神社

中嶋神社 医王山東楽寺

森尾古墳跡から次なる目的地の中嶋神社に赴いた。中嶋神社は、兵庫県豊岡市三宅に鎮座する。 中嶋神社鳥居 駐車場に車をとめ、巨大な赤鳥居を潜って参道を歩き、境内に入った。 二の鳥居 二の鳥居の手前には、何故かディズニーアニメに登場する七人のこびと…

出石神社

日本・モンゴル民族博物館の見学を終えて、兵庫県豊岡市出石町宮内にある但馬国一宮出石神社に向かった。 出石神社 但馬には一宮が2つある。1つは以前紹介した朝来市山東町粟鹿にある粟鹿神社である。もう1つがこの出石神社である。 これで、播磨、美作、…

豊岡市 日出神社

亀ヶ城跡から下山し、車に乗って東に向かう。 兵庫県豊岡市但東町畑山にある日出神社を訪れた。 日出神社 日出神社の創建がいつなのかは分かっていない。祭神は、太古に新羅から但馬に渡来し、但馬の開発を行ったという天日槍(あめのひぼこ)の四世の孫、多…

倉田八幡宮

橋本38号墳から北上し、鳥取市馬場に鎮座する倉田八幡宮に向かう。 社に近づくと、神社を包む鬱蒼とした社叢が目につく。 倉田八幡宮社叢は、約1ヘクタールの広さを擁する、常緑広葉樹と落葉広葉樹の大径木が混在する森林である。 鳥取平野の森林は、水田開…

意上奴神社

福田家住宅の見学を終えて、若桜往来を南に行き、鳥取市香取にある意上奴(いがみぬ)神社に向かう。 途中、若桜往来沿いに意上奴神社の朱色の鳥居がある。 意上奴神社鳥居 鳥居の前には、いつの時代のものか分からぬが、石仏が祀られている。鳥居と石仏。神…

福知山市 梅田神社

大原神社の参拝を終え、一度国道9号線に戻り、更に府道709号線を南下する。 京都府福知山市三和町中出にある梅田神社を訪れた。 梅田神社の鎮座する丘 福知山市には、梅田神社が複数祀られている。細見郷の領主だった細見氏の祖先である紀忠通(きのただみ…

福知山市 大原神社 後編

大原神社境内には、文久三年(1863年)に再建された茅葺、入母屋造りの絵馬殿が建っている。 絵馬殿 この絵馬殿では、昔は人形浄瑠璃や農村歌舞伎が演じられていた。奥に舞台がある。 絵馬殿奥の舞台 また絵馬殿には、古くから奉納された絵馬が多数架かって…

福知山市 大原神社 前編

酒治志神社の参拝を終え、国道173号線を西進すると、再び福知山市に入る。 福知山市三和町大原にある大原神社を訪れた。 大原神社 大原神社は、小高い丘の上にある。今はその小高い丘の側面が石積み擁壁に覆われている。 大原神社の創建は詳らかではない。元…

酒治志神社

生野神社の参拝を終えて、国道9号線を東進し、京都府道9号線に入る。しばらく進むと京都府船井郡京丹波町に入る。 京丹波町三ノ宮にあるのが、酒治志(しゅじし)神社である。 酒治志神社 酒治志神社の境内には、丈高い杉が林立している。 最近私は山に入…

福知山市 生野神社

医王寺の参拝を終えて、再び土師川を渡り、京街道沿いの宿場町、生野の里に向かった。 生野の里は、和泉式部の娘である小式部内侍の歌、「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天橋立」の歌に詠まれている。 生野の集落の奥に、「延喜式」式内社の…

鏡野町 中谷神社

金剛頂寺から西に走ると、吉井川と中谷川が合流する地点に架かる葛下(くずか)橋を渡ることになる。 この辺りはかつて湯指(ゆざす)と呼ばれていた。現在の地名は、岡山県苫田郡鏡野町中谷(なかだに)である。 葛下橋と湯指の船着場址 ここは、江戸時代か…

北野天満神社

神戸市中央区北野町の地名の由来になったのが、風見鶏の館の東隣に鎮座する北野天満神社である。 北野天満神社 治承四年(1180年)に、平清盛が福原京に都を遷した際、福原の鬼門に当たるこの地に禁裏守護、鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮から菅原道…

児島下の町の史跡

由加山の参拝を終えて、港町児島の市街に入った。 今回は、現在児島下の町と呼ばれる地区の史跡を紹介する。 先ず最初に紹介するのは、岡山県倉敷市児島下の町7丁目にある鴻八幡宮である。 鴻八幡宮 鴻八幡宮は、由加山系の西端の宮山という丘の上に鎮座す…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その4

御影堂から南に歩き、石段を上がっていくと、蓮台寺多宝塔がある。 多宝塔への石段 多宝塔 蓮台寺多宝塔は、私が史跡巡りで訪れた9番目の多宝塔である。 この多宝塔は、天保十四年(1843年)に再建されたものである。この前に建っていた多宝塔は、寛文十年…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その2

由加神社本宮の拝殿の下には、縁結びの神様を祀っている。拝殿下に回廊があり、そこを巡れば、誰かと縁を結ぶことが出来るそうだ。 私は縁結びではなく、史跡巡りの無事を祈った。 拝殿下の回廊 縁結び獅子 回廊には、男性用と女性用の縁結び獅子が2体設置…

