夢中山幻住寺

萩丸城跡を散策した後、山中の道を東に走り、岡山県久米郡美咲町北にある曹洞宗の寺院、夢中山幻住寺を訪れた。 幻住寺 幻住寺の創建は、大同四年(809年)だという。その頃には、まだ日本には曹洞宗はなかったので、この寺は別の宗派の寺だったことだろう。…

萩丸城跡 

岡山県久米美咲町北にある岡山県総合畜産センターの東側に、センターの娯楽施設の「まきばの館」がある。 まきばの館 まきばの館案内図 まきばの館には、レストランや土産物屋、アスレチック広場、ドッグラン、ラベンダー広場などがあり、休日の家族連れで賑…

津山市 岩屋城跡 後編

本丸跡から二の丸跡に向かう。二の丸は、本丸の東側に位置する重要な防御機構であった。 本丸跡と二の丸跡の間には、堀切がある。 堀切 堀切は尾根を分断するために人工的に掘られた空堀で、尾根沿いに攻めてくる敵軍を足止めするための山城の防御機構の一つ…

津山市 岩屋城跡 中編

山王神社の参拝を済ませて、更に登り続けると、大手門跡が現れる。 大手門跡 ここが城の正面である。大手門跡を過ぎると水門跡がある。 水門跡 水門跡を過ぎて更に進むと、水神宮がある。 水神宮拝殿と龍神大杉 水神宮拝殿 水神宮は、龍神池の池中に祀られて…

津山市 岩屋城跡 前編

三成古墳から西に向かい、岡山県津山市中北上に聳える岩屋山(標高約483メートル)の山上にある岩屋城跡に向かった。 岩屋川沿いに細い道を北上すると、谷間に登山者用の駐車場がある。そこに車をとめ、歩き始めた。 岩屋城跡の図 岩屋城は、嘉吉元年(1441…

三成古墳

道の駅久米の里から西に走り、岡山県津山市中北下にある国指定史跡・三成(みつなり)古墳を訪れた。 三成古墳は、中北下の集落にある真言宗寺院・密厳寺の墓地の奥にある、小高い山の頂付近に築かれた前方後方墳である。二つの方墳がつながった形をしている…

久米廃寺

桜が散り始めた4月10日に美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市宮尾にある久米廃寺である。 スイフトスポーツを道の駅久米の里に駐車して、西に歩く。久米廃寺の跡は、道の駅久米の里の西側の、中国縦貫自動車道の高架下にある。 久米廃寺 久米…

洲本市 厳島神社

寺町の寺院巡りを終えて、洲本市本町4丁目にある厳島神社に参詣することにした。 この神社は、地元では淡路島弁財天とも呼ばれている。 祭神は安芸の宮島の厳島神社と同じ市杵島姫(いちきしまひめ)命である。 市杵島姫命は神仏習合の過程で、いつしかイン…

洲本市 専称寺 江国寺

遍照院から道を挟んで南側にあるのが、浄土宗の寺院、心念山専称寺である。 地名で言うと、洲本市本町8丁目になる。 専称寺山門 この寺には、庚午事変(稲田騒動)に関わって刑死、獄死した徳島藩士22名を追悼した庚午志士之碑がある。 慶応三年(1867年)…

洲本市 千福寺 遍照院

旧鐘淵紡績洲本工場跡地から、洲本市内の寺町というエリアに行く。 寺町 江戸時代初頭、徳島藩は、淡路の政庁を由良湊に置いていたが、由良が地理的に不便であったため、寛永八年(1631年)に政庁を洲本に移した。これに伴い、武家や町人だけでなく寺も洲本…

旧鐘淵紡績工場跡

兵庫県洲本市塩屋1丁目に、赤煉瓦の建物が多く建っている。 明治42年(1909年)にこの地に誘致された鐘淵(かねがぶち)紡績株式会社(現カネボウ)の工場跡地である。 赤煉瓦の町と言えば、舞鶴や横浜や函館が有名だが、実は洲本も赤煉瓦の町なのである。…

炬口城跡

炬口(たけのくち)八幡神社の裏の万歳山上にあるのが、炬口城跡である。 万歳山 この城跡への登り口は、万歳山の東側にある事代主神社の北側の道を西に歩くと現れる。 事代主神社 事代主神社北側の道 登り口 舗装されたコンクリートの階段を登り切ると、登…

炬口八幡神社 春陽荘

兵庫県洲本市下加茂2丁目付近は、弥生時代前期の水田跡や、中期の周溝墓が発掘された下加茂遺跡があった辺りである。 下加茂遺跡のあった辺り しかし今は遺跡があったことを示す表示はない。 下加茂1丁目にある蒼開高等学校は、かつて柳学園高等学校と呼ば…

西北山蓮光寺 芽黒竹

先山から下りて次なる目的地に向かう。 兵庫県洲本市下内膳にある洲本市立加茂小学校の周辺は、弥生時代の前期から後期にかけての集落跡のあった下内膳遺跡が発掘された場所だが、遺跡があることを示す案内板等はない。 下内膳遺跡周辺 ここから西に行き、洲…

先山千光寺 後編

山門を潜ると、すぐ右手に三重塔がある。 私が史跡巡りで訪れた23番目の三重塔である。淡路では初めて見た三重塔である。恐らく淡路唯一の三重塔だろう。 三重塔 この三重塔は、文化十年(1813年)に高田屋嘉兵衛らの尽力により再建されたものである。 1階…

