美作

鏡野郷土博物館 竹田遺跡

ペスタロッチ館の中には、鏡野町内の遺跡や古墳から出土した遺物や、郷土が生んだ自由民権運動家中島衛に関する資料を展示する鏡野郷土博物館がある。 鏡野郷土博物館 鏡野町には、竹田遺跡や恩原遺跡、赤峪(あかざこ)古墳などの遺跡、古墳がある。 ここに…

片岡鐵兵文学記念室 

一宮八幡神社の参拝を終えて北上し、岡山県苫田郡鏡野町竹田にあるペスタロッチ館(鏡野町総合文化施設)に赴いた。 ペスタロッチ館 ペスタロッチ(1746~1827年)はスイスの教育者で、貧民の子や孤児にも平等に教育の機会を与え、生徒の自主的学習意欲を伸…

境神社 一宮八幡神社

今日は古くからの獅子舞を伝承する二つの神社を紹介する。 一つ目は、竹内流古武道発祥の地から北に行った岡山県久米郡美咲町境にある境神社である。 境神社 神門 境神社の祭神は、素戔嗚尊である。 社前には、境神社の大スギと呼ばれる巨木がある。 境神社…

石井宗謙誕生の地 竹内流古武道発祥の地

幻住寺の参拝を終えて、車を駆って南下し、岡山県真庭市旦土(たんど)にある国玉神社を訪れた。 ここには、旦土が生んだ江戸時代後期の蘭科医石井宗謙誕生の地の碑がある。 国玉神社 石井宗謙生誕の地の看板 寛政八年(1796年)に旦土村で生まれた石井宗謙…

夢中山幻住寺

萩丸城跡を散策した後、山中の道を東に走り、岡山県久米郡美咲町北にある曹洞宗の寺院、夢中山幻住寺を訪れた。 幻住寺 幻住寺の創建は、大同四年(809年)だという。その頃には、まだ日本には曹洞宗はなかったので、この寺は別の宗派の寺だったことだろう。…

萩丸城跡 

岡山県久米美咲町北にある岡山県総合畜産センターの東側に、センターの娯楽施設の「まきばの館」がある。 まきばの館 まきばの館案内図 まきばの館には、レストランや土産物屋、アスレチック広場、ドッグラン、ラベンダー広場などがあり、休日の家族連れで賑…

津山市 岩屋城跡 後編

本丸跡から二の丸跡に向かう。二の丸は、本丸の東側に位置する重要な防御機構であった。 本丸跡と二の丸跡の間には、堀切がある。 堀切 堀切は尾根を分断するために人工的に掘られた空堀で、尾根沿いに攻めてくる敵軍を足止めするための山城の防御機構の一つ…

津山市 岩屋城跡 中編

山王神社の参拝を済ませて、更に登り続けると、大手門跡が現れる。 大手門跡 ここが城の正面である。大手門跡を過ぎると水門跡がある。 水門跡 水門跡を過ぎて更に進むと、水神宮がある。 水神宮拝殿と龍神大杉 水神宮拝殿 水神宮は、龍神池の池中に祀られて…

津山市 岩屋城跡 前編

三成古墳から西に向かい、岡山県津山市中北上に聳える岩屋山(標高約483メートル)の山上にある岩屋城跡に向かった。 岩屋川沿いに細い道を北上すると、谷間に登山者用の駐車場がある。そこに車をとめ、歩き始めた。 岩屋城跡の図 岩屋城は、嘉吉元年(1441…

三成古墳

道の駅久米の里から西に走り、岡山県津山市中北下にある国指定史跡・三成(みつなり)古墳を訪れた。 三成古墳は、中北下の集落にある真言宗寺院・密厳寺の墓地の奥にある、小高い山の頂付近に築かれた前方後方墳である。二つの方墳がつながった形をしている…

久米廃寺

桜が散り始めた4月10日に美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市宮尾にある久米廃寺である。 スイフトスポーツを道の駅久米の里に駐車して、西に歩く。久米廃寺の跡は、道の駅久米の里の西側の、中国縦貫自動車道の高架下にある。 久米廃寺 久米…

岸田吟香ゆかりの地

両山寺の参拝を終えると、もはや日が西に傾いていた。 今回の美作の旅の最後の目的地である、岸田吟香生誕地に向かった。 岸田吟香(本名銀次)は、天保四年(1833年)、美作国久米郡垪和(はが)村大字中垪和字谷に住む岸田秀治郎の子として生まれた。 吟香…

二上山両山寺 後編

両山寺のある二上山には、東峰弥山と西峰城山の二つの峰がある。最高峰は城山で標高約689メートルである。両山寺は、弥山の中腹にある。 両山寺の裏には、護法善神を祀る二上神社がある。護法善神とは、仏教の守護神である梵天、帝釈天以下のインド由来の神…

二上山両山寺 中編

山門を通り過ぎて、本堂へと近づいていく。 圧巻は、本堂の前に聳える大杉である。二上杉と呼ばれている。 本堂 二上杉 二上杉の木肌 二上杉は、樹齢約千年、樹高約40メートル、目通り周囲約7メートルという巨木である。 近づいて木肌を見ると、まるでゴジ…

