徳守神社

妙願寺から西に歩き、津山市宮脇町の徳守神社に至る。 徳守神社 徳守神社の祭神は、天照大神である。天平年間(729~749年)にこの地に勧請されたという。 当社は、中世には、田中郷富川宿の鎮守であったが、天文八年(1539年)の尼子・山名両氏の合戦により…

法雲山妙願寺

津山市の中心にある百貨店天満屋に車を駐車して、徒歩で津山城下の寺社等を巡ることにした。 最初に訪れたのは、平沼騏一郎首相の旧宅を復元した知新館である。津山市南新座にある。 知新館 平沼騏一郎は津山出身の法曹家で、検事総長や大審院(現在の最高裁…

津山郷土博物館 後編

当ブログ今年2月3日の「旧勝北町の史跡」の記事で、津山市役所勝北支所の前にある宝篋印塔二基を紹介した。 この辺りからは昭和57年の国道53号線拡幅工事の際に、中世の墓地の遺跡が見つかった。観音堂遺跡という。 観音堂遺跡からは、古備前の骨蔵器や、…

津山郷土博物館 前編

つやま自然のふしぎ館の東隣には、旧津山市庁舎を利用した津山郷土博物館が建っている。 津山郷土博物館 津山郷土博物館の建物は、昭和8年に津山市政施行を記念して建てられたもので、約50年間津山市庁舎として使用された。 津山市内の鉄筋コンクリート造り…

つやま自然のふしぎ館 後編

つやま自然のふしぎ館第9室には、極地の生物だけでなく、南米の動物の標本も展示されている。 ジャガーの標本など、今にも襲いかかってきそうな迫力だ。 ジャガーの標本 一方木からぶら下がるナマケモノは、なんとものどかな風情だ。これでよく今まで生存競…

つやま自然のふしぎ館 中編

つやま自然のふしぎ館の2階に上る。 第5室は、「日本とアジアの動物」がテーマだが、いきなり牙を剥きだした2頭のトラが出迎えてくれる。 第5室の展示 アムールトラとスマトラトラ シベリア地方に生息するアムールトラ(写真右)と、インドネシアに生息…

つやま自然のふしぎ館 前編

道路を挟んで、森本慶三記念館の東隣にあるのが、昭和38年に開館した、つやま自然のふしぎ館である。 つやま自然のふしぎ館 森本慶三は、津山有数の富豪だった錦屋を継いだが、途中で自分の商才の無さに気づいて錦屋を廃業してしまった。 錦屋には莫大な富が…

森本慶三記念館 後編

津山森本家が経営した錦屋は、明治に入ってからも呉服商を続けていたが、明治15年に時計の販売を始めた。 津山初の時計店森本時計店である。森本時計店が明治時代に扱っていた置時計が展示されていた。 森本時計店が扱った置時計 しかし明治時代には、時計は…

森本慶三記念館 前編

津山城跡の北側、三枚橋の西詰に、幕末の津山藩の洋学者・宇田川興斎の旧宅跡がある。今は三角形の雑草が生い茂る空き地に説明板が立つのみである。 宇田川興斎旧宅跡 説明板 今年7月30日の当ブログ記事「津山洋学」で紹介したように、津山藩は洋学が盛んな…

津山城跡 後編

表鉄門の跡を通過し、津山城跡の本丸跡に入る。広々とした空間が広がる。 本丸の空間 かつてこの本丸跡には、広壮な本丸御殿が建っていた。 本丸から、今まで登って来た城の石垣群を見下ろす。 眼下の石垣群 さて、本丸の南西隅に、平成17年に再建された備中…

津山城跡 中編

熱風が吹く中、津山城跡を散策する。 かつて表中門があった辺りは、広い石段を北東西の三方向から石垣が囲んでいる。 表中門跡 広い石段の左手にある石垣が、これまた見事な穴太積である。 穴太積の石垣 不揃いな形の石垣の組合せが、隙間のない緊密な石垣よ…

津山城跡 前編

JR津山駅前には、今年7月30日の当ブログ「津山洋学」の記事で紹介した、津山藩を代表する幕末の洋学者、箕作阮甫(みつくりげんぽ)の銅像がある。 箕作阮甫像 大体駅前に設置される銅像は、その地域が最も誇りとする人物や、その地域を象徴するものの像…

津山まなびの鉄道館 後編

扇形機関車庫の中の一室が、「まちなみルーム」という名のジオラマ展示室になっている。 ジオラマ展示室入口 津山駅付近のジオラマ 扇形機関車庫や津山駅だけでなく、津山城址もジオラマで再現されている。子供のころには、こういうジオラマを見るとわくわく…

津山まなびの鉄道館 前編

美作に鉄道が敷設されたのは、明治31年の中国鉄道津山線(現JR津山線)の岡山津山間が開通したことに始まる。 美作地域には、古い鉄道駅舎など、鉄道遺産が数多く残っている。 岡山県津山市大谷にある、津山まなびの鉄道館は、国内では京都の梅小路機関車…

海神社

神戸市垂水区を代表する神社と言えば、海神社である。 海神社は、JR垂水駅のすぐ近く、神戸市垂水区宮本町にある。 古くは海(わたつみ)神社と呼ばれたが、最近は海(かい)神社と呼ばれることが多い。名前の通り海の近くに建つ、海の神様を祀った神社で…

