廃寺

土師百井廃寺跡

青龍寺から南下し、古代の八上郡衙跡とされる万代寺遺跡が発掘された鳥取県八頭郡八頭町万代寺に行った。 万代寺遺跡のあった辺り 今は遺跡が発掘された痕跡はなく、田が広がるだけである。 昭和57年の発掘調査で、大型の建物がロの字型やコの字型に配置され…

細野峠 

京丹波町水原の集落から国道9号線を西進すると、京都府福知山市に入る。 京都府福知山市に入る 福知山市と京丹波町の境界を越えると、すぐ左手に国道9号線から山に入っていく古い道がある。 平成8年に「歴史100選の道」に選ばれた京街道細野峠である。 京…

津山市 岩屋城跡 前編

三成古墳から西に向かい、岡山県津山市中北上に聳える岩屋山(標高約483メートル)の山上にある岩屋城跡に向かった。 岩屋川沿いに細い道を北上すると、谷間に登山者用の駐車場がある。そこに車をとめ、歩き始めた。 岩屋城跡の図 岩屋城は、嘉吉元年(1441…

久米廃寺

桜が散り始めた4月10日に美作の旅をした。 最初に訪れたのは、岡山県津山市宮尾にある久米廃寺である。 スイフトスポーツを道の駅久米の里に駐車して、西に歩く。久米廃寺の跡は、道の駅久米の里の西側の、中国縦貫自動車道の高架下にある。 久米廃寺 久米…

玉松城跡 前編

金川の町の北側に聳える臥龍山上に築かれた玉松城(金川城)は、戦国時代に西備前に覇を唱え、最後は宇喜多直家により滅ぼされた松田氏が拠点にした城跡である。 臥龍山 松田氏は、元々は相模国に住む御家人だったが、承久三年(1221年)の承久の乱の戦功に…

但馬国分寺跡

祢布交差点から北東に進んだ兵庫県豊岡市日高町国分寺に、但馬国分寺跡がある。 寺院の跡地は今は広い空き地になっていて、七重塔の礎石が残されている。塔の礎石の奥には、国分寺の名を冠する寺院が建っている。 今までの史跡巡りで、私は播磨、美作、備前…

光恩寺跡 香音寺城跡

那岐神社からJR因美線那岐駅前に戻った。 那岐駅の東側にはトンネルがある。そのトンネルのある山上に、かつて光恩寺という禅寺があったという。 光恩寺のあった山 因美線那岐駅 那岐駅の木製改札 この那岐駅は、駅舎内に診療所があり、集落に住む住民の拠り…

静の里公園

淡路市志筑にある静の里公園は、源義経の妾であった静御前(しずかごぜん)の伝説地の一つである。 静の里公園 静御前は、白拍子(しらびょうし)であった。 白拍子とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、男装して今様(いまよう)などを歌いながら舞った…

丹生神社 明要寺跡 後編

丹生神社の二の鳥居を過ぎて、境内に入っていく。 丹生神社二の鳥居 二の鳥居を過ぎると、石垣が見えてくる。 天正七年(1579年)、三木合戦の際、多くの僧兵を有した明要寺は、秀吉と対立する三木の別所氏側に付いた。 明要寺は秀吉軍の攻撃を受け、堂塔は…

丹生神社 明要寺跡 前編

箱木千年家から北東方面を見上げると、次なる目的地の丹生(たんじょう)神社が山頂にある丹生山が見える。 奥が丹生山 丹生山は、標高約515メートルの山で、帝釈山、稚児ケ墓山、花折山などと共に、丹生山系という山地を形成している。 丹生山史跡道しるべ…

賞田廃寺跡

古代吉備の有力豪族上道臣(かみつみちのおみ)が白鳳時代に造営したとされる寺院の跡が、賞田廃寺跡である。岡山市中区賞田にある。 賞田廃寺跡は、瀧ノ口山の南麓に広がる、広大な公園のような空間の中にある。 賞田廃寺跡 賞田廃寺跡見取図 賞田廃寺は、…

幡多廃寺塔跡 備前国庁跡

昨年12月半ばに備前を訪れた。 今日は、古代備前の政治・信仰の中心地だったと思われる場所を紹介する。 まずは、岡山市中区赤田(あこだ)にある幡多廃寺塔跡を訪れた。 幡多廃寺塔跡 幡多廃寺塔跡のある辺りは、新しい家が軒を並べる新興住宅街である。そ…

備前国分寺跡

岡山県赤磐市穂崎にある朱千駄古墳のすぐ北側に、仁王堂池という溜池がある。 備前国分寺跡から南方約300メートルに位置する池である。 この溜池のあたりが、奈良時代に聖武天皇によって建立された備前国分尼寺の跡とされている。 仁王堂池 備前国分尼寺の説…

明石市 本松寺 高家寺

以前、宮本武蔵が作った庭を持つ善楽寺円珠院を紹介したが、今回紹介する本松寺も、武蔵が作庭した庭を持つ。 本松寺は、明石市上ノ丸にある。人丸山の西側に建っている。 本松寺の石段 本松寺は、日蓮宗の寺院である。慶長元年(1596年)に、秀吉の家臣藤井…

多可町中区の寺院

今年3月22日以来、約2か月半ぶりに史跡巡りに出掛けた。今日まず訪れたのは、兵庫県多可郡多可町中区の寺院である。 多可町は、平成17年に多可郡の中町、八千代町、加美町が合併して誕生した自治体である。合併後、それぞれの町は区として名称を残すことと…

