観音山古墳 大野の整合

8月21日に美作の史跡巡りを行った。 先ず訪れたのは、岡山県苫田郡鏡野町下原にある観音山古墳である。鏡野町では最古の前方後円墳だ。 観音山古墳への登り口 下原の集落の中にある観音山古墳の登り口から緩やかな坂を登り始める。 この道を真っ直ぐ行くと…

神戸市 泉隆寺 歓喜寺

竹中大工道具館を後にして、炎天下の中、北東に歩く。 神戸市中央区中尾町にある浄土真宗本願寺派の寺院、超音山泉隆寺を訪れた。 超音山泉隆寺 泉隆寺は、弘長二年(1262年)に真言宗の僧侶、西順によって開基された。 文明三年(1471年)、本願寺第8代蓮…

竹中大工道具館 その4

竹中大工道具館には、日本だけでなく、中国やヨーロッパの大工道具も展示してあった。 故宮博物院の太和殿の斗供を復元したものが展示されていた。 故宮博物院太和殿 太和殿の斗供の復元 この巨大な建造物が木造建造物だとは知らなかった。斗供の下に更に横…

竹中大工道具館 その3

大工仕事は、建物の設計図通りに木材を加工して、組み立てていかなければならない。少しでも歪みがあると、建物はしっかり建たないだろう。 また、どれだけの用材が必要かを計算したうえで建設を開始するようだ。 昭和時代に薬師寺復興工事に従事した大工棟…

竹中大工道具館 その2

鎌倉時代から江戸時代初期には、木の葉型鋸が使用されるようになった。 木の葉型鋸 室町時代に入ると、大陸から大鋸(おが)が伝わった。大鋸で木材を切って製材することを挽割製材という。この工程で出る木くずを、おがくずと呼ぶようになった。 大鋸 大鋸…

竹中大工道具館 その1

徳光院の参拝を終えて、南に歩き、JR新神戸駅の南側に出る。 神戸市中央区熊内町7丁目にある竹中大工道具館を訪れた。 竹中大工道具館 竹中大工道具館の門 竹中大工道具館を運営しているのは、大手ゼネコンの竹中工務店である。 竹中工務店の元となる会社は…

神戸市 徳光院

城山から下山して、神戸市葺合町布引山にある臨済宗の寺院、徳光院を訪れた。 徳光院山門 この寺院の歴史は実は新しい。創建は20世紀に入ってからで、明治39年(1906年)である。 境内への石段 石段上の狛犬 この地には、元々役小角が創建した滝勝寺という真…

滝山城跡

布引の滝の西側に聳える城山の山上にあるのが、滝山城跡である。 城山 滝山城は、鎌倉時代末期に赤松円心が鎌倉幕府軍と戦うために拠点にした城と言われている。 戦国時代には、松永久秀の支配下となった。弘治二年(1556年)、久秀は主君の三好長慶をこの城…

布引の滝

うろこの家の北側には六甲山系が迫っている。 実はうろこの家の裏側には、JR新神戸駅の北側に抜ける遊歩道がある。 背山散策路の地図 遊歩道の途中に地図があった。どうやらうろこの家の裏山は、背山と呼ばれているらしい。遊歩道は、背山散策路北野道という…

うろこの家 後編

うろこの家1階の見学を終えて2階に上がる。 階段 2階通路 2階は中央に通路があり、建物の北東、南東、北西、南西にそれぞれ部屋がある。南側にはベランダがある。 南東の部屋は、絢爛豪華なアンティーク家具を多数置いている。 南東の部屋 アンティーク…

うろこの家 前編

北野天満神社からさらに山際まで歩く。北野異人館街の中で最高所にあるのが、国登録有形文化財のうろこの家である。 うろこの家入口の煉瓦塀 うろこの家 うろこの家は、明治18年(1885年)に旧居留地付近に建築され、明治38年(1905年)に現在地に移転した。…

北野天満神社

神戸市中央区北野町の地名の由来になったのが、風見鶏の館の東隣に鎮座する北野天満神社である。 北野天満神社 治承四年(1180年)に、平清盛が福原京に都を遷した際、福原の鬼門に当たるこの地に禁裏守護、鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮から菅原道…

風見鶏の館 後編

赤いカーペットが敷かれた階段を上がり、2階に行った。 階段 階段途中のステンドグラス 階段踊り場から2階を見上げる 2階はトーマス家のプライベートな空間であり、1階の豪華な造りと比べ、割合簡素に造られている。 質実剛健で合理的なドイツ人らしい家…

風見鶏の館 中編

玄関の扉を開けて館の中に入ると、1階中央のホールが出迎えてくれる。 1階ホール ホールに入って左側には、トーマス夫人のサロンとして使われていた応接室がある。建物の南東側に当たる。 応接室 応接室の天井には、アールデコ調の直線と曲線で構成された…

風見鶏の館 前編

北野町広場の北側に建つのが、北野町だけでなく、神戸市を象徴する建物と言える風見鶏の館である。 風見鶏の館 風見鶏の館は、ドイツの貿易商であるゴットフリート・トーマスが明治42年ころに建てたものである。正式名称は、旧トーマス住宅で、風見鶏の館は…