五色塚古墳

舞子公園から東に進み、神戸市垂水区五色山にある五色塚古墳を訪れる。ここは国指定史跡となっている。 五色塚古墳 五色塚古墳は、全長約194メートルの前方後円墳で、兵庫県下最大の古墳である。全国の前方後円墳の中では、40位くらい大きさだ。 この古墳は…

移情閣 後編

移情閣は、明石海峡大橋建設工事に伴い、平成6年に一度解体され、元々建っていた場所から南西約200メートルの現在地に移転復元された。移転工事が終了したのは平成12年4月のことである。 移情閣の名の由来は、八角三層の塔から展望する六甲山系、大阪湾、…

移情閣 前編

舞子公園の中に、国指定重要文化財となっている洋館・移情閣がある。 移情閣 移情閣は、中国浙江省出身で、神戸で活躍した中国人実業家呉錦堂(1855~1926年)が建てた別荘「松海別荘」が前身である。 明治18年に来日した呉錦堂は、行商をしながら蓄財し、関…

舞子

大歳山遺跡公園から南下し、神戸市垂水区東舞子町にある兵庫県立舞子公園に着く。駐車場に車をとめる。 車を降りれば、眼前に明石海峡の解放感ある景色が広がり、海風が鼻腔を搏つ。 明石海峡 頭上を明石海峡大橋が通り、対岸の淡路島が指呼の間に見える。私…

大歳山遺跡公園

多聞寺から南下し、神戸市垂水区西舞子にある大歳山遺跡公園を訪れる。 大歳山遺跡公園 大歳山遺跡公園は、標高約30メートルの台地上にある。芝生が張られ、広々とした心地好い空間だ。 ここには、元々大歳山という山があった。山上に大歳神社が祀られていた…

吉祥山多聞寺

明石城を出て、車を神戸市西区伊川谷町有瀬に向けて走らせる。 有瀬にある神戸学院大学のキャンパスには、平成7年1月17日の阪神淡路大震災で故障した、明石市立天文科学館の2代目大時計が移設され、現在も時を刻んでいる。 神戸学院大学有瀬キャンパス 大…

明石城 後編

明石城の巽(たつみ)櫓は本丸の南東に、坤(ひつじさる)櫓は本丸の南西に建つ三重櫓である。 両方、国指定重要文化財である。 手前が巽櫓、奥が坤櫓 巽櫓は、安土桃山時代に明石川河口付近に建てられた船上(ふなげ)城の天守か櫓を移築したものとされてい…

明石城 前編

人口約30万人の明石市の象徴となる建物が明石城である。天守はないものの、国指定重要文化財の三重櫓2棟を有する近世の本格的城郭建築の遺構である。 別名喜春(きしゅん)城と呼ばれる。 かつて訪問した明石市立文化博物館には、明石城の模型が展示してあ…

比金山如意寺 後編

文殊堂の北東に聳えるのが国指定重要文化財の三重塔である。 私が史跡巡りで訪れた、14番目の三重塔である。 如意寺三重塔 元和五年(1619年)に三重塔を修理した際、塔上部の相輪の部材から至徳二年(1385年)の刻銘が見つかった。そのため、この三重塔が室…

比金山如意寺 前編

今年8月5日の当ブログの記事「明石市立天文科学館 前編」で紹介したように、明治43年に、当時の明石郡の小学校教員たちが私費を投じて、子午線が通過する場所に子午線通過地識標を建てた。 一つは現在の明石市天文町に建てられたが、もう一つの識標は、現…

香雪美術館

弓弦羽神社の東隣にあるのが、香雪(こうせつ)美術館である。 明治12年に朝日新聞を創刊した村山龍平が大正時代までに収集した刀剣、仏画、墨蹟、茶道具などを収蔵している。 香雪美術館は、村山龍平のコレクションに、初代理事長村山長挙(ながたか)のコ…

弓弦羽神社

お盆に本家のお墓のある西宮に墓参りに行った。 その帰りに、神戸市東灘区の香雪美術館に立ち寄り、「茶の湯の茶碗展」を観た。 その際、香雪美術館のすぐ隣にある、弓弦羽(ゆづるは)神社も訪れた。 ここ最近、男子フィギュアスケートの羽生結弦選手が、社…

笠井山薬師院 龍之口八幡宮

金山寺のある金山は、標高499メートルである。金山は、南側の笠井山と連なっている。 金山寺から南に細い山道を走ると、天台宗の寺院、笠井山薬師院がある。 薬師院は、天平勝宝元年(749年)に報恩大師が備前四十八ヶ寺の根本道場金山寺を開いた時に、境外…

岡山市 金山寺 後編

本堂跡から見上げると、山腹に岡山県指定重要文化財である三重塔が聳える。私が史跡巡りで訪れた13番目の三重塔である。 三重塔 三重塔を目指して石段を上る。途中にあるのが、開山の祖師達を祀る開山堂である。 開山堂 ここには、金山寺を開いた報恩大師と…

岡山市 金山寺 中編

天正三年(1575年)に建てられた金山寺の本堂は、国指定重要文化財であったが、平成24年12月24日に発生した火災により焼失した。 この時に、秘仏だった御本尊千手観音像と岡山県指定重要文化財だった木造阿弥陀如来像も焼失してしまった。 火災の状況 ありし…