寺院

新宮山満福寺

斎神社の参拝を終え、県道70号線を北上する。 養父市十二所の新宮山の山上にある伽藍、満福寺を訪れた。ここは、真言宗の寺院である。 満福寺山門 山門の仁王像 満福寺山門の仁王像は、新しい像だが、彩色鮮やかで、なかなか迫力ある像だ。 山門を過ぎると参…

篠山郊外の史跡

篠山の城下町の散策を終え、篠山郊外の史跡を訪れた。 先ず訪れたのは、丹波篠山市北にある曹洞宗の寺院、医王寺である。 医王寺 医王寺に祀られているのは、薬師如来である。お寺というより、お堂というくらいのささやかな建物だ。 医王寺の本堂 境内の薬師…

用瀬宿

鳥取市用瀬(もちがせ)町用瀬は、江戸時代には宿場町であった。 用瀬宿は、智頭宿から鳥取城に向かった場合の次の宿場町である。当時の戸数は約280戸、人口は約1000人を数えたという。 本陣、牢屋、制札場が設けられ、十数匹の駅馬も用意されていた。 用瀬…

瑠璃山東光寺

犬山神社から北上し、鳥取市用瀬町古用瀬にある真言宗の寺院、瑠璃山東光寺を訪れた。 瑠璃山東光寺 東光寺は、和銅元年(708年)に行基菩薩が開基したと伝えられている。当初の寺号は、瑠璃山長福寺といった。 その後2度の火災に遭ったが、鳥取藩主池田光…

智頭町 極楽寺 那岐神社

私が住む兵庫県に、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発出されたのが8月20日である。 その前日の8月19日に、因幡の史跡巡りをした。 前回の美作の史跡巡りも台風で雨降りしきる中だったが、今回も雨の中の史跡巡りとなった。 まず訪れ…

津山市加茂町ところどころ

津山市加茂町の中心部にある万燈山古墳の見学を終えると、加茂町の中心部から倉見川沿いに北上した。 県道336号線を約4キロメートル行くと、木もれ陽の森キャンプ場に入っていく細い道がある。 このキャンプ場の中に、8世紀半ばのたたら製鉄の遺跡であるキ…

万燈山古墳

津山市加茂町塔中にある万燈山古墳は、6世紀末に築かれた円墳である。 古墳は、めぐみ荘という老人ホームから北に行った突き当りの丘上にある。 万燈山古墳がある丘 古墳への登り口 登り口から登り始めると、舗装路に出る。舗装路に出てすぐに左側に登る道…

江井

淡路市の港町・江井は、古くから漁業や廻船業で栄えた。 寛永二十年(1643年)には、徳島藩邸が置かれ、淡路の西海岸や播磨灘の警備の拠点となった。 江戸時代後期には、廻船は長崎港、平戸港、兵庫港、堺港などとの交易に従事し、江井港は繁盛した。淡路の…

平生山東山寺

浄瀧寺の参拝を終え、次なる目的地の東山寺に向かう。東山寺は、真言宗の寺院で、淡路市の常隆寺、洲本市の千光寺と並ぶ、淡路三山の一山とされている。 東山寺は、弘安十年(819年)に弘法大師空海がこの地を訪れ、伊弉諾神宮の鎮護のために開いた寺とされ…

淡路市 浄瀧寺

志筑神社の参拝を終え、次なる目的地の淡路市生穂にある真言宗の寺院、浄瀧寺を目指す。 カーナビゲーションを設定して、最短距離を走ったが、異様に細い山道を案内され、恐怖のドライブをすることになった。 以前常隆寺を訪れた際も、細い山道をひやひやし…

志筑神社

静の里公園から北上し、淡路市志筑天神にある志筑(しづき)神社を訪れた。 志筑神社の鳥居前の辺りは、古墳時代後期の集落遺跡である天神遺跡が発掘された場所である。 天神遺跡のあった辺り 天神遺跡のあった辺りから東への細い道を入っていくと、志筑神社…

慈光山引攝寺

淡路市志筑(しづき)の町並みに入る。 志筑の中心にある真言宗の寺院が、慈光山引攝(いんじょう)寺である。 引攝寺 引攝寺は、永禄年間(1558~1570年)の開基である。 志筑浜村の庄屋だった忍頂寺家の菩提寺として、寛永元年(1624年)に改築された。 山…

郡家古墳 伝淳仁天皇高島陵

淡路市郡家(ぐんげ)の町の東側の山中に、郡家古墳がある。 郡家バス停のすぐそばから、古墳に上がっていく坂道がある。入口に目立たない看板が立っている。 郡家古墳への道 郡家古墳の看板 上の写真の坂を上がり、最初の民家の脇の細い道を通ると、古墳に…

枯木神社 長泉寺

先月下旬に淡路に渡った。三度目の淡路の史跡巡りである。 神戸淡路鳴門自動車道北淡ICで下りて、淡路島の西側を縦断する県道31号線を南に走る。淡路サンセットラインとも呼ばれる道だ。 今、この淡路サンセットライン沿いは、ちょっとしたリゾート地になっ…

小串砲台跡 塩竈神社

静泰院の見学を終え、児島湾締切堤防の上を通って児島半島に上陸した。 児島半島は、古代は児島と言う島だったが、浅瀬の干拓が進み、今では地続きの半島となっている。 先ず訪れたのは、児島半島の北東端にある小串(こぐし)港である。地名では、岡山市南…

