二老山和田寺

丹波立杭登窯から北上し、丹波篠山市下小野原にある天台宗の寺院、二老山和田寺(わでんじ)に行く。 この寺は、標高591メートルの和田寺山の麓から中腹にかけて建っている。 和田寺口の交差点から坂を上っていくと、仁王門が見えてくる。 仁王門 この仁王門…

丹波立杭登窯

兵庫県丹波篠山市今田町上立杭(かみたちくい)には、兵庫陶芸美術館や、丹波伝統工芸公園立杭陶の里といった陶芸に関する施設があるが、丹波焼の窯元も数多く軒を連ねている。 窯元のショーウィンドーの丹波焼の花入れ 丹波焼と言えば、赤っぽい土肌に緑色…

木津住吉神社 源兵衛山古窯跡

私が住む兵庫県に、新型コロナウイルス流行に伴う緊急事態宣言が発令される前の4月18日に、丹波方面の史跡巡りを行った。 これから暫くは、その時の記事を掲載する。 先ず訪れたのは、兵庫県丹波篠山市今田町木津(こつ)にある木津住吉神社である。 木津住…

美和山古墳群

高野神社の参拝を終え、国道179号線を挟んで北側にある美和山古墳群を訪れた。ここも津山市二宮になる。 美和山古墳群は、国指定史跡で、4~5世紀に築かれた古墳群とされている。 前方後円墳の1号墳と、円墳の2、3、6号墳の4つの古墳がある。 美和山…

津山市 高野神社

黒沢山萬福寺から下りて南に車を走らせる。津山市二宮にある高野(たかの)神社を訪れた。 高野神社は、美作国の二宮である。美作国では、一宮の中山神社に次ぐ社格の神社である。 創建は第27代安閑天皇二年(534年)とされている。となると、中山神社より古…

黒沢山萬福寺

中山神社から北に走り、標高約668メートルの黒沢山山頂にある萬福寺を目指した。地名で言えば、岡山県津山市東田辺にある。 黒沢山は、神楽尾山の山頂からも目にすることが出来た。 萬福寺に至る山道は、細く曲がりくねっている。ZC33Sスイフトスポーツの独…

中山神社

美作国一宮である中山神社を訪れた。中山神社は、岡山県津山市一宮にある。 一宮には、その国で最も社格が高い神社が当てられていることが多い。中山神社は、近代社格制度の下では、国幣中社であった。 私が史跡巡りで訪れた一宮としては、播磨国一宮の伊和…

神楽尾城跡 後編

馬場から南に行けば三の丸の遺構がある。 参考までに、馬場の説明板に掲示していた城跡の縄張り図を出しておく。 神楽尾城跡の縄張り図 神楽尾城は、永禄九年(1566年)以降、毛利方の城であったが、最終的に宇喜多直家の攻撃によって陥落した。秀吉の時代に…

神楽尾城跡 前編

沼弥生住居跡から西の方を見ると、津山市街の西側に聳える神楽尾(かぐらお)山が見える。 神楽尾山は、標高308メートルで、山上に土で築かれた戦国の山城、神楽尾城跡がある。 ここがなかなか印象的な城跡であった。 神楽尾山 上の写真の丁度真ん中の、少し…

沼弥生住居跡群

岡山県津山市沼にある沼弥生住居群跡は、弥生時代中期から弥生時代後期にかけての集落の遺跡である。 昭和27年から昭和33年にかけて、5次にわたる発掘調査が行われた結果、竪穴住居5棟、長方形竪穴遺構1基、土坑1基、掘立柱建物3棟の跡が確認された。 …

美作総社宮

美作国府跡の西側にある亀甲山という小高い丘の上に、美作国65郷の全ての社の神々を合祀する美作総社宮がある。地名では津山市総社になる。 美作総社宮鳥居 日本各国に一社は、名に「総社」とつく神社がある。 国庁に赴任した国司は、国中の神社に参拝するの…

美作国府跡 

鶴山八幡宮から北上し、津山市総社にある国府台寺を訪れた。 この寺は真言宗の寺院であるが、今国府台寺が建つ場所が、かつての美作国府跡だとされている。 国府とは、国の行政庁である国庁が置かれた町を指す。今の県庁所在地のようなものだ。 国府台寺 国…

岡山県立津山高等学校本館 十六夜山古墳 鶴山八幡宮

衆楽園から西に走り、津山市椿高下にある岡山県立津山高等学校を訪れた。訪れた、と言っても校内に入ったわけではない。 津山高等学校の本館は、明治33年(1900年)に竣工した旧岡山県津山尋常中学校の本館である。 岡山県立津山高等学校本館 津山高等学校本…

衆楽園 後編

衆楽園内の散策を続ける。余芳閣の近くには、池に臨んで枝垂桜が咲いている。 枝垂桜 明治の廃藩によって、津山藩は廃絶となったが、その際園内の建物の多くは解体された。 明暦年間の創園当時から残っているのは、藩主の休憩所であり、客人と対面した建物で…

衆楽園 前編

4月3日に岡山県津山市を久々に訪れた。昨年8月30日以来の訪問である。前回は酷暑の中の訪問だったが、今回は過ごしやすい気候の中での訪問となった。 津山と言えば、鶴山公園(津山城跡)の桜が有名だが、前回津山城跡を訪れているので、今回は横目に見な…

