三木市 天津神社

兵庫県三木市吉川町前田にある天津神社は、国指定重要文化財の華麗な本殿を有する。 天津神社 拝殿 祭神は、天穂日(あめのほひ)命、天津彦根(あまつひこね)命、活津彦根(いくつひこね)命、天忍穂耳(あめのおしほみみ)命、熊野久須日(くまのくすび)…

古窯陶芸館

兵庫県西脇市野村町にある古窯陶芸館は、平安時代末期の窖窯跡を、ドームで覆って保存している施設である。 ここでは、陶芸教室も行われている。 古窯陶芸館 窖窯は、5世紀に朝鮮半島から伝わった。山の斜面にトンネルのように穴を掘って築かれる。穴の中は…

如法寺無量壽院

大多羅寄宮跡から芥子山の山裾を巡り東に行くと、如法寺無量壽院がある。地名で言えば、岡山市東区広谷になる。真言宗の寺院である。 寺伝によれば、奈良時代の神亀二年(725年)に、大倫和尚によって創建されたと言われている。 無量壽院への参道 仁王門 こ…

大多羅寄宮跡

西大寺からしばし西に行く。JR赤穂線の大多羅駅の北側に芥子山(けしごやま)が聳えている。 この山の尾根上にあるのが、大多羅寄宮(おおだらよせみや)跡である。 寛文六年(1666年)、岡山藩主池田光政は、領内の神社整理を行い、小社小祠を71の寄宮に統…

金陵山西大寺 後編

金陵山西大寺の守護神として牛玉所殿(ごおうしょでん)に祀られてきたのが、牛玉所大権現である。 牛玉所殿には、それだけではなく、金毘羅大権現も合祀されている。 実は牛玉所大権現に合祀されている金毘羅大権現は、明治初年まで、讃岐の金刀比羅宮に祀…

金陵山西大寺 中編

西大寺の境内は広大で、がらんとしている。 その中で、一際大きい建物が、文久三年(1863年)に建立された本堂である。本堂は、岡山市指定重要文化財になっている。 幅五間の本堂は、岡山県下有数の巨大さで、軒が極めて高い。 本堂 本堂は、西大寺会陽(え…

金陵山西大寺 前編

岡山市東区西大寺中にある高野山真言宗別格本山金陵山西大寺は、いわゆる「裸祭り」の俗称で知られる奇祭・西大寺会陽で有名である。 私も会陽のイメージでしか西大寺を捉えていなかったが、訪れて見ると、神仏習合が今に息づく、なかなか力強さを感じさせる…

砥石城跡 乙子城跡 神崎川分水樋門

岡山県瀬戸内市邑久町豊原にある砥石山上に、戦国乱世の梟雄宇喜多直家が出生した場所とされる砥石城跡がある。 砥石山 砥石山は、高さ100メートルほどの低山である。直家の祖父・宇喜多能家(よしいえ)の居城がここにあった。 「備前軍記」によれば、大永…

豊原北島神社 

餘慶寺と隣接するように建っているのが、豊原北島神社である。 社伝によると、舒明天皇六年(634年)に比咩大神を祀ったのが、この神社の創建であるそうだ。 祭神は、豊原北島神、応神天皇、神功皇后、比咩大神である。 当神社は、餘慶寺より古くから、この…

餘慶寺 後編

本堂の北側には、三重塔が聳える。私が史跡巡りで訪れた10番目の三重塔である。 三重塔 今の三重塔が建てられたのは、そう古くはない。旧塔跡に文化十二年(1815年)に再建されたものである。 西幸西村、草井幸右衛門らが私財を投げうって再建したそうだ。こ…

餘慶寺 前編

岡山県瀬戸内市邑久町北島にある上寺山餘慶寺は、天台宗の寺院である。 寺は、小高い丘の上にある。神仏習合の名残か、餘慶寺と接して豊原北島神社が建っている。 餘慶寺の案内板 餘慶寺は、天平勝宝元年(749年)に報恩大師が開創した。備前四十八寺の一寺…

虫明焼

虫明焼(むしあげやき)は、現在の岡山県瀬戸内市邑久町虫明で継続して制作されている焼き物である。 備前の焼き物と言えば、備前焼が有名である。備前焼は、釉薬を使用しない自然釉を利用した焼き物である。 虫明焼は、釉薬を使い、絵付けもする。京焼の流…

備前長船 後編

備前長船刀剣博物館の前には、近代備前長船の刀匠今泉俊光の工房を再現した、今泉俊光刀匠記念館がある。 今泉俊光刀匠記念館 今泉俊光は、明治31年に佐賀県小城郡小城町で生まれ、祖父の影響を受けて幼いころから刀作りに興味を持ち、釘を潰して小刀を作っ…

備前長船 前編

備前国長船は、古くから日本刀の一大産地として有名である。日本で国宝・重要文化財に指定されている刀の約半数は、備前長船で作られたものである。 中国山地で採取される良質な砂鉄は、日本刀の原料として優れていた。中国山地には、砂鉄から玉鋼を作るため…

石上神社

兵庫県西脇市板波町にある石上(いそがみ)神社の御祭神は、奈良県天理市の石上(いそのかみ)神宮の御祭神布都御魂神(ふつのみたまのかみ)の御分霊である。 鳥居 この神社の創建は、社伝では、一条天皇の御宇である正暦三年(992年)とされている。 石上…

