廃寺
龍王滝に向かう途中に、仏足石が祀られている。 仏足石 仏足石は、釈迦の足型を石面に刻んだものである。 初期仏教では、釈迦の像を作ることは恐れ多いこととされていた。仏教徒は、仏足石や菩提樹、仏塔、法輪などを拝んでいた。 この仏足石の中央にも、法…
有馬温泉街から東に行き、杖捨橋を越え、神戸市北区有馬町瑞宝寺山にある瑞宝寺公園を訪れた。 瑞宝寺公園 ここは、明治新政府の廃仏毀釈により、明治6年に廃寺になるまで、瑞宝寺という黄檗宗の寺院があった場所である。 慶長九年(1604年)に大黒屋宗雪が…
葦守八幡宮から約500メートル東に行った岡山市北区下足守の山麓に、守福寺宝殿という国指定重要文化財となっている石造物がある。 守福寺の手前までは舗装路がある。舗装路がなくなる手前に車をとめて歩くと、崩れた築地塀が見えてくる。 守福寺の築地塀 守…
岡山市北区三手の集落にある臨済宗の寺院、真福寺にも、四体の文英の石仏がある。 真福寺 本堂 真福寺の山門を潜ると、正面に本堂がある。山門から入って左に行くと、無縁仏の墓石が多数ある。 この墓石群の左側に、文英の石仏がある。 無縁仏の墓石 四体の…
亀岡八幡神社の参拝を終え、本庄川沿いに集落の細い道を東進する。 しばらく行くと、本庄川にかかる薬師橋という橋に至る。 薬師橋 この橋の北西側に、かつて兵庫県指定文化財の木造薬師如来坐像を祀っていた正福寺の跡がある。 石積みの塀が目印である。こ…
岡山県真庭市には、中世以降に地域の神楽の興行権を独占し、室町時代に作られた獅子頭を持つ神社が2つある。 一つは真庭市高屋にある天津神社である。 天津神社 天津神社の創建は、和銅三年(710年)と伝わっている。 祭神は、天津神の天児屋(あめのこやね…
広徳寺の前には、顕本法華宗の寺院、富中山法泉寺がある。 法泉寺 法泉寺も、寛文九年(1632年)の藩祖池田光仲の国替えに従って、岡山から鳥取に移ってきた寺院である。 8歳で夭折した光仲の末娘伊佐子の菩提寺として重んじられたという。 「鳥取県の歴史…
犬養木堂記念館の見学を終え、足守川を越えて西に行き、岡山県倉敷市庄新町にある王墓山古墳を訪れた。 王墓山古墳への道は、庄新町公民館の南東側に並ぶ民家の間にある。 王墓山古墳への道 この道を入っていくと、行く手に6世紀後半に築造された王墓山古墳…
会下山遺跡から下りて、芦屋市山芦屋町にある滴翠(てきすい)美術館を訪れた。 滴翠美術館 ここは、戦前に大阪財界で活躍した山口吉郎兵衛が収集した茶道具の銘品を収蔵展示する美術館である。 滴翠美術館 私は今まで2回ほど、お茶を習い、自宅で陶芸をし…
天照玉命神社から東に車を走らせて、福知山市和久寺にある和久寺廃寺の跡に赴いた。 和久寺の集落の中央に鹿島神社がある。神社の北側に公園があって、その公園のフェンスに和久寺廃寺の説明板が設置されている。 「京都府の歴史散歩」下巻には、粟島神社の…
兵庫県南あわじ市八木徳野にある笑原神社東宮から真っすぐ南に下ると、T字路に突き当たる。 このT字の先の畑に、かつて徳野塚村古墳があったと言われている。 徳野塚村古墳のあった辺り 昭和26年に農家が畑を開墾していると、須恵質の陶棺が見つかった。長さ…
現在の摩耶山天上寺から南側には、車で行くことは出来なくなっている。遊歩道を歩いて南下すると、摩耶ロープウェイの星の駅がある。 星の駅から西に歩くと、石畳の道になる。 摩耶山史跡公園への降り口がある石畳の道 この石畳の道の南側にある燈籠から、焼…
因幡国庁跡から南下すると、鳥取市国府町国分寺の集落がある。 その中に、黄檗宗の寺院、最勝山国分寺がある。 最勝山国分寺 この寺院は、天平十三年(741年)に聖武天皇が鎮護国家を祈念して、全国六十余国に建立した国分寺の一つである因幡国分寺の跡を継…
十王峠からUターンして、鳥取市国府町中郷にある因幡国庁跡を目指した。 その手前の国府町庁の集落の中に、大伴家持(やかもち)の歌を刻んだ歌碑がある。 万葉歌碑 大伴家持は、大伴旅人(たびと)の息子で、「万葉集」に多くの和歌を残した同集を代表する…
山崎城跡の見学を終えて、車で東に走る。 鳥取市国府町栃本にある国指定史跡・栃本廃寺跡に立ち寄った。 栃本廃寺跡 栃本廃寺跡は、鳥取県と兵庫県の県境に聳える標高1310メートルの扇ノ山に連なる山系の麓付近にある。 ここは昔から塔心礎が2つ露出してい…
