加東市 朝光寺

兵庫県加東市畑にある朝光寺は、姫路城、閑谷学校、一乗寺、鶴林寺、浄土寺に続いて、私が史跡巡りで訪れた6つ目の国宝建造物である。 加東市の中でも奥まったところにあり、国宝の寺だというのに観光客はほとんどいない。静けさに包まれた寺である。 朝光…

闘龍灘

兵庫県を代表する河川である加古川は、兵庫県丹波市の粟鹿山付近を源流とし、瀬戸内海まで流れている。 兵庫県加東市上滝野の加古川中流域にあるのが、名勝闘龍灘である。 ここは、川底から数メートルほど岩石が隆起していて、その岩石の間を縫って川が流れ…

五峰山光明寺 後編

光明寺の塔頭群を抜けると、仁王門に到達する。 仁王門 仁王門は、元禄六年(1693年)に、山麓に建っていたものを移築再建したものである。 昭和56年に、元の仁王門の部材を利用して、大規模に修復された。仁王門に据え置かれている阿吽一対の仁王尊像も、元…

五峰山光明寺 前編

兵庫県加東市光明寺にある五峰山光明寺は、推古天皇二年(594年)に法道仙人が開基したと伝えられる。現在は、古義真言宗の寺院である。 法道仙人は、実在したかどうかも分からない伝説上の人物だが、東播磨の法道仙人開基と伝わる数多くの寺院は、大抵西暦6…

花光寺山古墳、丸山古墳

備前福岡から東に行った岡山県瀬戸内市長船町服部に、花光寺山(けこうじやま)古墳がある。 墳長約86メートルの前方後円墳である。 花光寺山古墳登り口 4世紀後半の築造と推定されている。昭和11年の発掘調査で、長持形石棺を始め、三角縁三神三獣鏡、素環…

瀬戸内市 妙興寺 仲﨑邸

備前福岡の町中にあるのが、日蓮宗の寺院、教意山妙興寺である。 妙興寺山門 寺伝によれば、赤松則興の追善供養のため、応永十年(1403年)に大教阿闍梨日伝上人により建立されたという。 赤松則興なる人物は、調べてもよくわからない。赤松家の家系図にも出…

築山古墳 備前福岡

竹久夢二生家から北東に走る。 岡山県瀬戸内市長船町西須恵にある築山古墳を訪れる。 築山古墳 築山古墳は、全長約82メートルの前方後円墳である。5世紀後半から6世紀前半にかけての古墳とされている。写真右側が後円部となる。 明治40年(1907年)に後円…

横尾山静円寺 竹久夢二生家

寒風古窯跡群のある山上から下りて、瀬戸内市邑久町本庄にある横尾山静円寺(じょうえんじ)を訪れる。真言宗古義派の寺院である。 静円寺山門 この寺は、天平2年に行基菩薩が開基したと伝えられる。備前では、まず7世紀後半に官寺が出来て、奈良時代前半…

寒風古窯跡群

岡山県の旧邑久郡には、約130基の須恵器の古窯跡群がある。邑久古窯跡群という。6~12世紀の窯跡の遺跡である。当時の須恵器の生産地が北上し、伊部の地で備前焼に発展した。 岡山県瀬戸内市牛窓町長浜には、邑久古窯跡群を代表する窯跡である国指定史跡・…

錦海湾 若宮八幡宮

虫明から、岡山ブルーラインという自動車専用道路に入る。この道は、備前市から岡山市までを結ぶバイパスのようなもので、かつては有料道路だったが、今は全線無料である。 ブルーラインという名称から、この道路が海沿いを通っているものと思われがちだが、…

虫明 長島

岡山県瀬戸内市邑久町虫明は、古くから風待ちの港として栄え、江戸時代には岡山藩池田家の筆頭家老伊木氏が陣屋を設け、沿岸警備に当たった。 JA裳掛支所の北側にある工場の辺りが、茶屋と呼ばれた伊木氏の陣屋があった場所である。 工場の中に、「伊木氏茶…

加東市 持宝院 観音寺

兵庫県加東市社の佐保神社の東側には、かつての門前町の通りの面影を残す商店街がある。 佐保神社からその商店街を北上すると、すぐ左手に見えてくるのが、持宝院(真言宗)である。 持宝院山門 持宝院には、関西建築界の父と言われる、武田五一(たけだごい…

加東市 佐保神社 明治館

広渡廃寺跡歴史公園から北上し、加東市に入る。加東市上田にある大芋(おおくも)神社の明神鳥居は、寛永二年(1625年)の銘がある、凝灰岩製の鳥居である。 鳥居は、大芋神社の東側参道の東端に建っている。 大芋神社鳥居 この鳥居は、江戸時代初期の形態を…

広渡廃寺

浄土寺から北西に2キロメートルほど行った兵庫県小野市広渡町に、広渡廃寺跡歴史公園がある。 広渡廃寺跡歴史公園 ここは平成11年に史跡公園として整備された。 広渡廃寺は、7世紀後半に開基された広渡寺の跡である。昭和48年から昭和50年にかけて発掘され…

極楽山浄土寺 後編

今の浄土寺鐘楼は、寛永九年(1632年)に建立された。 腰袴付鐘楼で、均整の取れた姿をしている。 鐘楼 鐘楼は、加東郡河合郷新部村の粟津七右衛門という者が建立した。浄土寺塔頭歓喜院所蔵の、粟津七右衛門位牌厨子扉裏にそのことが書かれているそうだ。鐘…