旧来住家住宅 後編

客湯殿の浴室の隣室は、化粧室となっている。女性の化粧や更衣用の部屋だったようだ。 化粧室 御覧のように三畳の狭い部屋である。しかし、小さいながらも、この部屋も選び抜かれた銘木があちこちに使われている。 床の間と床脇 まず真ん中に通る床柱は、鞍…

旧来住家住宅 中編

旧来住家住宅は、2階建てである。 2階に上がる階段は、古い日本住宅らしく、狭くて急である。 階段 2階に上がると、畳廊下を挟んで、左側に押入れが、右側に和室がある。 2階の畳廊下 床の間のある奥の和室は、スタッフの方が使用中であった。手前の和室…

旧来住家住宅 前編

西脇市西脇にある旧来住(きし)家住宅は、少なくとも兵庫県内では屈指の名邸宅であると思う。私はまだまだ見聞が狭いため、断言できないが、日本全国で見ても、これほどの名邸宅はそうないのではないかと思われる。 建てられてから100年ほどしか経っていな…

西脇市郷土資料館

兵庫県西脇市は、播州織で有名な町である。播州織の資料等を展示しているのが、西脇市西脇にある、西脇市郷土資料館である。生活総合文化センターの2階が丸々郷土資料館になっている。 西脇市郷土資料館 コロナウイルスの関係で閉館しているのかと思いきや…

和田山西仙寺

兵庫県西脇市西田町にある和田山西仙寺も、法道仙人が白雉二年(651年)に開基したと伝わる寺院である。法道仙人が、堂塔に仏舎利を安置して、開創したらしい。 現在は真言宗の寺院となっている。 西仙寺 天平勝宝元年(749年)に、播磨国を巡遊中だった行基…

西脇市 西林寺

東播磨は、法道仙人開基の寺が多いが、今日紹介する西林寺もその一つである。同寺は、西脇市坂本の山麓にある。 柏谷山西林寺は、白雉二年(651年)に法道仙人が開いたと伝わる寺院である。平安時代中期に恵心僧都が中興したとされる。今は真言宗の寺院とな…

岡ノ山古墳 住吉神社

JR加古川線日本へそ公園駅を降りると、そこには、日本へそ公園がある。地名で言うと、兵庫県西脇市上比延町である。 日本の標準子午線である東経135度と、日本の領土の南端北端の中間である北緯35度が交差するこの場所が、日本の臍であるとして、日本へそ公…

西脇市 兵主神社 

荘厳寺から車を南に走らせる。 西脇市黒田庄町岡にあるのが、兵主(ひょうす)神社である。JR加古川線の踏切のすぐ近くに、巨大な鳥居が建つ。 兵主神社鳥居 この大鳥居は、昭和になってから建立されたものである。 社殿によれば、兵主神社は、延暦三年(784…

西脇市 荘厳寺 後編

荘厳寺の本堂は、塔頭法音院右脇の苔むした石段を登った先にある。 私は今迄何度かこの寺に足を運んだことがあるが、この石段には来るたびに息を呑む思いをする。 本堂への石段 中世からのままではないかと思わせる、寂びた石段だ。石段の脇には、大師堂があ…

西脇市 荘厳寺 前編

兵庫県西脇市黒田庄町黒田にある荘厳寺は、真言宗高野山派の寺院である。寺伝では、白雉年間(650~654年)に、法道仙人が開基したと伝わる。 慶長年間(1596~1615年)に、徳禅上人が当山に入り、荒廃した寺を真言宗の寺院として再興した。盛時には参道に10…

東山古墳群

兵庫県多可郡多可町中区東山にある兵庫県立多可高等学校の西側に、お饅頭のような円墳が15基復元されている。古代多可の豪族が眠っていた東山古墳群である。 東山古墳群 東山古墳群は、平成8~11年に発掘調査された。その結果、6世紀末~7世紀前半に築か…

多可町中区の寺院

今年3月22日以来、約2か月半ぶりに史跡巡りに出掛けた。今日まず訪れたのは、兵庫県多可郡多可町中区の寺院である。 多可町は、平成17年に多可郡の中町、八千代町、加美町が合併して誕生した自治体である。合併後、それぞれの町は区として名称を残すことと…

家族の歴史

ここ最近、コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響もあるが、私事のせいもあって、ブログ記事の更新が出来なかった。 私事というのは、私の父が亡くなったことである。父の病気と死をきっかけに、私は今まで興味のなかった父の仕事を調べてみた。その結果、…

民主主義

昨年私が読んだ本の中で、最も感銘を受けた本は、角川文庫の「民主主義」である。この本は、文部省が中学高校用の教科書として、昭和23~24年にかけて上下2冊を出版したものを、合冊して文庫化したものである。中学高校用の教科書であるため、理解しやすさ…

エレファントカシマシ

当ブログ令和元年10月12日の「ビートルズ」の記事で書いたように、私は古い洋楽ロックが好きで、暇さえあれば音楽を聴いている。 しかし世界的にギター主体のロックはもう下火で、2010年代になってからは大物のロックバンドのデビューも僅かである。 若いこ…