砂山浄土寺

淡路巨石巡りを終えて、兵庫県洲本市五色町都志(つし)にある真言宗の寺院、平砂山浄土寺に参拝した。 平砂山浄土寺 浄土寺の創建の詳細については、よく分からない。 ただこの寺院には、大宰府配流途上の菅原道真公が立ち寄ったという伝承が残っている。そ…

淡路市 岩上神社 前編

1月22日に久々に淡路を訪れた。 最初に訪れたのは、兵庫県淡路市木曽下にある真言宗の寺院、恵日寺である。 恵日寺 この寺院は、江戸時代初期に造られた池泉式庭園を有している。 古くはないが、横長の堂々とした本堂を持つ寺院である。本堂前には、蘇鉄が…

神戸市 関帝廟 徳照寺

花隈城跡から北西に歩き、神戸市中央区中山手通7丁目にある関帝廟に詣でた。 関帝廟 山門 関帝廟は、「三国志演義」に出てくる英雄・関羽を神様として祀る寺院である。関羽は、劉備の腹心として活躍した武将で、「演義」では義侠心に富んだ豪傑として描かれ…

鷲林山妙善寺

岡山シティミュージアムの見学を終え、スイフトスポーツを駐車していた駐車場に戻り、車に乗り込んだ。 そこから北西に走り、岡山市北区津島本町にある日蓮宗不受不施派の寺院、鷲林山妙善寺を訪れた。 鷲林山妙善寺 日蓮宗不受不施派は、日蓮上人が定めた不…

光珍寺 岡山寺 薬師院

今日は、岡山市北区磨屋町にある3つの寺院を紹介する。 西川緑道公園を北上し、桶屋橋の東詰に至るとそこを右折する。真っ直ぐ歩くと天台宗の寺院、柴岡山光珍寺がある。 柴岡山光珍寺 ご覧のとおりの鉄筋コンクリートの建物で、見たところ、お寺と言うより…

佛住山蓮昌寺 後編

蓮昌寺の境内にある僅かな木造建築物の一つが大仏殿釈迦堂である。 大仏殿釈迦堂 昭和20年6月29日の岡山大空襲で伽藍を失った蓮昌寺だが、昭和24年に児島の常山にあった常山寺の本堂を譲り受けて、これを仮の本堂とした。 寺宝の縦約7メートル、横約3メー…

佛住山蓮昌寺 前編

西川緑道公園から東に逸れて、岡山市北区田町の日蓮宗の寺院、佛住山蓮昌寺まで歩いた。 佛住山蓮昌寺 蓮昌寺山門 蓮昌寺は、正慶年間(1332~1334年)に富山城主松田左近将監元喬により、岡山城中の榎の馬場に建てられたという。 その後、宇喜多直家が備前…

法澤山大雲寺

オランダ通りから南西に歩く。 岡山市北区表町3丁目にある浄土宗の寺院、法澤山大雲寺に辿り着いた。 法澤山大雲寺 大雲寺は、岡山城を築いた宇喜多氏によって、現在の岡山市北区西大寺町に建てられた。 当初は、竜昌山大運寺と称していた。寺は一度衰微し…

五大山白毫寺

萬松寺の参拝を終えると、もう大分陽が傾いていた。日没前にもう一箇所史跡を訪れようと思い、そこから北上し、丹波市市島町白毫(びゃくごう)寺にある天台宗の寺院、五大山白毫寺を訪れた。 白毫寺 白毫寺は、慶雲二年(705年)に、インドから渡来した法道…

野村断層 亀命山萬松寺

兵庫県丹波市春日町野村にある春日神社のすぐ南側の東西道を少し西に歩くと、古生代の断層面が露出した、野村断層がある。 古生代というと、約5億5千万年前から約2億6千万年の間のことで、恐竜以前の時代である。人間の存在の痕跡である史跡が嗤うべきも…

大梅山興禅寺 後編

七間堀にかかる石橋の奥に興禅寺楼門がある。 石橋 興禅寺楼門 朱塗りの楼門は、近年興禅寺と法縁のある京都府宮津市の智源寺から移築されたものである。 2階建てであるが、2階には観音像を祀っているそうだ。門の左右には二天像が安置されている。 二天像…

大梅山興禅寺 前編

達身寺の見学を終えて、丹波市春日町に向かった。 途中激しく雨が降り出した。私は傘を持って来ていなかったので、途中コンビニエスストアに寄って、安い傘を買った。 今後、突然の雨に備えて、スイフトスポーツにはこの傘を常備しておこうと思う。 兵庫県丹…