由加山蓮台寺 由加神社本宮 その1

倉敷市児島由加にある由加山は、古くから神仏習合の神様である瑜伽大権現を祀り、厚く信仰されてきた山である。 天平五年(733年)、行基菩薩がこの地を訪れ、阿弥陀如来、薬師如来の二尊を本地仏とする瑜伽大権現を祀ったのが、由加山蓮台寺の始まりである…

清田八幡神社

由加山に向かう途中、倉敷市曽原にある清田八幡神社に立ち寄った。 清田八幡神社鳥居 清田八幡神社は、児島の総鎮守とされ、備前の八幡三古社の一つと言われている。 社伝によれば、清田八幡神社は、現在地から北の粒江の田槌の浦にあったが、清滝山中を経て…

源平藤戸合戦の古跡

陣屋町有城から少し西に行くと、笹無山という小さな丘がある。 笹無山 この小さな丘は、佐々木盛綱に対して、平家が布陣する対岸に渡ることができる浅瀬の存在を教えた漁師の悲劇に関連がある。 藤戸海峡を挟んだ対岸に布陣する平氏方を攻めあぐねていた源氏…

盛綱橋 経ヶ島

藤戸寺の北側を流れる倉敷川の上に、盛綱橋という橋が架かっている。 この橋は、平成元年に再建されたものだが、再建の際、橋の上に海を渡る馬上の佐々木盛綱の銅像が設置された。 盛綱橋 盛綱橋上の佐々木盛綱の銅像 佐々木盛綱が実際に藤戸海峡を渡ったと…

広田八幡神社 広林山大宮寺

由良要塞跡の見学を終えて、神戸淡路鳴門自動車道洲本インターチェンジ付近まで戻った。 インターから西に進むと南あわじ市に入る。 南あわじ市広田広田の集落に入ると、その奥に広田の鎮守である広田八幡神社がある。 広田八幡神社 小高い丘の上に社殿があ…

由良要塞跡 その4

第一、二砲台には、28センチメートル榴弾砲が設置されていた。 榴弾砲は、弾道が放物線を描いて山形になるため、敵艦の上部を破壊するのに適していた。 榴弾砲の弾道 また弾の落下速度が速ければそれだけ破壊力が増すので、標高が高い場所に据えられた。 第…

由良城跡

南北朝の争乱の真っ只中だった観応元年(1350年)、紀州熊野水軍を率いる安宅氏は、室町幕府将軍足利義詮から、南朝方だった淡路水軍の討伐を命じられた。 安宅氏は淡路に渡り、島内で紀州に最も近い由良に拠点を築き、勢力を拡大した。 安宅氏が築いた由良…

由良湊神社 輝江山心蓮寺

洲本城跡のある三熊山から麓に下りて、洲本市千草にある真言宗の寺院、満泉寺に赴いた。 満泉寺 この寺には、延享二年(1309年)の銘のある鰐口があるそうだ。 勿論公開していなかったので、見学は出来なかった。 私がこの寺を訪れた時は、六角堂で住職が法…

洲本城跡 その4

西の丸から本丸跡の石垣下に戻った。 天守台の艮(北東)の方角に、八王子神社という小さなお社が祀られている。 八王子神社鳥居 実はこの日、洲本の史跡巡りを始めてから、愛用カメラRX100の調子が悪くなった。 通常であれば、シャッターを半押しすれば、オ…

洲本八幡神社

兵庫県洲本市山手2丁目にあるのが、古くから洲本城の鎮守として崇敬されてきた洲本八幡神社である。 洲本八幡神社鳥居 社伝によると、淡路国司となった藤原成家が、永祚二年(990年)に領国において苦難に見舞われた際、八幡大神が出現して今後進むべき方向…

久畑の関所跡 大兵庫開拓団殉難者之碑

静思堂から国道426号線を東進する。国道426号線は、兵庫県豊岡市から京都府福知山市までつながっている。 江戸時代にはこの道は、京街道と呼ばれた。出石藩や豊岡藩の大名行列は、この道を通った。 兵庫県豊岡市但東町久畑(くばた)は、江戸時代には宿場町…

諸杉神社 弘道館跡

有子山から下山し、昼食に出石蕎麦を食べた。腹ごしらえをしてから、歩いて有子山稲荷神社の東にある諸杉神社を訪れた。 諸杉神社 諸杉神社の両部鳥居 諸杉神社は、地名で言うと兵庫県豊岡市出石町内町にある。 祭神は、天日槍(あめのひぼこ)の嫡子である…

出石城跡 有子山城跡 その2

出石城跡登城門の前にかかる登城橋と、その東側に架かる有子橋の間に、戦前の衆議院議員で、戦後は国務大臣となった郷土出身の政治家、斉藤隆夫の顕彰碑の説明板がある。 斉藤隆夫顕彰碑の説明板 斉藤は、昭和11年の二・二六事件の後に、議会において軍部の…

出石城跡 有子山城跡 その1

5月29日に但馬の史跡巡りを行った。この日は、主に兵庫県豊岡市出石(いづし)町の史跡を巡った。 先ず訪れたのは、城下町出石のシンボルとも言える、出石城跡、有子山(ありこやま)城跡である。 出石城跡、有子山城跡のある有子山 出石は、碁盤の目のよう…

安藤井手 

鳥取県八頭郡八頭町郡家(こおげ)には、八頭町の町役場がある。 ここは、江戸時代後期に郡家の発展に尽くした地元出身の豪農安藤伊右衛門の屋敷跡である。 安藤伊右衛門は、毎年のように水不足に悩む郡家の農民を救い、かつ新田開発をして食糧増産を図るべ…