光恩寺跡 香音寺城跡

那岐神社からJR因美線那岐駅前に戻った。 那岐駅の東側にはトンネルがある。そのトンネルのある山上に、かつて光恩寺という禅寺があったという。 光恩寺のあった山 因美線那岐駅 那岐駅の木製改札 この那岐駅は、駅舎内に診療所があり、集落に住む住民の拠り…

智頭町 極楽寺 那岐神社

私が住む兵庫県に、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発出されたのが8月20日である。 その前日の8月19日に、因幡の史跡巡りをした。 前回の美作の史跡巡りも台風で雨降りしきる中だったが、今回も雨の中の史跡巡りとなった。 まず訪れ…

敏馬神社

8月15日に西宮に墓参りに行った。 その帰りに、神戸市灘区岩屋中町4丁目にある敏馬(みぬめ)神社を訪れた。 敏馬神社鳥居 敏馬神社は、神戸市の副都心と呼ばれるHAT神戸の北側にある。 敏馬神社の南側には、国道2号線が通っているが、昭和の初めまでこの…

「倒壊する巨塔」

西暦2001年9月11日に発生したいわゆるアメリカ同時多発テロ事件から20年が経過した。 印象的な事件を回顧するときには、「あの時自分は何をしていたか」という記憶も同時に浮かび上がってくるものだが、私の場合も同事件を知った時に自分がどこで何をしてい…

作楽神社 後編

作楽神社の境内の東側には、院庄館の東大門の跡がある。 児島高徳は、この東大門の近くにあった桜の木に十字の詩を書きつけたという。 東大門跡 院庄碑 貞享五年(1688年)、津山藩森家の家老、長尾勝明は、東大門跡に児島高徳を顕彰する石碑を建てた。 貞享…

作楽神社 前編

真福寺から南下し、津山市下田邑にある流通第二公園に向かった。 ここは、津山市街の郊外にある企業団地の中の公園だ。 流通第二公園 この公園の南側の丘の上に、田邑丸山古墳群があるとのことであった。 丘に入る道があったので、登ってみた。 丘に入る道 …

津山市加茂町ところどころ

津山市加茂町の中心部にある万燈山古墳の見学を終えると、加茂町の中心部から倉見川沿いに北上した。 県道336号線を約4キロメートル行くと、木もれ陽の森キャンプ場に入っていく細い道がある。 このキャンプ場の中に、8世紀半ばのたたら製鉄の遺跡であるキ…

万燈山古墳

津山市加茂町塔中にある万燈山古墳は、6世紀末に築かれた円墳である。 古墳は、めぐみ荘という老人ホームから北に行った突き当りの丘上にある。 万燈山古墳がある丘 古墳への登り口 登り口から登り始めると、舗装路に出る。舗装路に出てすぐに左側に登る道…

矢筈城跡 後編

矢筈城跡を登るにつれて、雨脚が早くなってきた。傘を差しながら登山を続けた。 台風で警報が出る中の登山など、我ながら正気の沙汰ではないなと思ったが、逆に言うと片手で傘を差しながら登れるほど登りやすい登山道が続くのである。 大岩を過ぎてしばらく…

矢筈城跡 前編

JR知和駅の前の道から、矢筈城跡のある矢筈山を見上げることが出来る。 矢筈山は、標高約756メートル。この山上にある矢筈城跡は、全国の城跡の中でも、最も高地にある城跡である。 矢筈山 矢筈山は、巨大な山体を持つ山である。JR美作河井駅前には、矢筈城…

因美線の鉄道遺産

8月9日に台風9号が九州から中国地方を横断した。 こんなコンディションの日に、物好きな私は美作の史跡巡りに出掛けた。 この日の目的地は、津山市の北部で、私が訪れた時は丁度台風が津山市に接近していて警報が出ていた。 しかし、台風の中心に近い方が…

明神崎

江井崎から南下すると、海に突き出た岩の岬がある。明神崎である。地名で言うと、淡路市明神になる。 明神崎 明神崎は、白色の奇岩で囲まれた岬だが、その奇岩群の上に西濵神社という神社が建ち、その周囲を自生したイブキが囲んでいる。 明神崎は、かつては…

江井

淡路市の港町・江井は、古くから漁業や廻船業で栄えた。 寛永二十年(1643年)には、徳島藩邸が置かれ、淡路の西海岸や播磨灘の警備の拠点となった。 江戸時代後期には、廻船は長崎港、平戸港、兵庫港、堺港などとの交易に従事し、江井港は繁盛した。淡路の…

平生山東山寺

浄瀧寺の参拝を終え、次なる目的地の東山寺に向かう。東山寺は、真言宗の寺院で、淡路市の常隆寺、洲本市の千光寺と並ぶ、淡路三山の一山とされている。 東山寺は、弘安十年(819年)に弘法大師空海がこの地を訪れ、伊弉諾神宮の鎮護のために開いた寺とされ…

淡路市 浄瀧寺

志筑神社の参拝を終え、次なる目的地の淡路市生穂にある真言宗の寺院、浄瀧寺を目指す。 カーナビゲーションを設定して、最短距離を走ったが、異様に細い山道を案内され、恐怖のドライブをすることになった。 以前常隆寺を訪れた際も、細い山道をひやひやし…

