寺院

加東市 朝光寺

兵庫県加東市畑にある朝光寺は、姫路城、閑谷学校、一乗寺、鶴林寺、浄土寺に続いて、私が史跡巡りで訪れた6つ目の国宝建造物である。 加東市の中でも奥まったところにあり、国宝の寺だというのに観光客はほとんどいない。静けさに包まれた寺である。 朝光…

五峰山光明寺 後編

光明寺の塔頭群を抜けると、仁王門に到達する。 仁王門 仁王門は、元禄六年(1693年)に、山麓に建っていたものを移築再建したものである。 昭和56年に、元の仁王門の部材を利用して、大規模に修復された。仁王門に据え置かれている阿吽一対の仁王尊像も、元…

五峰山光明寺 前編

兵庫県加東市光明寺にある五峰山光明寺は、推古天皇二年(594年)に法道仙人が開基したと伝えられる。現在は、古義真言宗の寺院である。 法道仙人は、実在したかどうかも分からない伝説上の人物だが、東播磨の法道仙人開基と伝わる数多くの寺院は、大抵西暦6…

瀬戸内市 妙興寺 仲﨑邸

備前福岡の町中にあるのが、日蓮宗の寺院、教意山妙興寺である。 妙興寺山門 寺伝によれば、赤松則興の追善供養のため、応永十年(1403年)に大教阿闍梨日伝上人により建立されたという。 赤松則興なる人物は、調べてもよくわからない。赤松家の家系図にも出…

横尾山静円寺 竹久夢二生家

寒風古窯跡群のある山上から下りて、瀬戸内市邑久町本庄にある横尾山静円寺(じょうえんじ)を訪れる。真言宗古義派の寺院である。 静円寺山門 この寺は、天平2年に行基菩薩が開基したと伝えられる。備前では、まず7世紀後半に官寺が出来て、奈良時代前半…

加東市 持宝院 観音寺

兵庫県加東市社の佐保神社の東側には、かつての門前町の通りの面影を残す商店街がある。 佐保神社からその商店街を北上すると、すぐ左手に見えてくるのが、持宝院(真言宗)である。 持宝院山門 持宝院には、関西建築界の父と言われる、武田五一(たけだごい…

極楽山浄土寺 後編

今の浄土寺鐘楼は、寛永九年(1632年)に建立された。 腰袴付鐘楼で、均整の取れた姿をしている。 鐘楼 鐘楼は、加東郡河合郷新部村の粟津七右衛門という者が建立した。浄土寺塔頭歓喜院所蔵の、粟津七右衛門位牌厨子扉裏にそのことが書かれているそうだ。鐘…

極楽山浄土寺 前編

兵庫県小野市浄谷町にある極楽山浄土寺は、東播磨に4つある「国宝の寺」の一つである。現在は真言宗の寺院となっている。 浄土寺と言えば、何といっても国宝浄土堂と快慶作の国宝阿弥陀如来立像及び両脇侍像であるが、それ以外にも見所は多い。 浄土寺伽藍…

奈義町 菩提寺

岡山県勝田郡奈義町高円にある高貴山菩提寺は、那岐山の中腹、標高およそ500メートルほどの場所に位置する。 菩提寺は、持統天皇の治世(686~697年)に役小角が開基したと伝えられており、往時には、七堂伽藍三十六坊が立ち並んでいたと言われている。 平安…

三星城跡 吉田の油地蔵

林野の町から国道179号線を北上すると、左手に三星山が見えてくる。この山の麓にあるのが三星城跡である。 美作中央病院の裏に三星山の登り口がある。 三星山登り口 登山口には、明見三星稲荷の鳥居がある。この先で道が左右に分かれる。左に行けば、明見三…

林野

長福寺を出て、国道374号を使って吉野川沿いを北上する。 しばらく車で走ると、美作市安蘇にある、安蘇宝篋印塔に至る。 安蘇宝篋印塔 安蘇宝篋印塔には、正中二年(1325年)性忍敬白という銘文がある。 鎌倉時代後期は、石造美術の最盛期である。この時代に…

天石門別神社 長福寺

備前国北部から美作国にかけては、天石門別(あまのいわとわけ)神社という名の神社が数多くある。 美作市英田町滝宮にある天石門別神社もそのひとつである。 鳥居 祭神は、天手力男(あめのたぢからお)神である。天手力男神は、天照大御神が天の岩戸に引き…

加西市 東光寺

加西市殿原町の加西市立泉小学校の東隣に、国府寺という天台宗の寺院がある。ここは、白鳳時代の寺院の廃寺跡でもある。殿原廃寺という。 殿原廃寺跡 とは言え、今の国府寺には、白鳳時代に寺院があったことを示すものは何もない。 門から入って左手の庭園の…

北条の五百羅漢

住吉神社、酒見寺から北に歩いて、北条小学校と北条中学校の間の道を抜ける。当日は、小学校のグラウンドで少年野球の試合が行われていた。 学校を過ぎると、右手に天台宗の寺院である羅漢寺が見えてくる。 この寺にあるのが、北条の五百羅漢と呼ばれる石仏…

酒見寺

住吉神社の東隣にあるのが、泉生山酒見寺である。 酒見寺は、天平十七年(745年)に行基菩薩が建立したと伝えられている。現在は真言宗の寺院である。 酒見寺は、天正年間(1573~1592年)に戦火で焼失したが、江戸時代初期の寛永十九年(1642年)に再建され…