先山千光寺 前編

3月12日に淡路の史跡巡りを行った。 今回訪れるのは、淡路島内の中心都市である洲本市の史跡である。 淡路には、縄文時代から弥生時代にかけての遺跡が多くある。兵庫県洲本市安乎(あいが)町平安浦に、縄文時代前期から晩期にかけての遺跡である安乎間所…

生田神社 後編

生田神社境内の北東には、生田稲荷大明神がある。 奉納された赤鳥居が、社殿までずらりと並んでいる。 生田稲荷大明神 狛狐 お稲荷さんは、日本全国に隈なく祀られている神様だが、どうも他の神様とは棲んでいる世界が違うような気がする。 生田稲荷大明神の…

生田神社 中編

生田神社の社殿は、昭和20年の神戸大空襲で焼失した。今ある建物は戦後に建てられたものである。 拝殿は、平成7年の阪神淡路大震災で全壊した。 私は、平成8年6月の神戸新聞の一面に、生田神社拝殿復興の記事が載っていたことを、今でも憶えている。 拝殿…

生田神社 前編

三宮神社から北上し、神戸市中央区下山手通1丁目の生田神社に向かった。 生田神社は、正月には兵庫県で最多の初詣客を集める、兵庫県を代表する神社の一つである。 途中、繁華街の生田ロードを歩くが、生田ロードの南端に生田神社の赤鳥居がある。 赤鳥居 …

三宮神社

神戸らんぷミュージアムを出て、神戸市中央区三宮町2丁目にある三宮神社まで歩いた。 三宮神社 神戸には、厄除八社と呼ばれる八つの神社があり、それぞれ一宮から八宮の名で呼ばれている。 神戸の厄除八社 一宮神社から八宮神社までの祭神の内、大己貴尊を…

神戸らんぷミュージアム 後編

石油ランプと同じく、明治になって日本に上陸したのがガス灯である。 明治5年(1872年)、フランス人技師ブレグランの指導の下、横浜で日本初のガス灯が点灯された。 明治7年(1874年)には、東京新橋や神戸居留地にガス灯が設置された。 ガス灯は、当初は…

神戸らんぷミュージアム 中編

昔使われた照明具として思い浮かぶのはロウソクだが、実は江戸時代までロウソクは非常に高価で、庶民にはとても手が出せるものではなかった。 今では石油パラフィンを使った安価なロウソクが大量生産されているが、昭和初期まで作られていた和ろうそくは、ハ…

神戸らんぷミュージアム 前編

東遊園地から歩いて神戸市中央区京町に戻り、神戸らんぷミュージアムに赴いた。 神戸らんぷミュージアムのあるクリエイト神戸ビル 神戸らんぷミュージアムの看板 神戸らんぷミュージアムの入口 神戸らんぷミュージアムは、関西電力が経営していた灯りに関す…

海軍操練所跡 東遊園地

神戸市立博物館を出て、京町筋を南に歩くと、京橋に至る手前の左側に、史跡海軍操練所跡の碑が建っているのが見えてくる。ここは神戸市中央区海岸通17番地になる。 史跡海軍操練所跡の碑 文久三年(1863年)、摂津の海岸防備の準備のため、この地方を巡視し…

神戸市立博物館 後編

神戸市立博物館の1階に降りると、無料で見学できる神戸の歴史展示室がある。 古代から戦後までの神戸の歩みを学ぶことが出来る。特にジオラマの展示が見応えがある。 五色塚古墳の模型 神戸市垂水区にある兵庫県内最大の前方後円墳、五色塚古墳の模型は、か…

神戸市立博物館 中編

コレクション展示室の古地図や名所図会(ずえ)のコーナーに入った。 目につくのは、17世紀に作成された「大坂から長崎迄航路図」である。 「大坂から長崎迄航路図」には、紀伊から淡路、四国を通って鹿児島経由で長崎に行く南側ルートと、瀬戸内海から玄界…

神戸市立博物館 前編

旧居留地のほぼ中心に位置する神戸市中央区京町にあるのが、神戸市立博物館である。 ここは、神戸市内から発掘された考古資料や、南蛮美術、古地図のコレクションなどを数多く収蔵し、展示する博物館である。 神戸市立博物館 神戸市立博物館の建物は、昭和10…

旧居留地 後編

明治32年(1899年)の条約改正で外国人居留地は廃止されたが、大正から昭和にかけて、旧居留地地域には、ビルが数多く建設された。 昭和初期の旧居留地の模型 震災で打撃を受けたが、今でも旧居留地には、大正から昭和初期に建設されたレトロビルが多数残っ…

旧居留地 前編

慶応三年(1867年)に日本と通商条約締結国五ヶ国との間に結ばれた、「兵庫港並びに大坂に於て外国人居留地を定むる取極」により、北は旧西国街道、西は鯉川、東は旧生田川、南は海岸に囲まれた区域を外国人居留地とすることが決まった。 外国人居留地には、…

相楽園 後編

かつて相楽園に建っていた旧小寺邸の本邸は神戸大空襲によって焼け落ちてしまった。 その代わり、という訳でもないだろうが、昭和38年に神戸市中央区北野町のいわゆる異人館街から相楽園に移築されたのが、旧ハッサム住宅である。 旧ハッサム住宅 旧ハッサム…