美作

近衛殿

昨日の記事で、この地を訪れて亡くなったという伝承が残る近衛経忠について書いた。 中谷神社の西側には、近衛経忠の墓所と言い伝えられる近衛殿という一角がある。鏡野町指定史跡になっている。 近衛殿 近衛経忠は、近衛家の第八代当主で、乾元二年(1302年…

鏡野町 中谷神社

金剛頂寺から西に走ると、吉井川と中谷川が合流する地点に架かる葛下(くずか)橋を渡ることになる。 この辺りはかつて湯指(ゆざす)と呼ばれていた。現在の地名は、岡山県苫田郡鏡野町中谷(なかだに)である。 葛下橋と湯指の船着場址 ここは、江戸時代か…

越畑 蕎麦尾山金剛頂寺

香々美新町から北上し、かつてたたら製鉄が行われていたという越畑という集落を目指した。 香々美新町から越畑までの約16キロメートルの道のりは、「万葉のみち」として整備されている。 「万葉集」に詠まれる150余種の植物のうち、104種の植物が道端に植え…

宝寿山円通寺

桝形山から下山して、酷暑の中車に乗って北上し、岡山県苫田郡鏡野町寺和田にある真言宗の寺院、宝寿山円通寺を訪れた。 宝寿山円通寺 この寺は、弘仁七年(816年)に弘法大師空海が開創したと伝えられている。 美作の密教寺院としては最古の寺院で、「作州…

桝形城跡

香々美新町の地蔵尊の脇から、桝形山への登山道が延びている。 桝形山への登山口 桝形山は、標高約645メートルの秀麗な形をした山である。 桝形山 桝形山の山上に、小早川隆景が築城したと伝わる桝形城跡がある。 築城時期は不明だが、毛利氏が美作に侵攻し…

香々美新町宿

赤峪古墳から進路を北東にとり、江戸時代の宿場町、香々美新町に赴いた。 香々美新町宿 津山藩森氏の時代に、美作津山と伯耆倉吉との間に倉吉街道が整備された。新町は、津山から倉吉街道を伝って倉吉に赴く場合の最初の宿場町であった。 江戸時代には、馬の…

男山 女山 赤峪古墳

大野の整合のすぐ北側に、女山(めんやま)という標高約205メートルの低山があり、その更に北側に男山(おんやま)という標高約260メートルの低山がある。 この2つの山は、鏡野町のシンボル的存在である。山体は、太古の火山活動で噴出した溶岩が固まって形…

観音山古墳 大野の整合

8月21日に美作の史跡巡りを行った。 先ず訪れたのは、岡山県苫田郡鏡野町下原にある観音山古墳である。鏡野町では最古の前方後円墳だ。 観音山古墳への登り口 下原の集落の中にある観音山古墳の登り口から緩やかな坂を登り始める。 この道を真っ直ぐ行くと…

鏡野郷土博物館 竹田遺跡

ペスタロッチ館の中には、鏡野町内の遺跡や古墳から出土した遺物や、郷土が生んだ自由民権運動家中島衛に関する資料を展示する鏡野郷土博物館がある。 鏡野郷土博物館 鏡野町には、竹田遺跡や恩原遺跡、赤峪(あかざこ)古墳などの遺跡、古墳がある。 ここに…

片岡鐵兵文学記念室 

一宮八幡神社の参拝を終えて北上し、岡山県苫田郡鏡野町竹田にあるペスタロッチ館(鏡野町総合文化施設)に赴いた。 ペスタロッチ館 ペスタロッチ(1746~1827年)はスイスの教育者で、貧民の子や孤児にも平等に教育の機会を与え、生徒の自主的学習意欲を伸…

境神社 一宮八幡神社

今日は古くからの獅子舞を伝承する二つの神社を紹介する。 一つ目は、竹内流古武道発祥の地から北に行った岡山県久米郡美咲町境にある境神社である。 境神社 神門 境神社の祭神は、素戔嗚尊である。 社前には、境神社の大スギと呼ばれる巨木がある。 境神社…

石井宗謙誕生の地 竹内流古武道発祥の地

幻住寺の参拝を終えて、車を駆って南下し、岡山県真庭市旦土(たんど)にある国玉神社を訪れた。 ここには、旦土が生んだ江戸時代後期の蘭科医石井宗謙誕生の地の碑がある。 国玉神社 石井宗謙生誕の地の看板 寛政八年(1796年)に旦土村で生まれた石井宗謙…

夢中山幻住寺

萩丸城跡を散策した後、山中の道を東に走り、岡山県久米郡美咲町北にある曹洞宗の寺院、夢中山幻住寺を訪れた。 幻住寺 幻住寺の創建は、大同四年(809年)だという。その頃には、まだ日本には曹洞宗はなかったので、この寺は別の宗派の寺だったことだろう。…

萩丸城跡 

岡山県久米美咲町北にある岡山県総合畜産センターの東側に、センターの娯楽施設の「まきばの館」がある。 まきばの館 まきばの館案内図 まきばの館には、レストランや土産物屋、アスレチック広場、ドッグラン、ラベンダー広場などがあり、休日の家族連れで賑…

津山市 岩屋城跡 後編

本丸跡から二の丸跡に向かう。二の丸は、本丸の東側に位置する重要な防御機構であった。 本丸跡と二の丸跡の間には、堀切がある。 堀切 堀切は尾根を分断するために人工的に掘られた空堀で、尾根沿いに攻めてくる敵軍を足止めするための山城の防御機構の一つ…

