寺院
葛下城跡から下山し、スイフトスポーツに乗車して、美作の更に奥地に車を走らせる。 岡山県苫田郡鏡野町中谷にある真言宗の寺院、法華山弘秀寺を訪れた。 弘秀寺山門 弘秀寺は、神亀元年(724年)に行基菩薩が開創したとされている。 元々の弘秀寺は、天楽山…
兵庫県南あわじ市志知飯山寺にある真言宗の寺院、雲龍山宝光寺には、永和四年(1378年)の弘鑁(こうばん)上人銘のある錫杖があるとのことだったので訪れた。 雲龍山宝光寺 私が宝光寺を訪れた時は、既に日が傾き始めていた。境内に入って石仏などを眺めて…
叶堂城跡から兵庫県道25号線を西に走る。 南あわじ市津井にある、法華宗の寺院、隆泉寺に赴いた。 隆泉寺 本堂 日蓮上人の銅像 この寺院には、洲本市中川原二ツ石から出土した、弥生時代前期~中期の制作にかかる黄帯文銅鐸が保管されている。 銅鐸は、国指…
慶野松原から兵庫県道31号線を南下し、三原川にかかる御原橋の北詰の交差点を右折西進する。 川沿いをしばらく進むと、右手に叶堂(かなど)城跡の石碑が建っている。 叶堂城跡の碑 叶堂城は、慶長五年(1600年)に豊臣氏の代官石川光之によって築城された。…
産宮神社のすぐ北側にあるのが、浄土宗の寺院、法性山上宮院日光寺である。 日光寺の伽藍 日光寺山門 私が日光寺を訪れた時、東南アジア系の若いカップルが山門前でスマートフォンで記念写真を撮っていた。 最近寺社詣でをすると、日本に在住していると思わ…
大和大国魂神社の参拝を終え、三原川沿いに西に向かう。 南あわじ市松帆江尻の集落に入る。集落の東側にあるのが、浄土宗の寺院、江善寺である。 江善寺 この江善寺の境内に、兵庫県指定重要有形文化財の高麗陣打死衆供養石碑がある。 この碑は、文禄の役に…
平等寺の参拝を終え、兵庫県道470号線を北東に走り、兵庫県南あわじ市倭文安住寺にある真言宗の寺院、補陀落(ふだらく)山安住寺を訪れた。 補陀落山安住寺 もともと安住寺は、現在の安住寺を本坊として、東善坊、東光坊、東坊、大門寺、南坊の六坊を持つ大…
倭文(しとおり)八幡神社の北側に隣接して建つのが、真言宗の寺院、明慶山平等寺である。 明慶山平等寺 平等寺は、長年倭文八幡神社の別当寺として同社を管理してきた。 江戸時代までは、八幡神の本地仏として、同社の薬師堂に薬師如来立像が祀られていたが…
佐々木神社から出発して、三岳山の南側の山麓を通る市道を走り、福知山市喜多にある真言宗の寺院、三岳山金光寺(きんこうじ)に赴いた。 この地は過去に比叡山妙香院の荘園だったため、元々は天台宗の寺院だったが、江戸時代初期に真言宗の寺院になったそう…
円満院の西側には山地があるが、この山地を通る峠道を越えると、柿本という集落がある。 この柿本に一宇の観音堂がある。正式には朝日山観音堂と呼ばれている。京都府道707号線の西側の林の中にある。 柿本観音堂への道 目印は、観音堂の案内板と、柿本バス…
大智寺から北上すると、畑郵便局という小さな郵便局があり、そこで道が二股に分かれる。 右側の道をしばらく行くと、福知山市夜久野町桑村の集落があり、道の左側の山の斜面に小さな薬師堂がある。 長光山薬師堂と呼ばれている。 薬師堂の立て看板 目印は、…
高倉神社から東進して、京都府福知山市夜久野町額田(ぬかだ)の町に入る。 ここは、JR下夜久野駅があり、夜久野町の中心となる地域である。かつては宿場町として栄えたという。 額田には、日本中央標準時の基準となる子午線(東経135度)が通っている。大正…
夜久野高原の北側は、上夜久野という地域である。 上夜久野には、南北に渡る二つの谷がある。東側の谷の地域を直見(のうみ)という。 直見地区には、仏教に関する文化財が4点存在する。 一つ目は、福知山市夜久野町直見副谷にある臨済宗妙心寺派の寺院、清…
昨年の大晦日に丹波の史跡巡りを行った。 今回大晦日に外出してみて分かったが、店や施設は閉まっていても、人や車が少なく、結構快適に史跡巡りを行うことが出来る。こういう大晦日もいいものだ。 さて私がまず赴いたのは、但馬と丹波の国境、今でいう兵庫…
本荘八幡宮のある宮山の東方に、真言宗の寺院、通生(かよう)山神宮寺般若院がある。 般若院 伝説では、文武天皇元年(697年)に、行基がこの地を訪れ、宮山山上に八幡院という寺院を建立したのが、般若院の開創であるという。 延暦年間(782~806年)に、…
