洋館

うろこの家 後編

うろこの家1階の見学を終えて2階に上がる。 階段 2階通路 2階は中央に通路があり、建物の北東、南東、北西、南西にそれぞれ部屋がある。南側にはベランダがある。 南東の部屋は、絢爛豪華なアンティーク家具を多数置いている。 南東の部屋 アンティーク…

うろこの家 前編

北野天満神社からさらに山際まで歩く。北野異人館街の中で最高所にあるのが、国登録有形文化財のうろこの家である。 うろこの家入口の煉瓦塀 うろこの家 うろこの家は、明治18年(1885年)に旧居留地付近に建築され、明治38年(1905年)に現在地に移転した。…

風見鶏の館 後編

赤いカーペットが敷かれた階段を上がり、2階に行った。 階段 階段途中のステンドグラス 階段踊り場から2階を見上げる 2階はトーマス家のプライベートな空間であり、1階の豪華な造りと比べ、割合簡素に造られている。 質実剛健で合理的なドイツ人らしい家…

風見鶏の館 中編

玄関の扉を開けて館の中に入ると、1階中央のホールが出迎えてくれる。 1階ホール ホールに入って左側には、トーマス夫人のサロンとして使われていた応接室がある。建物の南東側に当たる。 応接室 応接室の天井には、アールデコ調の直線と曲線で構成された…

風見鶏の館 前編

北野町広場の北側に建つのが、北野町だけでなく、神戸市を象徴する建物と言える風見鶏の館である。 風見鶏の館 風見鶏の館は、ドイツの貿易商であるゴットフリート・トーマスが明治42年ころに建てたものである。正式名称は、旧トーマス住宅で、風見鶏の館は…

萌黄の館 後編

萌黄の館の2階へは、オーク材で作られたと思われる、重厚な色合いの手摺が付いた階段を登っていく。 階段 階段は、2階の手前で踊り場を挟んで北側と南側に分かれている。 南北に分かれる階段 2階北東側には、バスタブを備えた浴室、トイレ、洗面室がある…

萌黄の館 前編

ラインの館の前の坂を北に上がり、東西道に突き当たると西に歩く。すると、円形の北野町広場に行き着く。 広場の西側に見えてくるのが、国指定重要文化財の洋館、萌黄の館である。 神戸市中央区北野町3丁目にある。 北野町広場と萌黄の館 サックス奏者のブ…

ラインの館

北野物語館から北野坂を北上すると、東西通りの北野通に至る。ここを右折東進すると、ラインの館が見えてくる。 北野通は、石畳の歩道が続き、両脇に洋館が並ぶ通りである。 北野通 幕末の神戸港開港と共に、旧居留地に西洋人が沢山やってきた。明治20年ころ…

関西ユダヤ教団シナゴーグ ジャイナ教寺院 北野物語館

シュウエケ邸から西に歩き、一度トアロードに出てから北上する。道なりに歩くと、神戸市中央区北野町4丁目の関西ユダヤ教団シナゴーグの前に出る。 関西ユダヤ教団シナゴーグ ユダヤ教となると、日本人にはイスラム教よりも馴染みがないかも知れない。ユダ…

神戸ムスリムモスク シュウエケ邸

8月6日に神戸の史跡巡りを行った。 先ず訪れたのは、神戸市中央区中山手通2丁目のパールロード沿いにある神戸ムスリムモスクである。 この建物を見ると、一瞬自分が中東のどこかの町中に紛れ込んだ気持ちになった。 神戸ムスリムモスク このモスクは、昭…

児島下の町の史跡

由加山の参拝を終えて、港町児島の市街に入った。 今回は、現在児島下の町と呼ばれる地区の史跡を紹介する。 先ず最初に紹介するのは、岡山県倉敷市児島下の町7丁目にある鴻八幡宮である。 鴻八幡宮 鴻八幡宮は、由加山系の西端の宮山という丘の上に鎮座す…

陣屋町天城 後編

海禅寺から南に行くと、日蓮宗の寺院、恵光山正福寺がある。 恵光山正福寺 この寺の山門は、下津井城の城門を移築したものであるという。 正福寺山門 正福寺の山門は、意外と小ぶりな山門である。こんな城門を持った下津井城は、ささやかな城だったのだろう…

豊岡市出石町 明治館

辰鼓楼から西に歩いていく。うだつが上がる古い町並みが続く。 観光客を乗せた人力車が私の前を走っている。 出石の町並みと人力車 古い町並みと人力車。まるで明治の風景だ。ところで明治・大正時代の小説を読んでいると、車という言葉が出てくる。 戦後の…

旧鐘淵紡績工場跡

兵庫県洲本市塩屋1丁目に、赤煉瓦の建物が多く建っている。 明治42年(1909年)にこの地に誘致された鐘淵(かねがぶち)紡績株式会社(現カネボウ)の工場跡地である。 赤煉瓦の町と言えば、舞鶴や横浜や函館が有名だが、実は洲本も赤煉瓦の町なのである。…

炬口八幡神社 春陽荘

兵庫県洲本市下加茂2丁目付近は、弥生時代前期の水田跡や、中期の周溝墓が発掘された下加茂遺跡があった辺りである。 下加茂遺跡のあった辺り しかし今は遺跡があったことを示す表示はない。 下加茂1丁目にある蒼開高等学校は、かつて柳学園高等学校と呼ば…