津山市 岩屋城跡 中編

山王神社の参拝を済ませて、更に登り続けると、大手門跡が現れる。 大手門跡 ここが城の正面である。大手門跡を過ぎると水門跡がある。 水門跡 水門跡を過ぎて更に進むと、水神宮がある。 水神宮拝殿と龍神大杉 水神宮拝殿 水神宮は、龍神池の池中に祀られて…

津山市 岩屋城跡 前編

三成古墳から西に向かい、岡山県津山市中北上に聳える岩屋山(標高約483メートル)の山上にある岩屋城跡に向かった。 岩屋川沿いに細い道を北上すると、谷間に登山者用の駐車場がある。そこに車をとめ、歩き始めた。 岩屋城跡の図 岩屋城は、嘉吉元年(1441…

三成古墳

道の駅久米の里から西に走り、岡山県津山市中北下にある国指定史跡・三成(みつなり)古墳を訪れた。 三成古墳は、中北下の集落にある真言宗寺院・密厳寺の墓地の奥にある、小高い山の頂付近に築かれた前方後方墳である。二つの方墳がつながった形をしている…

久米廃寺

桜が散り始めた4月10日に美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市宮尾にある久米廃寺である。 スイフトスポーツを道の駅久米の里に駐車して、西に歩く。久米廃寺の跡は、道の駅久米の里の西側の、中国縦貫自動車道の高架下にある。 久米廃寺 久米…

岸田吟香ゆかりの地

両山寺の参拝を終えると、もはや日が西に傾いていた。 今回の美作の旅の最後の目的地である、岸田吟香生誕地に向かった。 岸田吟香(本名銀次)は、天保四年(1833年)、美作国久米郡垪和(はが)村大字中垪和字谷に住む岸田秀治郎の子として生まれた。 吟香…

二上山両山寺 後編

両山寺のある二上山には、東峰弥山と西峰城山の二つの峰がある。最高峰は城山で標高約689メートルである。両山寺は、弥山の中腹にある。 両山寺の裏には、護法善神を祀る二上神社がある。護法善神とは、仏教の守護神である梵天、帝釈天以下のインド由来の神…

二上山両山寺 中編

山門を通り過ぎて、本堂へと近づいていく。 圧巻は、本堂の前に聳える大杉である。二上杉と呼ばれている。 本堂 二上杉 二上杉の木肌 二上杉は、樹齢約千年、樹高約40メートル、目通り周囲約7メートルという巨木である。 近づいて木肌を見ると、まるでゴジ…

二上山両山寺 前編

唐臼墳墓群から、山間の道を行き、岡山県久米郡美咲町両山寺にある真言宗の寺院、二上山両山寺を訪れた。 両山寺は、東峰の弥山(みせん)、西峰の城山という2つの頂を持つ二上山の中で、弥山中腹にある寺院である。 創建は和銅七年(714年)で、第43代元明…

油木北奥の前古墳 唐臼墳墓群

鶴田藩の西御殿跡から西に行き、津山市油木北(ゆききた)にある奥の前古墳を訪れた。 油木北の小さな寺院の駐車場から、古墳への山道が続いている。 油木北奥の前古墳への道 道を進み、墓地を過ぎると、説明板が目に入る。その説明板の前に、4世紀後半に築…

糘山

剣戸古墳群の見学を終え、そこから西に車を走らせる。 津山市神代にある糘山(すくもやま)という低山には、史跡が数多く点在している。 糘山は、標高約262メートルで、山の南半分は、久米カントリークラブというゴルフ場である。 糘山の西側を南北に通る県…

佐良山古墳群 

後醍醐天皇が歌に詠った佐良山は、現在の笹山だと言われている。 笹山の西麓には、横穴式石室を持つ径15メートル以下の円墳を主とした、180基以上の古墳群がある。佐良山古墳群と呼ばれている。 その中で、最古の横穴式石室を有する中山一号墳を訪れた。 中…

荒神山城跡

11月14日に、今年の夏以来の美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市荒神山にある荒神山城跡である。 荒神山 荒神山は、標高約298メートルの低山である。 荒神山城跡へは、麓の集落から登って行くことになる。 荒神山城跡への登り道 舗装された道を…

作楽神社 後編

作楽神社の境内の東側には、院庄館の東大門の跡がある。 児島高徳は、この東大門の近くにあった桜の木に十字の詩を書きつけたという。 東大門跡 院庄碑 貞享五年(1688年)、津山藩森家の家老、長尾勝明は、東大門跡に児島高徳を顕彰する石碑を建てた。 貞享…

作楽神社 前編

真福寺から南下し、津山市下田邑にある流通第二公園に向かった。 ここは、津山市街の郊外にある企業団地の中の公園だ。 流通第二公園 この公園の南側の丘の上に、田邑丸山古墳群があるとのことであった。 丘に入る道があったので、登ってみた。 丘に入る道 …

津山市加茂町ところどころ

津山市加茂町の中心部にある万燈山古墳の見学を終えると、加茂町の中心部から倉見川沿いに北上した。 県道336号線を約4キロメートル行くと、木もれ陽の森キャンプ場に入っていく細い道がある。 このキャンプ場の中に、8世紀半ばのたたら製鉄の遺跡であるキ…