萌黄の館 後編

萌黄の館の2階へは、オーク材で作られたと思われる、重厚な色合いの手摺が付いた階段を登っていく。 階段 階段は、2階の手前で踊り場を挟んで北側と南側に分かれている。 南北に分かれる階段 2階北東側には、バスタブを備えた浴室、トイレ、洗面室がある…

萌黄の館 前編

ラインの館の前の坂を北に上がり、東西道に突き当たると西に歩く。すると、円形の北野町広場に行き着く。 広場の西側に見えてくるのが、国指定重要文化財の洋館、萌黄の館である。 神戸市中央区北野町3丁目にある。 北野町広場と萌黄の館 サックス奏者のブ…

ラインの館

北野物語館から北野坂を北上すると、東西通りの北野通に至る。ここを右折東進すると、ラインの館が見えてくる。 北野通は、石畳の歩道が続き、両脇に洋館が並ぶ通りである。 北野通 幕末の神戸港開港と共に、旧居留地に西洋人が沢山やってきた。明治20年ころ…

関西ユダヤ教団シナゴーグ ジャイナ教寺院 北野物語館

シュウエケ邸から西に歩き、一度トアロードに出てから北上する。道なりに歩くと、神戸市中央区北野町4丁目の関西ユダヤ教団シナゴーグの前に出る。 関西ユダヤ教団シナゴーグ ユダヤ教となると、日本人にはイスラム教よりも馴染みがないかも知れない。ユダ…

神戸ムスリムモスク シュウエケ邸

8月6日に神戸の史跡巡りを行った。 先ず訪れたのは、神戸市中央区中山手通2丁目のパールロード沿いにある神戸ムスリムモスクである。 この建物を見ると、一瞬自分が中東のどこかの町中に紛れ込んだ気持ちになった。 神戸ムスリムモスク このモスクは、昭…

旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館

岡山県倉敷市児島味野2丁目にある児島市民交流センターは、平成22年3月に閉館した倉敷市瀬戸大橋架橋記念館の建物を再利用したものである。 旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館 旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館は、昭和63年4月10日の瀬戸大橋開通と同日に開館した。 …

児島下の町の史跡

由加山の参拝を終えて、港町児島の市街に入った。 今回は、現在児島下の町と呼ばれる地区の史跡を紹介する。 先ず最初に紹介するのは、岡山県倉敷市児島下の町7丁目にある鴻八幡宮である。 鴻八幡宮 鴻八幡宮は、由加山系の西端の宮山という丘の上に鎮座す…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その7

権現堂の参拝を終え、客殿の前を通過し、蓮台寺総本殿に向かった。 その途中、インド製の自動車、アンバサダーが展示してあった。 アンバサダー この車は、岡山県新見市出身の真言僧で、現在もインドで布教活動中の佐々井秀嶺氏から、由加山に贈られたもので…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その6

客殿の先には、八十八段の石段があり、その上に蓮台寺奥の院権現堂がある。 奥の院権現堂の参道 石段の手前には、鐘楼堂があり、巨大な梵鐘がかかっている。 鐘楼堂 鐘楼堂の龍の彫刻 梵鐘 新型コロナウイルス感染防止のため、鐘楼堂内への立ち入りは出来な…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その5

蓮台寺客殿の拝観客用入り口から建物内に入る。黒光りのする床板が敷かれた広々とした空間が広がる。 拝観客用入り口 入り口から奥に進むと薬師如来座像が出迎えてくれる。 薬師如来坐像 客殿内には、見事な障壁画で飾られた座敷が複数ある。中には、江戸時…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その4

御影堂から南に歩き、石段を上がっていくと、蓮台寺多宝塔がある。 多宝塔への石段 多宝塔 蓮台寺多宝塔は、私が史跡巡りで訪れた9番目の多宝塔である。 この多宝塔は、天保十四年(1843年)に再建されたものである。この前に建っていた多宝塔は、寛文十年…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その3

由加神社本宮の東側には、真言宗の宗祖・弘法大師空海を祀る御影堂がある。御影堂に祀られていた弘法大師像は、今は蓮台寺総本殿に祀られている。 御影堂 由加山の伽藍は、元禄十三年(1700年)の大火で、今の由加神社本宮の本殿以外全て焼けてしまったので…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その2

由加神社本宮の拝殿の下には、縁結びの神様を祀っている。拝殿下に回廊があり、そこを巡れば、誰かと縁を結ぶことが出来るそうだ。 私は縁結びではなく、史跡巡りの無事を祈った。 拝殿下の回廊 縁結び獅子 回廊には、男性用と女性用の縁結び獅子が2体設置…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その1

倉敷市児島由加にある由加山は、古くから神仏習合の神様である瑜伽大権現を祀り、厚く信仰されてきた山である。 天平五年(733年)、行基菩薩がこの地を訪れ、阿弥陀如来、薬師如来の二尊を本地仏とする瑜伽大権現を祀ったのが、由加山蓮台寺の始まりである…

清田八幡神社

由加山に向かう途中、倉敷市曽原にある清田八幡神社に立ち寄った。 清田八幡神社鳥居 清田八幡神社は、児島の総鎮守とされ、備前の八幡三古社の一つと言われている。 社伝によれば、清田八幡神社は、現在地から北の粒江の田槌の浦にあったが、清滝山中を経て…