五流尊瀧院

昨日の記事で紹介した熊野神社と隣接して建つのが、修験道の大本山、五流尊瀧院である。 役小角の五人の弟子が開いた修験道の五流の寺院の一つがその元である。 承久三年(1221年)、承久の乱が勃発し、三井寺長吏であった後鳥羽上皇の皇子・覚仁親王が難を…

岡山市孤児院発祥地 安仁神社 紅岸寺跡

弘法寺から西に行き、岡山市東区に入る。 岡山市東区上阿知にあるのが、岡山市指定史跡である岡山市孤児院発祥地である。 岡山市孤児院発祥地の石碑 岡山市孤児院発祥地には、「永懐斯人」と記された石碑が建っている。 今この石碑の建っている場所には、か…

美作国分寺跡

当ブログでは、令和元年9月8日の「姫路市御国野町」の記事で、播磨国分寺跡を紹介したが、今回は美作国分寺と国分尼寺の跡を紹介する。 岡山県津山市日上の字人神(にんじん)は、国分尼寺の尼寺(にじ)が転訛した字名だと伝えられる。 人神バス停のあた…

花光寺山古墳、丸山古墳

備前福岡から東に行った岡山県瀬戸内市長船町服部に、花光寺山(けこうじやま)古墳がある。 墳長約86メートルの前方後円墳である。 花光寺山古墳登り口 4世紀後半の築造と推定されている。昭和11年の発掘調査で、長持形石棺を始め、三角縁三神三獣鏡、素環…

虫明 長島

岡山県瀬戸内市邑久町虫明は、古くから風待ちの港として栄え、江戸時代には岡山藩池田家の筆頭家老伊木氏が陣屋を設け、沿岸警備に当たった。 JA裳掛支所の北側にある工場の辺りが、茶屋と呼ばれた伊木氏の陣屋があった場所である。 工場の中に、「伊木氏茶…

広渡廃寺

浄土寺から北西に2キロメートルほど行った兵庫県小野市広渡町に、広渡廃寺跡歴史公園がある。 広渡廃寺跡歴史公園 ここは平成11年に史跡公園として整備された。 広渡廃寺は、7世紀後半に開基された広渡寺の跡である。昭和48年から昭和50年にかけて発掘され…

奈義町 菩提寺

岡山県勝田郡奈義町高円にある高貴山菩提寺は、那岐山の中腹、標高およそ500メートルほどの場所に位置する。 菩提寺は、持統天皇の治世(686~697年)に役小角が開基したと伝えられており、往時には、七堂伽藍三十六坊が立ち並んでいたと言われている。 平安…

加西市 東光寺

加西市殿原町の加西市立泉小学校の東隣に、国府寺という天台宗の寺院がある。ここは、白鳳時代の寺院の廃寺跡でもある。殿原廃寺という。 殿原廃寺跡 とは言え、今の国府寺には、白鳳時代に寺院があったことを示すものは何もない。 門から入って左手の庭園の…

瀬戸町

現在岡山市東区瀬戸町と呼ばれている区域は、平成19年1月22日の岡山市への合併前は、赤磐郡瀬戸町という自治体であった。 岡山市は、平成に広域合併を重ね、政令指定都市となった。中国地方では、広島市に次ぐ政令指定都市である。 今日は、この瀬戸町の史…

和気町 本久寺

天神山城跡から北に行くと、三保高原というレジャー施設等がある高原に至る。地名で言うと、和気町田土字杉沢である。 ここにはかつて、奈良時代に報恩大師が建立した備前四十八寺の一つ、安生寺を前身とする杉沢山長楽寺があった。 長楽寺は、檀家の便を考…

西条廃寺

人塚古墳に隣接した北山公園内にあるのが、兵庫県指定史跡の西条廃寺である。 7世紀後半に建設された伽藍の跡である。 現在は、中門跡、塔跡、金堂跡、講堂跡の基壇が再現整備されている。法隆寺の伽藍配置に類似している。 中門跡から廃寺全体を見る 中門…

美作市ところどころ

土居宿から西に進むと江見の町が見えてくる。そこから北上してすぐの美作市藤生に、江見廃寺がある。別名閻武廃寺という。白鳳期に建てられた寺院の跡であるという。 ゲートボール場の片隅に、一つだけ礎石が残っている。 江見廃寺の礎石 この付近からは、複…

熊山遺跡

謎の遺跡、熊山遺跡。私が以前から行ってみたかった場所だ。 私が、備前国和気郡熊山に、不思議な場所があることを知ったのは、三島由紀夫の小説「鏡子の家」を読んだときである。 「鏡子の家」は戦後の虚無に直面した4人の青年のことを描いた小説だが、青…

加西市拾い歩き

兵庫県加西市繁昌町にある乎疑原(おぎはら)神社は、奈良時代の創建とされている。 平安時代の延喜式にも載っていて、加東郡、加西郡35ヶ村の総社として、例祭には朝廷から幣帛が供進されていた。 祭神は、元々は大国主命と少名彦命であったが、近くにある…

和気清麻呂 後編

和気神社の随神門を潜り、拝殿に対面する。 随神門 和気神社(旧猿目神社)が現在地に移転したのは、天正十九年(1591年)のことであるらしい。それまでは、神社はここから数町下手に鎮座していた。 拝殿 拝殿は、瓦葺入母屋造りの清楚な印象を与える建物で…