溝口廃寺跡、恒屋城跡

姫路市香寺町溝口にある円覚寺のすぐ南側に、溝口廃寺跡がある。 この廃寺は、発掘された瓦の文様などから、奈良時代前期の寺の遺跡だと言われている。 溝口廃寺跡 今では、叢の中に、かつての礎石が点々と残っているのみである。 礎石群 特に中心にある礎石…

香寺民俗資料館、日本玩具博物館

姫路市香寺町中仁野(なかにの)にある香寺民俗資料館は、元々姫路市船津町御立にあった酒造業尾田家の建物を昭和46年に移築して開館したものである。 築後約350年経過した建物で、ひょうご住宅100選にも選ばれている。 香寺民俗資料館 館内には、約3万5千…

ZC33S スイフトスポーツ 経過報告

和意谷池田家墓所駐車場にて 私の愛車ZC33Sスイフトスポーツも、納車してから半年が経過した。オドメーターも約7600㎞となった。ここらへんで、半年乗った感想を書いておく。 私のスイスポは、6AT車である。スイスポの購入を考えている人の中には、様々な事…

和辻哲郎生家、八葉寺

姫路市仁豊野(にぶの)にあるJR仁豊野駅の東側に、大正から昭和にかけて活躍した哲学者、倫理学者の和辻哲郎の生家がある。 和辻哲郎生家 和辻哲郎は、「古寺巡礼」「風土」「日本精神史研究」「日本倫理思想史」などの著作で知られる。 私が和辻の著作で最…

正楽寺千手院

岡山県備前市蕃山にある正楽寺千手院は、真言宗の寺院である。 正楽寺は、奈良時代の天平勝宝年間に、聖武天皇の勅願により、報恩大師が備前国に開いた四十八寺のうちの一寺である。 山門 正楽寺は、江戸時代初期に堂舎を悉く焼失したが、正徳年間(1711~17…

三石

ついに当ブログも県境を越えて、岡山県に入ることとなった。 この勢いで、いずれ全国制覇を成し遂げたいが、距離が伸びればそれだけガソリン代や高速道路代や宿泊代がかかるので、自宅から離れれば離れるほど、史跡巡りの勢いは衰えてくる。全国制覇の前に私…

姫路市御国野町

今日は、姫路市の東部にある御国野(みくにの)町の史跡を紹介する。 御国野町国分寺に、播磨国分寺跡がある。天平十三年(741年)、聖武天皇の詔により、全国に国分寺と国分尼寺が建てられた。 奈良時代の行政区分は、国である。播磨国には、播磨国分寺と国…

見野古墳群、宮山古墳

最近、姫路のジュンク堂書店に行き、エレベーターを上がって正面の郷土史のコーナーを眺めると、河合寸翁という人に関する本が目に付くようになった。 河合寸翁は、姫路藩酒井家の家老である。姫路藩領内の産業を振興し、藩の財政を立て直した人物である。今…

平福

兵庫県佐用郡佐用町平福は、江戸時代に、因幡街道沿いの宿場町として開けた。 慶長五年(1600年)に、平福を見下ろす利神(りかん)城城主となった池田由之が、宿場町平福を整備した。江戸時代には、因幡街道随一の繁栄を誇ったという。 今でも、平福の千種…

夢前町ところどころ

姫路市夢前(ゆめさき)町は、かつては飾磨郡夢前町という独立した自治体であった。平成18年3月に姫路市に合併され、消滅した。今日は夢前町の地味な史跡を紹介する。 夢前町は、南北に細長い。姫路市夢前町莇野(あぞうの)に、菅生ダムというダムがある。…

弥勒寺

置塩城跡から西に進み、峠を越えると、姫路市夢前町寺という地域に出る。 ここにあるのが、通宝山弥勒寺である。天台宗の寺院である。 弥勒寺の石橋 書写山圓教寺を開いた性空上人が、長保二年(1000年)にこの地に隠棲し、草庵を作った。 長保四年(1002年…

置塩城跡

姫路市夢前町宮置に、後期赤松氏の居城だった置塩(おじお)城の跡がある。 置塩城は、建築当時、日本国内の山城としては最大規模で、もし石垣が現存していたら、但馬竹田城を上回る壮麗な山城の遺構を見せてくれたであろう。 置塩山 ここで赤松氏の歴史をお…

天児屋鉄山跡

西播磨地区の最も奥地となる兵庫県宍粟市千種(ちぐさ)町は、古代から製鉄が盛んな場所であった。 良質な鉄が産出され、いわゆる「たたら製鉄」が、古代から明治時代まで連綿と続けられてきた。 たたら製鉄と言えば、一般的に出雲が有名であるが、宍粟郡に…

瑠璃寺 宇野氏主従供養碑

上三河農村舞台から更に北上し、佐用町船越に入ると、瑠璃寺の山門が見えてくる。 船越山の中腹にある真言宗の寺院・瑠璃寺の山門である。 瑠璃寺山門 山門は寛永十五年(1638年)の造営である。しかし、所々痛みがあって、長年月の風雪に耐えてきたことを物…

上月城跡 上三河農村舞台

3日ぶりの更新だが、今日の史跡も残念ながら地味である。しかも、その歴史は凄惨である。 兵庫県佐用郡佐用町上月にある上月城跡が今日の舞台である。 城山 上月城跡は、城山という山の上にある。 麓には、土日祝日に開いている上月歴史資料館があるが、私…