龍峰山静泰院

ケレップ水制群の見学を終え、岡南大橋を渡って岡山市南区浦安本町にある臨済宗の寺院、龍峰山静泰院を訪れた。 静泰院は、かつて岡山市中区小橋町にあったが、昭和39年の新京極橋の架橋に伴い当地に移転した。 静泰院 山門 静泰院には、岡山藩初代藩主池田…

若王山無動寺 若王子神社 後編

無動寺本堂で五仏の参拝を終え、境内の西側にある鳥居を潜り、若王子神社に向かった。 若王子神社鳥居 若王子神社は、無動寺の鎮守社として建てられた神社である。昔は若王子権現を祀っていたが、明治の神仏分離により、無動寺から独立し、若王子神社という…

若王山無動寺 若王子神社 前編

六條八幡宮から細い道を東に走ると、道の分岐に石碑のようなものが見えてくる。地名で言えば神戸市北区山田町福地になる。 地元で新兵衛石と呼ばれている石である。 新兵衛石 徳川時代、第10代将軍家治の治世(1770年ころ)の時、京都所司代で当地の領主だっ…

荒田八幡神社 宝地院

今年の1月11日以来、約半年ぶりに摂津の史跡巡りを行った。 今回訪れたのは、神戸市兵庫区から神戸市北区山田町周辺の史跡である。 まず紹介するのは、神戸市兵庫区荒田町3丁目にある平家ゆかりの荒田八幡神社と宝地院である。 荒田八幡神社 荒田八幡神社…

養父市大屋町蔵垣・大杉地区

城の山古墳と池田古墳の見学を終え、一路兵庫県養父市大屋町を目指す。 大屋町は、山に囲まれた谷間に集落が点在する農村地帯である。 この大屋町の蔵垣、大杉地区は、江戸時代から養蚕業が盛んである。 宝暦三年(1753年)、蔵垣に生まれた上垣守国は、明和…

赤淵神社

大同寺の参拝を終え、次なる目的地に向かう。 兵庫県朝来市和田山町枚田(ひらた)にある赤淵神社を訪れた。 赤淵神社の鳥居 赤淵神社の祭神は、大海龍王神、赤渕足尼神(あかぶちそこひのかみ)、表米宿祢神(ひょうまいすくねのかみ)の三神である。 赤渕…

医王山大同寺

當勝神社の参拝を終え、北上する。兵庫県朝来市山東町早田にある臨済宗の寺院、医王山大同寺を訪れた。 大同寺 大同寺山門 大同寺は、大同二年(807年)に薬師如来の霊場として創建された。当初は天台宗の寺院であった。 一時は寺勢盛大であったが、時と共に…

正覚山楽音寺

茶すり山古墳の見学を終え、次なる目的地、正覚山楽音寺に行く。 兵庫県朝来市山東町楽音寺にある真言宗の寺院である。 楽音寺 楽音寺の創建は、大同二年(807年)である。明賢上人が、紀州那智の滝を拝して念誦していると、深淵中に五色の光明が見えた。上…

竹田城跡 前編

6月20日で、私の住む兵庫県に出ていた新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が終わった。 そのため、4月24日以来控えていた史跡巡りを再開した。 今日訪れたのは、久々に但馬である。スイフトスポーツで播但連絡道路を北上し、和田山ICで下…

宇谷山豊乗寺

上板井原集落から再び智頭宿に下りてきた。智頭宿から西にしばらく行った篭山の山麓にある真言宗の寺院、宇谷山豊乗寺(ぶじょうじ)を訪れた。 地名で言えば、鳥取県八頭郡智頭町新見にある。 豊乗寺 豊乗寺は、嘉祥年間(848~851年)に、弘法大師空海の実…

柏原八幡神社 後編

厄除神社の前を過ぎれば、正面に三重塔が見えてくる。柏原八幡神社三重塔は、私が史跡巡りで訪れた、19番目の三重塔である。 社殿の奥の三重塔 三重塔 この三重塔は、文化十年(1813年)から同十二年(1815年)にかけて再建された。この塔の彫刻は、中井権次…

宝橋山高蔵寺

池尻神社を出て、兵庫県丹波篠山市高倉にある天台宗の寺院、宝橋山高蔵寺を訪れた。 高蔵寺の境内の南端には、明和七年(1771年)に建てられた山門がある。 山門 この山門にも、中井権次一統の彫刻が施されている。年代的に言うと、五代目中井丈五郎橘正忠の…

安泰山大國寺

二村神社の参拝を終え、次は丹波篠山市味間奥にある天台宗の寺院、安泰山大國寺を訪れた。 大國寺 私が大國寺を訪れた時、雨が降り始めた。前回の丹波の史跡巡りでも雨に見舞われた。丹波は俄雨が多いようだ。 この寺は、国指定重要文化財の本堂と仏像を有し…

二老山和田寺

丹波立杭登窯から北上し、丹波篠山市下小野原にある天台宗の寺院、二老山和田寺(わでんじ)に行く。 この寺は、標高591メートルの和田寺山の麓から中腹にかけて建っている。 和田寺口の交差点から坂を上っていくと、仁王門が見えてくる。 仁王門 この仁王門…

黒沢山萬福寺

中山神社から北に走り、標高約668メートルの黒沢山山頂にある萬福寺を目指した。地名で言えば、岡山県津山市東田辺にある。 黒沢山は、神楽尾山の山頂からも目にすることが出来た。 萬福寺に至る山道は、細く曲がりくねっている。ZC33Sスイフトスポーツの独…