二上山両山寺 前編

唐臼墳墓群から、山間の道を行き、岡山県久米郡美咲町両山寺にある真言宗の寺院、二上山両山寺を訪れた。 両山寺は、東峰の弥山(みせん)、西峰の城山という2つの頂を持つ二上山の中で、弥山中腹にある寺院である。 創建は和銅七年(714年)で、第43代元明…

油木北奥の前古墳 唐臼墳墓群

鶴田藩の西御殿跡から西に行き、津山市油木北(ゆききた)にある奥の前古墳を訪れた。 油木北の小さな寺院の駐車場から、古墳への山道が続いている。 油木北奥の前古墳への道 道を進み、墓地を過ぎると、説明板が目に入る。その説明板の前に、4世紀後半に築…

糘山

剣戸古墳群の見学を終え、そこから西に車を走らせる。 津山市神代にある糘山(すくもやま)という低山には、史跡が数多く点在している。 糘山は、標高約262メートルで、山の南半分は、久米カントリークラブというゴルフ場である。 糘山の西側を南北に通る県…

佐良山古墳群 

後醍醐天皇が歌に詠った佐良山は、現在の笹山だと言われている。 笹山の西麓には、横穴式石室を持つ径15メートル以下の円墳を主とした、180基以上の古墳群がある。佐良山古墳群と呼ばれている。 その中で、最古の横穴式石室を有する中山一号墳を訪れた。 中…

荒神山城跡

11月14日に、今年の夏以来の美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市荒神山にある荒神山城跡である。 荒神山 荒神山は、標高約298メートルの低山である。 荒神山城跡へは、麓の集落から登って行くことになる。 荒神山城跡への登り道 舗装された道を…

作楽神社 後編

作楽神社の境内の東側には、院庄館の東大門の跡がある。 児島高徳は、この東大門の近くにあった桜の木に十字の詩を書きつけたという。 東大門跡 院庄碑 貞享五年(1688年)、津山藩森家の家老、長尾勝明は、東大門跡に児島高徳を顕彰する石碑を建てた。 貞享…

作楽神社 前編

真福寺から南下し、津山市下田邑にある流通第二公園に向かった。 ここは、津山市街の郊外にある企業団地の中の公園だ。 流通第二公園 この公園の南側の丘の上に、田邑丸山古墳群があるとのことであった。 丘に入る道があったので、登ってみた。 丘に入る道 …

津山市加茂町ところどころ

津山市加茂町の中心部にある万燈山古墳の見学を終えると、加茂町の中心部から倉見川沿いに北上した。 県道336号線を約4キロメートル行くと、木もれ陽の森キャンプ場に入っていく細い道がある。 このキャンプ場の中に、8世紀半ばのたたら製鉄の遺跡であるキ…

万燈山古墳

津山市加茂町塔中にある万燈山古墳は、6世紀末に築かれた円墳である。 古墳は、めぐみ荘という老人ホームから北に行った突き当りの丘上にある。 万燈山古墳がある丘 古墳への登り口 登り口から登り始めると、舗装路に出る。舗装路に出てすぐに左側に登る道…

矢筈城跡 後編

矢筈城跡を登るにつれて、雨脚が早くなってきた。傘を差しながら登山を続けた。 台風で警報が出る中の登山など、我ながら正気の沙汰ではないなと思ったが、逆に言うと片手で傘を差しながら登れるほど登りやすい登山道が続くのである。 大岩を過ぎてしばらく…

矢筈城跡 前編

JR知和駅の前の道から、矢筈城跡のある矢筈山を見上げることが出来る。 矢筈山は、標高約756メートル。この山上にある矢筈城跡は、全国の城跡の中でも、最も高地にある城跡である。 矢筈山 矢筈山は、巨大な山体を持つ山である。JR美作河井駅前には、矢筈城…

因美線の鉄道遺産

8月9日に台風9号が九州から中国地方を横断した。 こんなコンディションの日に、物好きな私は美作の史跡巡りに出掛けた。 この日の目的地は、津山市の北部で、私が訪れた時は丁度台風が津山市に接近していて警報が出ていた。 しかし、台風の中心に近い方が…

美和山古墳群

高野神社の参拝を終え、国道179号線を挟んで北側にある美和山古墳群を訪れた。ここも津山市二宮になる。 美和山古墳群は、国指定史跡で、4~5世紀に築かれた古墳群とされている。 前方後円墳の1号墳と、円墳の2、3、6号墳の4つの古墳がある。 美和山…

津山市 高野神社

黒沢山萬福寺から下りて南に車を走らせる。津山市二宮にある高野(たかの)神社を訪れた。 高野神社は、美作国の二宮である。美作国では、一宮の中山神社に次ぐ社格の神社である。 創建は第27代安閑天皇二年(534年)とされている。となると、中山神社より古…

黒沢山萬福寺

中山神社から北に走り、標高約668メートルの黒沢山山頂にある萬福寺を目指した。地名で言えば、岡山県津山市東田辺にある。 黒沢山は、神楽尾山の山頂からも目にすることが出来た。 萬福寺に至る山道は、細く曲がりくねっている。ZC33Sスイフトスポーツの独…

中山神社

美作国一宮である中山神社を訪れた。中山神社は、岡山県津山市一宮にある。 一宮には、その国で最も社格が高い神社が当てられていることが多い。中山神社は、近代社格制度の下では、国幣中社であった。 私が史跡巡りで訪れた一宮としては、播磨国一宮の伊和…