極楽山浄土寺 前編

兵庫県小野市浄谷町にある極楽山浄土寺は、東播磨に4つある「国宝の寺」の一つである。現在は真言宗の寺院となっている。 浄土寺と言えば、何といっても国宝浄土堂と快慶作の国宝阿弥陀如来立像及び両脇侍像であるが、それ以外にも見所は多い。 浄土寺伽藍…

好古館 小野市伝統産業会館

兵庫県小野市西本町にある好古館は、小野市の遺跡から発掘された出土品や、歴史資料を展示する歴史博物館である。 昭和11年に建てられた小野小学校の講堂を移築して、平成2年に開館した。 好古館の隣には、小野小学校があるが、学校の前に一柳家陣屋遺跡の…

奈義町の史跡

菩提寺から山岳路をしばらく西に走ると、大別当城跡に登る道が見えてくる。 登り口から北を望むと、彼方に那岐山が聳えている。 那岐山 那岐山は、標高1255メートルである。あの山の向こうは鳥取県だ。 奈義山脈中には、他にも複数の山城があるが、いずれも…

奈義町 菩提寺

岡山県勝田郡奈義町高円にある高貴山菩提寺は、那岐山の中腹、標高およそ500メートルほどの場所に位置する。 菩提寺は、持統天皇の治世(686~697年)に役小角が開基したと伝えられており、往時には、七堂伽藍三十六坊が立ち並んでいたと言われている。 平安…

植月寺山古墳 梶並神社

JR勝間田駅から北東方面に行った岡山県勝田郡勝央町植月東にあるのが、植月寺山古墳である。 古墳は、観音寺という寺院の裏にある。方墳が連なる前方後方墳という珍しい形式の古墳である。 植月寺山古墳の墳丘図 私が史跡巡りで初めて訪れた前方後方墳である…

三星城跡 吉田の油地蔵

林野の町から国道179号線を北上すると、左手に三星山が見えてくる。この山の麓にあるのが三星城跡である。 美作中央病院の裏に三星山の登り口がある。 三星山登り口 登山口には、明見三星稲荷の鳥居がある。この先で道が左右に分かれる。左に行けば、明見三…

林野

長福寺を出て、国道374号を使って吉野川沿いを北上する。 しばらく車で走ると、美作市安蘇にある、安蘇宝篋印塔に至る。 安蘇宝篋印塔 安蘇宝篋印塔には、正中二年(1325年)性忍敬白という銘文がある。 鎌倉時代後期は、石造美術の最盛期である。この時代に…

天石門別神社 長福寺

備前国北部から美作国にかけては、天石門別(あまのいわとわけ)神社という名の神社が数多くある。 美作市英田町滝宮にある天石門別神社もそのひとつである。 鳥居 祭神は、天手力男(あめのたぢからお)神である。天手力男神は、天照大御神が天の岩戸に引き…

加西市 東光寺

加西市殿原町の加西市立泉小学校の東隣に、国府寺という天台宗の寺院がある。ここは、白鳳時代の寺院の廃寺跡でもある。殿原廃寺という。 殿原廃寺跡 とは言え、今の国府寺には、白鳳時代に寺院があったことを示すものは何もない。 門から入って左手の庭園の…

北条の五百羅漢

住吉神社、酒見寺から北に歩いて、北条小学校と北条中学校の間の道を抜ける。当日は、小学校のグラウンドで少年野球の試合が行われていた。 学校を過ぎると、右手に天台宗の寺院である羅漢寺が見えてくる。 この寺にあるのが、北条の五百羅漢と呼ばれる石仏…

酒見寺

住吉神社の東隣にあるのが、泉生山酒見寺である。 酒見寺は、天平十七年(745年)に行基菩薩が建立したと伝えられている。現在は真言宗の寺院である。 酒見寺は、天正年間(1573~1592年)に戦火で焼失したが、江戸時代初期の寛永十九年(1642年)に再建され…

加西市 住吉神社

兵庫県加西市北条町古坂にある加西市埋蔵文化財整理室の駐輪場横に、阿弥陀三尊の種子を刻んだ鎮岩(とこなべ)板碑がある。兵庫県指定文化財となっている。 鎮岩板碑 元々は、加西市鎮岩町の大日堂の境内にあったが、加西市が保存のため、この場所に移転し…

瀬戸町

現在岡山市東区瀬戸町と呼ばれている区域は、平成19年1月22日の岡山市への合併前は、赤磐郡瀬戸町という自治体であった。 岡山市は、平成に広域合併を重ね、政令指定都市となった。中国地方では、広島市に次ぐ政令指定都市である。 今日は、この瀬戸町の史…

千光寺

本久寺の拝観を終えて南下し、和気町から赤磐市に入る。赤磐市は、岡山市郊外のベッドタウンとなっている町である。 赤磐市石蓮寺(しゃくれんじ)には、かつて報恩大師が建立した備前四十八寺の一つである、平満山石蓮寺があった。 現在は石蓮寺は廃寺とな…

本久寺

天神山城跡から北に行くと、三保高原というレジャー施設等がある高原に至る。地名で言うと、和気町田土字杉沢である。 ここにはかつて、奈良時代に報恩大師が建立した備前四十八寺の一つ、安生寺を前身とする杉沢山長楽寺があった。 長楽寺は、檀家の便を考…