鳥取市国府町新井の集落から東に行くと、松尾の集落がある。 この集落の奥に、モダンな鉄筋コンクリート造の白い建物がある。国指定重要文化財の木造薬師如来坐像と両脇侍坐像や木造吉祥天立像を収蔵する学行院である。 学行院 今の学行院は、僧侶が常駐する…
鳥取市国府町岡益の北側にある国府町玉鉾集落の西側の田んぼから、昭和38年の圃場整備中に、廃寺の瓦、礎石、鴟尾が発掘された。 礎石の配置や出土遺物から、白鳳時代の寺院跡であることが分かった。等ヶ坪廃寺跡と呼ばれている。 等ヶ坪廃寺跡の発掘された…
鳥取市国府町岡益に、曹洞宗の寺院、長通寺がある。 この寺院は、後に紹介する岡益廃寺の瓦などを保管している。 長通寺参道 豊珠観世音菩薩像 長通寺 長通寺本堂 本堂向拝の彫刻 この長通寺の南側の丘陵上に、岡益の石堂という特異な建造物がある。 岡益の…
大内城跡のある福知山市大内から、国道9号線を東進する。 しばらく進むと、福知山市池田の集落が見えてくる。池田の集落の中央の旧京街道沿いに生えているのが、福知山市指定天然記念物のかごの木・むくの木である。 かごの木・むくの木 かごの木(左)、む…
三ッ塚廃寺跡の東側にライフピアいちじまという公共施設がある。その東側の山際斜面にあるのが、天神窯跡である。 天神窯跡 ここは、三ッ塚廃寺で使う瓦や須恵器を生産していた窯跡である。 斜面に穴を掘って、その上に天井を付けた穴窯の跡である。天神窯跡…
9月10日に丹波の史跡巡りをした。まだ残暑の厳しい日だったが、丹波は曇り空であった。 国道175号線を北上し、兵庫県丹波市市島町に入り、市島町上田(かみだ)にある三ッ塚廃寺跡を訪れた。 ここは、7世紀後半に開かれて、その後廃寺となった寺の遺跡だが…
由加山の参拝を終えて、港町児島の市街に入った。 今回は、現在児島下の町と呼ばれる地区の史跡を紹介する。 先ず最初に紹介するのは、岡山県倉敷市児島下の町7丁目にある鴻八幡宮である。 鴻八幡宮 鴻八幡宮は、由加山系の西端の宮山という丘の上に鎮座す…
青龍寺から南下し、古代の八上郡衙跡とされる万代寺遺跡が発掘された鳥取県八頭郡八頭町万代寺に行った。 万代寺遺跡のあった辺り 今は遺跡が発掘された痕跡はなく、田が広がるだけである。 昭和57年の発掘調査で、大型の建物がロの字型やコの字型に配置され…
京丹波町水原の集落から国道9号線を西進すると、京都府福知山市に入る。 京都府福知山市に入る 福知山市と京丹波町の境界を越えると、すぐ左手に国道9号線から山に入っていく古い道がある。 平成8年に「歴史100選の道」に選ばれた京街道細野峠である。 京…
三成古墳から西に向かい、岡山県津山市中北上に聳える岩屋山(標高約483メートル)の山上にある岩屋城跡に向かった。 岩屋川沿いに細い道を北上すると、谷間に登山者用の駐車場がある。そこに車をとめ、歩き始めた。 岩屋城跡の図 岩屋城は、嘉吉元年(1441…
桜が散り始めた4月10日に美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市宮尾にある久米廃寺である。 スイフトスポーツを道の駅久米の里に駐車して、西に歩く。久米廃寺の跡は、道の駅久米の里の西側の、中国縦貫自動車道の高架下にある。 久米廃寺 久米…
金川の町の北側に聳える臥龍山上に築かれた玉松城(金川城)は、戦国時代に西備前に覇を唱え、最後は宇喜多直家により滅ぼされた松田氏が拠点にした城跡である。 臥龍山 松田氏は、元々は相模国に住む御家人だったが、承久三年(1221年)の承久の乱の戦功に…
祢布交差点から北東に進んだ兵庫県豊岡市日高町国分寺に、但馬国分寺跡がある。 寺院の跡地は今は広い空き地になっていて、七重塔の礎石が残されている。塔の礎石の奥には、国分寺の名を冠する寺院が建っている。 今までの史跡巡りで、私は播磨、美作、備前…
那岐神社からJR因美線那岐駅前に戻った。 那岐駅の東側にはトンネルがある。そのトンネルのある山上に、かつて光恩寺という禅寺があったという。 光恩寺のあった山 因美線那岐駅 那岐駅の木製改札 この那岐駅は、駅舎内に診療所があり、集落に住む住民の拠り…
淡路市志筑にある静の里公園は、源義経の妾であった静御前(しずかごぜん)の伝説地の一つである。 静の里公園 静御前は、白拍子(しらびょうし)であった。 白拍子とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、男装して今様(いまよう)などを歌いながら舞った…