神戸市立博物館 前編

旧居留地のほぼ中心に位置する神戸市中央区京町にあるのが、神戸市立博物館である。 ここは、神戸市内から発掘された考古資料や、南蛮美術、古地図のコレクションなどを数多く収蔵し、展示する博物館である。 神戸市立博物館 神戸市立博物館の建物は、昭和10…

旧居留地 後編

明治32年(1899年)の条約改正で外国人居留地は廃止されたが、大正から昭和にかけて、旧居留地地域には、ビルが数多く建設された。 昭和初期の旧居留地の模型 震災で打撃を受けたが、今でも旧居留地には、大正から昭和初期に建設されたレトロビルが多数残っ…

旧居留地 前編

慶応三年(1867年)に日本と通商条約締結国五ヶ国との間に結ばれた、「兵庫港並びに大坂に於て外国人居留地を定むる取極」により、北は旧西国街道、西は鯉川、東は旧生田川、南は海岸に囲まれた区域を外国人居留地とすることが決まった。 外国人居留地には、…

相楽園 後編

かつて相楽園に建っていた旧小寺邸の本邸は神戸大空襲によって焼け落ちてしまった。 その代わり、という訳でもないだろうが、昭和38年に神戸市中央区北野町のいわゆる異人館街から相楽園に移築されたのが、旧ハッサム住宅である。 旧ハッサム住宅 旧ハッサム…

相楽園 前編

神戸市外国人墓地の見学を終えると、再度山ドライブウェーを使って再び市街地に下りて来た。 次に訪れたのは、神戸市中央区中山手通5丁目にある和風庭園、相楽園である。 相楽園の塀 相楽園は、神戸市長小寺謙吉の父小寺泰次郎が、明治18年に私邸として建設…

兵庫県公館 花隈城跡

南京町から北上し、JRの高架を潜り、坂道を登る。 神戸市中央区下山手通4丁目にある兵庫県公館を訪れた。 兵庫県公館 兵庫県公館門扉 門衛所 兵庫県公館は、明治35年(1902年)に第4代兵庫県庁舎として建設された。 設計者は、東京音楽学校(現東京芸術大…

海岸ビルヂング

メリケンパークの見学を終えて、北に向かって歩き始めた。次なる目的地は、神戸市中央区海岸通3丁目にある、神戸華僑歴史博物館と海岸ビルヂングである。 神戸中華総商会ビルと海岸ビルヂング 神戸華僑歴史博物館は、神戸中華総商会ビルの2階にある。 神戸…

メリケンパーク 前編

安政五年(1858年)に締結された日米修好通商条約から、今に至る日米関係は始まった。 日本は幕末にアメリカ以外のヨーロッパ各国とも条約を結んだ。それらの条約に基づいて、慶応三年(1868年)に神戸港が開港した。 神戸市中央区海岸通にある神戸メリケン…

神戸元町 後編

元町商店街を更に東に歩いていく。 元町通5丁目にある、はた珈琲店は、自家焙煎にこだわる老舗喫茶店である。 はた珈琲店 店頭のヨーロッパ産の磁器 ここは、「港町ブレンド」や「メリケンブレンド」、「敦盛ブレンド」など、神戸を彷彿させる名前のブレン…

西川緑道公園 中編

蓮昌寺の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻る。 緑道公園のすぐ東側に、白亜の岡山バプテスト教会が建っている。場所は岡山市北区田町1丁目になる。 岡山バプテスト教会 バプテスト教会は、キリスト教プロテスタントの一教派で、アメリカで広く普及している…

甘棠亭 青谿書院

名草神社の見学を終えて、妙見山から下山した。 進路を北に取り、円山川を越えて、兵庫県養父市八鹿町伊佐にある甘棠亭(かんとうてい)を訪れた。 甘棠亭は、延宝四年(1676年)に出石藩の6代目藩主小出英安(ふさやす)が、伊佐の新田を視察に来た時に、…

大正ロマン館 丹波篠山市立歴史美術館

青山歴史村から東に歩き、丹波篠山市北新町にある大正ロマン館に行った。 大正ロマン館 大正ロマン館は、大正12年(1923年)に篠山町役場として建てられ、平成4年まで現役の役場の建物として使用された。 翌平成5年には改装され、観光案内所、土産物売り場…

智頭宿 後編

智頭宿と言えば石谷家住宅だが、その近辺にも風情ある民家が立ち並んでいる。 智頭宿の民家 智頭宿の庄屋であった石谷家は、塩屋という屋号を持っていた。 塩屋本家の石谷伝三郎の次男吉兵衛が、天保年間(1831~1845年)に別家を立てて店を起こし、塩屋出店…

智頭宿 前編

智頭宿は、江戸時代に宿場町として栄えた町である。 鳥取藩池田家の参勤交代の行列が江戸に往来する際は、この町の本陣に杖を留めた。 智頭宿 鳥取城下から智頭宿に至れば、ここから道は二股に分かれる。現在の国道373号線を通って志戸坂峠を越えて播州姫路…

旧智頭町立山形小学校校舎 虫井神社

志戸坂峠から国道373号線を北上し、山形郵便局の手前を右折して、芦津渓谷方面に走る。 右折してしばらく行くと、右手に古い小学校の木造校舎が見えてくる。今は廃校となった、旧智頭町立山形小学校の校舎である。 地名で言うと、鳥取県八頭郡智頭町郷原にあ…