神社

錦海湾 若宮八幡宮

虫明から、岡山ブルーラインという自動車専用道路に入る。この道は、備前市から岡山市までを結ぶバイパスのようなもので、かつては有料道路だったが、今は全線無料である。 ブルーラインという名称から、この道路が海沿いを通っているものと思われがちだが、…

加東市 佐保神社 明治館

広渡廃寺跡歴史公園から北上し、加東市に入る。加東市上田にある大芋(おおくも)神社の明神鳥居は、寛永二年(1625年)の銘がある、凝灰岩製の鳥居である。 鳥居は、大芋神社の東側参道の東端に建っている。 大芋神社鳥居 この鳥居は、江戸時代初期の形態を…

極楽山浄土寺 前編

兵庫県小野市浄谷町にある極楽山浄土寺は、東播磨に4つある「国宝の寺」の一つである。現在は真言宗の寺院となっている。 浄土寺と言えば、何といっても国宝浄土堂と快慶作の国宝阿弥陀如来立像及び両脇侍像であるが、それ以外にも見所は多い。 浄土寺伽藍…

奈義町の史跡

菩提寺から山岳路をしばらく西に走ると、大別当城跡に登る道が見えてくる。 登り口から北を望むと、彼方に那岐山が聳えている。 那岐山 那岐山は、標高1255メートルである。あの山の向こうは鳥取県だ。 奈義山脈中には、他にも複数の山城があるが、いずれも…

天石門別神社 長福寺

備前国北部から美作国にかけては、天石門別(あまのいわとわけ)神社という名の神社が数多くある。 美作市英田町滝宮にある天石門別神社もそのひとつである。 鳥居 祭神は、天手力男(あめのたぢからお)神である。天手力男神は、天照大御神が天の岩戸に引き…

加西市 東光寺

加西市殿原町の加西市立泉小学校の東隣に、国府寺という天台宗の寺院がある。ここは、白鳳時代の寺院の廃寺跡でもある。殿原廃寺という。 殿原廃寺跡 とは言え、今の国府寺には、白鳳時代に寺院があったことを示すものは何もない。 門から入って左手の庭園の…

加西市 住吉神社

兵庫県加西市北条町古坂にある加西市埋蔵文化財整理室の駐輪場横に、阿弥陀三尊の種子を刻んだ鎮岩(とこなべ)板碑がある。兵庫県指定文化財となっている。 鎮岩板碑 元々は、加西市鎮岩町の大日堂の境内にあったが、加西市が保存のため、この場所に移転し…

天神山城跡 前編

赤松氏の下で備前国守護代をしていた浦上氏は、応仁の乱後、主家の赤松氏よりも強大になった。 浦上村宗は、大永元年(1521年)、主君である赤松義村を殺害し、その子赤松政村(後の晴政)を傀儡として、播磨、備前、美作の実権を握った。 村宗は、中央での…

高御位山

高砂市と加古川市の境目に聳える高御位(たかみくら)山は、標高304メートル、別名「播磨富士」と呼ばれている。 11月14日の「生石神社 覚正寺」の記事で書いたように、生石神社の御神体である「石の宝殿」の削り屑が、高御位山の山頂に捨てられたという伝承…

尾上神社

兵庫県加古川市尾上町長田にある尾上(おのえ)神社は、謡曲「高砂」に出てくる相生の松(尾上の松)がある場所である。 今は尾上神社のある場所は加古川市になるが、かつてこの辺りは、「高砂の尾上」と呼ばれ、古歌、謡曲に出てくる名所であった。 尾上神…

天坊山古墳 日岡神社 日岡古墳群

兵庫県加古川市は古墳が多い場所である。今日も古墳の紹介になる。 加古川市上荘町小野にある天坊山の山上には、4世紀後半に築かれた円墳がある。これが天坊山古墳である。 天坊山は、標高163メートルの低山である。登山口も分かりにくい。山の南側の長池に…

伝宮本武蔵宅跡 讃甘神社

以前、兵庫県高砂市米田町米田が宮本武蔵の出生地であるという説を紹介した。今回は、若いころ武蔵が修行を重ねた美作市宮本の地を紹介する。 美作市宮本には、武蔵の生家とされる家が伝わっている。 伝宮本武蔵宅 伝宮本武蔵宅の説明板によれば、武蔵の祖父…

美作市ところどころ

土居宿から西に進むと江見の町が見えてくる。そこから北上してすぐの美作市藤生に、江見廃寺がある。別名閻武廃寺という。白鳳期に建てられた寺院の跡であるという。 ゲートボール場の片隅に、一つだけ礎石が残っている。 江見廃寺の礎石 この付近からは、複…