正福寺の参拝を終え、次なる目的地である豊岡市下宮の久々比(くくひ)神社に赴いた。 久々比神社の社叢 久々比神社の鳥居 久々比(くくひ)とは、鵠(こう、くぐい)のことで、コウノトリの古名である。 久々比神社の創建年代は分かっていない。 「日本書紀…
小田井縣神社の参拝を終え、円山川右岸の豊岡市日撫(ひなど)にある曹洞宗の寺院、正福寺を訪れた。 ここは、大石内蔵助良雄の妻・りくの遺髪塚と、長女・くうの墓、次男・吉之進の供養塔のある寺である。 大石りく、くう、吉之進の銅像 寺は低い山の中腹に…
養源寺から東にしばらく歩いた場所にあるのが、浄土真宗の寺院、護法山光行寺である。養源寺と同じく、豊岡市元町にある。 光行寺山門(西側) ここは、承久の乱に敗れて但馬に流された雅成親王の子、浄円が入寺した寺である。 山門を潜って境内に入ると、正…
11月19日に但馬の史跡巡りをした。冬が来る前に、日本海側の史跡巡りを終えたかったのである。 最初に訪れたのは、兵庫県豊岡市三坂の山王山の中腹にある大石吉之進の墓である。 大石吉之進の墓のある山王山 大石吉之進は、赤穂義士を率いた旧赤穂藩家老大石…
因幡国庁跡から南下すると、鳥取市国府町国分寺の集落がある。 その中に、黄檗宗の寺院、最勝山国分寺がある。 最勝山国分寺 この寺院は、天平十三年(741年)に聖武天皇が鎮護国家を祈念して、全国六十余国に建立した国分寺の一つである因幡国分寺の跡を継…
鳥取市国府町新井の集落から東に行くと、松尾の集落がある。 この集落の奥に、モダンな鉄筋コンクリート造の白い建物がある。国指定重要文化財の木造薬師如来坐像と両脇侍坐像や木造吉祥天立像を収蔵する学行院である。 学行院 今の学行院は、僧侶が常駐する…
鳥取市国府町岡益に、曹洞宗の寺院、長通寺がある。 この寺院は、後に紹介する岡益廃寺の瓦などを保管している。 長通寺参道 豊珠観世音菩薩像 長通寺 長通寺本堂 本堂向拝の彫刻 この長通寺の南側の丘陵上に、岡益の石堂という特異な建造物がある。 岡益の…
森尾古墳跡から次なる目的地の中嶋神社に赴いた。中嶋神社は、兵庫県豊岡市三宅に鎮座する。 中嶋神社鳥居 駐車場に車をとめ、巨大な赤鳥居を潜って参道を歩き、境内に入った。 二の鳥居 二の鳥居の手前には、何故かディズニーアニメに登場する七人のこびと…
倉田八幡宮の参拝を終えて北上し、鳥取市正蓮寺にある面影山という小山に向かう。 この山の西麓に建つ面影神社の鳥居の手前に、鳥取県指定保護文化財である木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像を祀る毘沙門堂がある。 毘沙門堂 毘沙門堂は、新しい建物である。…
六部山3号墳の北西には、同時代の前方後円墳である古郡家(ここおげ)1号墳がある。地名で言うと、鳥取市古郡家になる。 古郡家1号墳の後円部付近 古郡家1号墳は、全長約92.5メートルの因幡最大の前方後円墳である。 後円部に3基の埋葬施設があり、それ…
市場城跡から下りて、車に乗り込み東に走る。鳥取県八頭郡八頭町福地にある曹洞宗の寺院、普門山大樹寺に赴いた。 普門山大樹寺 大樹寺は、市場城を拠点にした毛利氏の家臣・安藤義光の菩提寺であるという。 大樹寺は、市場集落の山上にあったが、天正年間(…
石造灯籠の背後には、本尊の薬師瑠璃光如来を祀る薬師堂(本堂)がある。 貞享三年(1686年)の再建で、丹波市指定文化財である。 薬師堂 薬師堂は、宝形造り、瓦葺、桁行五間、梁間五間の建物である。 清薗寺の開創に関する寺伝はこうである。 第31代用明天…
妙高山から下山し、次なる目的地の兵庫県丹波市市島町下竹田にある真言宗の寺院、鎌倉山清薗寺(せいおんじ)に向かった。 参道の南端には、江戸時代初期の伝説的な彫刻家、左甚五郎が寛永年間(1624~1644年)に建造したと伝わる総門がある。 総門 総門蟇股…
神池寺の常行堂の奥には長い石段が続いている。本堂まで続く石段である。 本堂まで続く石段 苔むした古びた石段である。両側に鬱蒼とした木々が生い茂り、いい雰囲気だ。 石段を登っていくと、仁王門が見えてくる。 仁王門 仁王像 江戸時代以降に再建された…
兵庫県丹波市市島町多利にある妙高山の山頂付近にあるのが、天台宗の寺院、妙高山神池寺である。 妙高山は標高約565メートルだが、山頂付近までは自動車道が延びており、車で上がることが出来る。 妙高山神池寺 寺伝によれば、養老二年(718年)にこの地を訪…