随願寺

廣峯神社のある広峰山の東隣には、増位山が聳える。 増位山の中腹にあるのが、播磨天台六山の一つ、増位山随願寺である。 随願寺近くの駐車場まで、増位山の麓からドライブウェイが開通している。 随願寺案内図 案内図にあるように、ヘアピンカーブが連続す…

廣峯神社

姫路市街の北側に聳える広峰山の中腹にあるのが、廣峯神社である。 広峰山は、往古、白幣山と呼ばれ、人々が神の山と崇め、神籬を建てて、素戔嗚尊と五十猛尊を祀ったという。 社伝によると、神功皇后が三韓征伐に出兵する際、白幣山で素戔嗚尊に勝利を祈願…

姫路ところどころ

姫路城の北東側には、姫路市立美術館がある。 かつて、姫路城が陸軍第10師団の駐屯地だった時に、兵器庫・被服倉庫として使われていた赤レンガの建物が、今は美術館として利用されている。 姫路市立美術館 この建物は、明治38年に建設され、大正2年に増築さ…

三日月

かつて兵庫県佐用郡三日月町という自治体があったが、平成17年に、佐用郡佐用町に合併された。 旧三日月町周辺は、江戸時代には三日月藩という藩が領域支配していた。 三日月藩乃井野陣屋跡 元禄十年(1697年)、幕府は、津山藩森家の改易に伴い、分家の森長…

旧制姫路高等学校本館・講堂

射楯兵主神社を見終わり、姫路市山野井にある姫路文学館に行く。 ここは、播州ゆかりの文学者である、和辻哲郎や椎名麟三、又祖先が播州出身だった司馬遼太郎の資料などが展示してある。 姫路文学館北館 私が訪れたのは月曜日で、休館日であった。姫路文学館…

射楯兵主神社

姫路城の南東に、射楯兵主(いたてひょうず)神社がある。ここは、播磨の国16郡の神々を祀っているので、播磨国総社とも呼ばれている。地元では単に「総社」と呼ばれることが多い。結婚式場としてもよく使われる。 大鳥居 この神社の本殿には、射楯大神と兵…

姫路城 その6 附好古園

長かった姫路城シリーズも今日で終わりである。 姫路城大手門を出て、内曲輪の周囲を歩くことにする。 姫路城の内曲輪は、水が満々と湛えられた濠に囲まれている。 姫路城の濠 こうして見ると、B29のレーダーが濠の水を捉えた反応を見て、操縦手がこの辺を沼…

姫路城 その5

姫路城大天守1階から、イの渡櫓に入る。入り口は、これまた分厚い扉である。 イの渡櫓への入り口 イの渡櫓を通り、国宝東小天守に入る。東小天守内には、昭和の大修理の際に作られた、姫路城の1/20の軸組構造模型が展示されている。 軸組構造模型 昭和の大…

姫路城 その4

これから姫路城の大天守内部を見ていくが、図がないと分かりづらいと思う。 後日、兵庫県立歴史博物館で写した姫路城断面図と断面模型の写真を載せる。 姫路城断面図 姫路城断面模型 これを見ても分かるように、姫路城は外から見ると5階建てに見えるが、実…

姫路城 その3

西の丸を見学し終わると、いよいよ本丸に向かうことになる。 西の丸から「はの門」方向に近づくと、西小天守と乾小天守を前に控えた大天守が見えてくる。 西から見た天守 姫路城の天守は、五層七階の大天守と、その周囲に控える東小天守、乾小天守、西小天守…

姫路城 その2

菱の門を潜ると、すぐ目の前に三国堀という石垣で囲まれた溜池がある。 ここから見上げる天守もなかなかいい。 三国堀ごしの天守 私もここで、外国人観光客からカメラのシャッターを押してくれと頼まれた。お安い御用である。 私は、すぐに天守には向かわず…

姫路城 その1

世界文化遺産・国宝姫路城。 天下の名城は、今や人類全体の財産となっている。日本人ばかりでなく、外国人観光客も多数観光に訪れている。 姫路城は、姫山と鷺山と呼ばれる二連の丘の上に建てられている。姫山は、今天守閣が建っているところであり、鷺山は…

伊和神社

兵庫県宍粟市一宮町須行名にある伊和神社は、播磨国一宮である。一宮は通常、その国で最も格の高い神社を指す。 伊和神社は、鬱蒼と茂った杉や檜の林の中にある。 伊和神社のすぐ東側を国道29号線が走るが、境内の鎮守の森に入ってしまえば、国道の喧騒と打…

波賀城蹟

兵庫県宍粟市波賀町は、町の中心を国道29号線が通っている。国道29号線は、姫路市から鳥取市までをつなぐ国道である。かつての因幡街道も、ほぼ同じ場所を通っていたことだろう。 この国道29号線を見下ろす要害の地に、波賀城蹟がある。標高約450メートルの…

家原遺跡公園 附河原田農村芝居堂

兵庫県宍粟市一宮町三方町の家原(えばら)遺跡は、縄文時代から中世まで存在した集落の遺跡である。 今では遺跡の発掘も終わり、家原遺跡公園として整備され、古代から中世の建物が復元されている。 家原遺跡からは、縄文時代の竪穴住居の遺跡が見つかって…