千光寺

本久寺の拝観を終えて南下し、和気町から赤磐市に入る。赤磐市は、岡山市郊外のベッドタウンとなっている町である。 赤磐市石蓮寺(しゃくれんじ)には、かつて報恩大師が建立した備前四十八寺の一つである、平満山石蓮寺があった。 現在は石蓮寺は廃寺とな…

本久寺

天神山城跡から北に行くと、三保高原というレジャー施設等がある高原に至る。地名で言うと、和気町田土字杉沢である。 ここにはかつて、奈良時代に報恩大師が建立した備前四十八寺の一つ、安生寺を前身とする杉沢山長楽寺があった。 長楽寺は、檀家の便を考…

教信寺 古大内遺跡

古代には、日本各地に駅(うまや)という馬を常備した拠点があった。 当時の最速の連絡手段は馬であった。都から地方に何かを連絡するときは、使者は駅にある馬を乗り継いで連絡先へ向かった。 駅には、宿泊施設があって、外国の公使が宿泊したり、旅人が宿…

鶴林寺 後編

境内に、法華一石一字塔というものがある。明和八年(1771年)に建立されたもので、法華経の文字を一つの石に一字づつ書いて千部納め、読誦して回向し、三界万霊の菩提を弔ったものである。 法華一石一字塔 塔の背後には、近年設置されたと思われる「ふりき…

鶴林寺 前編

加古川市加古川町北在家にある刀田山鶴林寺は、587年に聖徳太子が秦河勝に命じて開創させた寺院である。 10月19日の「多可町の寺院」の回でも紹介したが、584年に高句麗から渡来した恵便法師は、廃仏派の物部氏の迫害を受け、東播磨の地に逃れ、身を隠した。…

道仙寺 後編 附林家住宅

女人禁制の領域に足を踏み入れる。 岩が転がる悪路を登攀する。途中、役小角の石像があった。 役小角の石像 役小角は、死んでからはるか後に、神変大菩薩という諡号を朝廷から送られた。日本の霊山のほとんどは、役小角が開山したという伝承を持っている。 …

道仙寺 前編

岡山県最高峰の後山は、標高1345メートルである。 その麓にある行者山道仙寺は、真言宗の寺院である。本堂は岡山県美作市後山にある。 この辺りは昔、東粟倉村と呼ばれていた。標高が高く、空気の澄んだ山間の高原のような地域で、私が訪れた時はまだ11月上…

報恩寺 長慶寺山古墳群

兵庫県加古川市平荘町山角にある印南山報恩寺は、真言宗の寺院である。 元明天皇の和銅六年(713年)、証賢上人の開基と伝えられる。 報恩寺山門 寺内には、数多くの石造遺品が残されている。寺勢が隆盛を誇っていた鎌倉時代から室町時代にかけてのものが多…

中道子山城跡

兵庫県加古川市志方町岡にある標高271メートルの城山山上には、赤松円心の四男、赤松氏範が築城した中道子山(なかどうじやま)城跡がある。 赤松氏範は、終始一貫して足利幕府と北朝に与した円心や兄3人と異なり、最後まで南朝方に立って戦った武将である…

加古川市 長楽寺

兵庫県加古川市志方町永室にある大藤山長楽寺は、浄土宗の寺院である。 創建は、和銅六年(713年)。慈心上人が建立したとされる。最初は真言秘密の道場だったというが、和銅六年は空海が生まれる前である。創建時は真言宗の寺院ではなかっただろう。 長楽寺…

美作市ところどころ

土居宿から西に進むと江見の町が見えてくる。そこから北上してすぐの美作市藤生に、江見廃寺がある。別名閻武廃寺という。白鳳期に建てられた寺院の跡であるという。 ゲートボール場の片隅に、一つだけ礎石が残っている。 江見廃寺の礎石 この付近からは、複…

土居宿

今回、播磨、備前に次いで美作に足を踏み入れた。史跡巡りを始めてから訪れた3つ目の国である。 畿内と出雲との間を結ぶ出雲街道の土居宿は、幕府の命により、慶長年間に津山藩主森忠政によって整備された。 土居宿は、播磨から美作に入って最初の宿場町で…

生石神社 覚正寺

兵庫県高砂市阿弥陀町生石にある生石(おうしこ)神社には、九州霧島高千穂峰の天之逆鉾、奥州塩釜神社の塩釜と並ぶ「日本三奇」の一つ、「石の宝殿」がある。 生石神社鳥居 大穴牟遅(おおなむち)命と少毘古名(すくなひこな)命の二柱の神が、国土経営の…

十輪寺

兵庫県高砂市高砂町は、古い町並みが続くレトロな界隈である。 そんな町並みの中にあるのが、高砂町横町の宝瓶山(ほうびょうさん)十輪寺である。 空海が遣唐使として唐に向けて航海中、海上安全を地蔵菩薩に祈願したところ、高砂沖で霊感を受けて無事に所…

高砂の寺院、高砂神社

高砂市伊保3丁目にある膽匐山(せいぶくさん)真浄寺は、浄土真宗の寺院である。 真浄寺 ここには、江戸時代中期の画家・曽我蕭白の描いた障壁画があって、兵庫県指定文化財となっている。 楼門 楼門の龍の彫刻 しかし、楼門の前の柵が閉ざされて、境内に入…