五斗長垣内遺跡

育波堂の前遺跡から山側に車を走らせる。 標高約200メートル付近にあった高地性集落の遺跡、五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡を訪れた。地名で言えば、ここは淡路市黒谷になる。 五斗長垣内遺跡活用拠点施設 五斗長垣内遺跡は、弥生時代後期に栄えた集落の跡…

淡路市北淡歴史民俗資料館 後編

淡路市北淡歴史民俗資料館の裏には、18世紀中ごろの民家、旧原家住宅が建っている。 旧原家住宅 原家は、代々地元で農業を営んでいた旧家で、この家は、第65代衆議院議長原健三郎氏の生家でもある。 旧原家住宅の母屋は、昭和50年にこの場所に移築され、公開…

淡路市北淡歴史民俗資料館 前編

常隆寺山中腹にある浅野公園から下って、淡路市浅野南にある淡路市北淡歴史民俗資料館を訪れた。 淡路市北淡歴史民俗資料館 この歴史民俗資料館は、北淡地域の遺跡から採掘された遺物や、地元出身の国学者鈴木重胤に関する資料、その他の民俗資料などを展示…

早良親王墓 浅野公園

昨日紹介した常隆寺は、延暦四年(785年)に薨去した早良(さわら)親王にゆかりのある寺であった。 かつてその早良親王の墓だったという場所が、淡路市仁井にある。だった、というのは、早良親王の遺体は、延暦十九年(800年)に、淡路の墓から大和国の八島…

栗村山常隆寺

円城寺から淡路市久野々(くのの)にある真言宗の寺院、栗村山常隆寺に向かった。地図を見て、最短と思える道を進んだが、これが車1台がようやく通ることができる山中の細い道で、しかもその道を約10キロメートル走らなければならなかった。対向車が来たら…

慈雲山円城寺

八浄寺から西へ車を走らせ、山奥の細い道を登っていく。 淡路市佐野の奥地にある真言宗寺院が、慈雲山円城寺である。 この寺は桜で有名だが、私が訪れた3月27日には、まだ3月だというのに、八分咲きになっていた。 境内は桜で覆われ、伽藍が見えないほどで…

蓮台山八浄寺

御井の清水から国道28号線を南下し、淡路市佐野にある蓮台山八浄寺を訪れた。 蓮台山八浄寺 ここは真言宗の寺院である。淡路には、淡路七福神と言って、七福神の神様それぞれを祀る寺が七つある。 この八浄寺は、淡路七福神の総本院であり、淡路七福神霊場会…

御井の清水

舟木石上神社から東に走り、大阪湾側に出る。淡路島北部は、東西の幅が狭く、車であれば、大阪湾側と瀬戸内海側を短時間で行き来できる。 神戸淡路鳴門自動車道の東浦ICの出入口付近は、佃遺跡という、縄文時代後期の遺跡としては西日本最大級の遺跡が発掘さ…

舟木石上神社

北淡震災記念公園から南東に車を走らせる。2キロメートル弱進むと、丘陵と溜池がまだらに広がる舟木地区に至る。 この舟木地区に不思議な神社がある。今流に言えば、パワースポットだろう。それが舟木石上(ふなきいわがみ)神社である。 舟木石上神社の鳥…

北淡震災記念公園 後編

野島断層保存館の南側には、断層が敷地内を走っていた民家が、メモリアルハウスとして保存されている。 下の写真の民家の塀の形を見ればわかるが、建物が建っている敷地の上半分が横にずれてしまっている。 建物の中は、凄まじい揺れに見舞われたことだろう…

北淡震災記念公園 中編

阪神・淡路大震災では、淡路島北西部において、野島断層が長さ約10キロメートルに渡ってずれた。 最大で約1.2メートルの上下の段差と約2メートルの横ずれを生じた。 野島断層の地面のずれが最も明瞭に現れたのは、淡路市(旧北淡町)小倉地区であった。 小…

北淡震災記念公園 前編

貴船神社遺跡から県道を南下する。 車で走って気づいたのは、播磨灘を見下ろす道沿いに、洒落たレストランやカフェが多数あることである。 この前新聞記事で読んだが、平成26年に明石海峡大橋の通行料金が下がったことで、多くの人が淡路島を訪れるようにな…

貴船神社遺跡

本日、昨年末以来となる淡路の史跡巡りを行った。 神戸淡路鳴門自動車道の淡路インターで下りて最初の交差点の南西角は、小高い丘になっている。丘の上は淡路SAで、観覧車が建っている。 実はこの丘周辺は、旧石器時代のナイフ形石器が発掘された、まるやま…

ZC33S スイフトスポーツ 二年経過

ZC33Sスイフトスポーツを平成31年3月に購入してから2年経過した。 先日法定点検を受けたが、快調そのものである。走行距離も28,000キロメートルを超えた。 しかし、2年の間にバンパーやホイールを擦ったり、車内のシートにものをこぼしたりということがあ…

林原美術館

岡山市を訪れて、その前を通るたびに気になっていた建物がある。岡山城西手櫓のすぐ脇にある、「禁酒会館」という名の古い建物がそれである。 地名で言うと、岡山市北区丸の内1丁目にある。 禁酒会館 一体この建物は何なのだと思っていたが、調べてみると、…