志筑神社

静の里公園から北上し、淡路市志筑天神にある志筑(しづき)神社を訪れた。 志筑神社の鳥居前の辺りは、古墳時代後期の集落遺跡である天神遺跡が発掘された場所である。 天神遺跡のあった辺り 天神遺跡のあった辺りから東への細い道を入っていくと、志筑神社…

静の里公園

淡路市志筑にある静の里公園は、源義経の妾であった静御前(しずかごぜん)の伝説地の一つである。 静の里公園 静御前は、白拍子(しらびょうし)であった。 白拍子とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、男装して今様(いまよう)などを歌いながら舞った…

慈光山引攝寺

淡路市志筑(しづき)の町並みに入る。 志筑の中心にある真言宗の寺院が、慈光山引攝(いんじょう)寺である。 引攝寺 引攝寺は、永禄年間(1558~1570年)の開基である。 志筑浜村の庄屋だった忍頂寺家の菩提寺として、寛永元年(1624年)に改築された。 山…

伊弉諾神宮 後編

伊弉諾神宮は、大同元年(806年)に書かれた「新抄格勅符抄」には、「津名神」と記されている。津名郡の大社として位置づけられていたようだ。 その後成立した「延喜式」には、「伊佐奈伎神社」と記され、名神大社に列せられている。 貞応二年(1223年)の「…

伊弉諾神宮 前編

伝淳仁天皇高島陵のある丘からは、伊弉諾(いざなぎ)神宮の社叢を見下ろすことが出来る。 伊弉諾神宮の社叢 上の写真中央のこんもりした杜が、伊弉諾神宮の神域である。伊弉諾神宮は、淡路市多賀にある。 伊弉諾神宮は、記紀神話で、日本列島や数多くの神々…

郡家古墳 伝淳仁天皇高島陵

淡路市郡家(ぐんげ)の町の東側の山中に、郡家古墳がある。 郡家バス停のすぐそばから、古墳に上がっていく坂道がある。入口に目立たない看板が立っている。 郡家古墳への道 郡家古墳の看板 上の写真の坂を上がり、最初の民家の脇の細い道を通ると、古墳に…

枯木神社 長泉寺

先月下旬に淡路に渡った。三度目の淡路の史跡巡りである。 神戸淡路鳴門自動車道北淡ICで下りて、淡路島の西側を縦断する県道31号線を南に走る。淡路サンセットラインとも呼ばれる道だ。 今、この淡路サンセットライン沿いは、ちょっとしたリゾート地になっ…

渋川海岸

宇野港から南に行き、岡山県玉野市玉の町並みに入る。 ここには、大正6年に開設された三井造船所がある。 三井造船所 当時、三井物産株式会社は、海運業から造船業に経営を拡大していた。昭和12年には、株式会社玉造船所として独立し、昭和17年に三井造船と…

宇野港 鳴滝園

明治43年に国鉄宇野線が開通して、宇野と高松を結ぶ連絡船が就航した。 それ以降、昭和63年に瀬戸大橋が開通するまで、本州から四国への玄関口だったのは、岡山県玉野市の宇野港だった。 かつて、宇野港から高松港まで片道約1時間の宇高連絡船が就航してい…

常山城跡

硯井天満宮の参拝を終え、県道405号線を西に走ると、行く手に児島富士の別名のある常山が見えてくる。 常山 常山は、標高約307メートルの低山である。この常山の山頂一帯に常山城跡がある。 常山城跡は、山頂の本丸を中心に合計14の曲輪で構成された連郭式城…

与太郎塚 硯井天満宮

塩竈神社の参拝を終え、児島半島を西に横断した。 そして、岡山県玉野市八浜町大崎にある与太郎塚を訪れた。 与太郎塚 天正十年(1582年)、児島郡八浜村で、児島半島制圧を目論む毛利軍と、織田家の勢力下に入っていた宇喜多軍が衝突した。八浜合戦である。…

小串砲台跡 塩竈神社

静泰院の見学を終え、児島湾締切堤防の上を通って児島半島に上陸した。 児島半島は、古代は児島と言う島だったが、浅瀬の干拓が進み、今では地続きの半島となっている。 先ず訪れたのは、児島半島の北東端にある小串(こぐし)港である。地名では、岡山市南…

龍峰山静泰院

ケレップ水制群の見学を終え、岡南大橋を渡って岡山市南区浦安本町にある臨済宗の寺院、龍峰山静泰院を訪れた。 静泰院は、かつて岡山市中区小橋町にあったが、昭和39年の新京極橋の架橋に伴い当地に移転した。 静泰院 山門 静泰院には、岡山藩初代藩主池田…

旧三蟠港

沖田神社から百間川を南下すると、百間川は児島湾に流れ入る。 百間川河口と児島湾の間には、百間川河口水門が設置されている。 百間川河口水門 今設置されている水門は、昭和と平成に造られたものである。 この水門を過ぎれば、海である。百間川河口水門の…

沖田神社

今年3月以来、久々に備前を訪れた。 まず紹介するのは、岡山市中区沖本にある沖田神社である。 沖田神社 狛犬 岡山市中区にある操山以南の、百間川と旭川に挟まれた干拓地は、沖新田と呼ばれている。 沖新田は、岡山藩直営の新田で、元禄四年(1691年)に岡…