米田天神社 泊神社

剣聖宮本武蔵。 その出生地は播磨国だと言われている。出生地とされている高砂市米田町米田にある米田天神社を訪れた。 武蔵の甥で、武蔵の養子となった宮本伊織は、小倉藩の筆頭家老となったが、故郷の氏神である泊神社(現兵庫県加古川市)が荒廃している…

生石神社 覚正寺

兵庫県高砂市阿弥陀町生石にある生石(おうしこ)神社には、九州霧島高千穂峰の天之逆鉾、奥州塩釜神社の塩釜と並ぶ「日本三奇」の一つ、「石の宝殿」がある。 生石神社鳥居 大穴牟遅(おおなむち)命と少毘古名(すくなひこな)命の二柱の神が、国土経営の…

高砂の寺院、高砂神社

高砂市伊保3丁目にある膽匐山(せいぶくさん)真浄寺は、浄土真宗の寺院である。 真浄寺 ここには、江戸時代中期の画家・曽我蕭白の描いた障壁画があって、兵庫県指定文化財となっている。 楼門 楼門の龍の彫刻 しかし、楼門の前の柵が閉ざされて、境内に入…

曽根天満宮

兵庫県高砂市曽根町にある曽根天満宮。ここは、菅原道真公ゆかりの神社である。 又、松原八幡神社に優るとも劣らない勇壮な秋季例祭で知られている。例祭は、毎年10月13、14日に行われる。私が訪れた日は、既に祭りが終わった後であった。 曽根天満宮 祭神は…

熊山遺跡

謎の遺跡、熊山遺跡。私が以前から行ってみたかった場所だ。 私が、備前国和気郡熊山に、不思議な場所があることを知ったのは、三島由紀夫の小説「鏡子の家」を読んだときである。 「鏡子の家」は戦後の虚無に直面した4人の青年のことを描いた小説だが、青…

和気清麻呂続編 伝足利義政供養塔・日野富子墓

「岡山県の歴史散歩」によれば、和気町田原井堰資料館の南東の山の斜面に、9世紀のたたら製鉄炉跡である、石生(いわぶ)天皇遺跡があるとのことだったが、案内標識もなく、発見することが出来なかった。 石生天皇遺跡のある山 遺跡のあるという山を撮影す…

安養寺 由加神社

岡山県和気郡和気町泉にある照光山安養寺は、天台宗の寺院である。 開基は、天平勝宝元年(749年)で、報恩大師が創建した備前四十八寺の一つである。天平勝宝元年は、和気清麻呂が16歳の年である。清麻呂がまだ奈良に出ていなければ、安養寺の創建を目にし…

和気清麻呂 後編

和気神社の随神門を潜り、拝殿に対面する。 随神門 和気神社(旧猿目神社)が現在地に移転したのは、天正十九年(1591年)のことであるらしい。それまでは、神社はここから数町下手に鎮座していた。 拝殿 拝殿は、瓦葺入母屋造りの清楚な印象を与える建物で…

和気清麻呂 前編

岡山県和気郡和気町は、奈良時代の功臣・和気清麻呂公ゆかりの町である。 和気清麻呂は、皇統護持に尽くした功臣として、戦前は日本人の誰もが知っている人物だった。 この清麻呂公と姉の和気広虫を祀る神社が、和気町藤野にある和気神社である。 和気神社 …

笠形山

兵庫県神崎郡市川町、同神河町、多可郡多可町の3つの町にまたがる形で聳え立つのが名峰笠形山である。標高は939メートルである。登山道が整備されて、登りやすい山であるため、登山を趣味とする人たちには人気の山である。 今日は、その笠形山にまつわる史…

神河町

兵庫県神崎郡神河町は、平成17年に、神崎町と大河内町が合併して出来た町である。播磨北端の町であり、峠を北に越えれば、そこは但馬である。 今日は、この町の史跡を紹介する。 今の神河町の地域は、江戸時代を通じて、福本藩池田家が支配した。寛文三年(1…

閑谷学校 後編

聖廟の東隣には、池田光政公を祀る閑谷神社がある。別名芳烈祠という。 閑谷神社本殿は、現在修復工事中で、境内には入ることが出来なかった。 閑谷神社 閑谷神社拝殿 神社建築である拝殿に華頭窓があるのは、なかなか珍しい。拝観できないのは残念だが仕方…

福崎 後編

柳田國男生家から北東に行くと、播磨天台六山の一山、妙徳山神積寺がある。 神積寺は、正暦二年(991年)、慶芳上人により開基された。 仁王門 神積寺は、一条天皇、三条天皇の帰依を受けたと伝えられる。七堂伽藍と52ケ寺を有する大寺院だったが、延慶二年…

平福

兵庫県佐用郡佐用町平福は、江戸時代に、因幡街道沿いの宿場町として開けた。 慶長五年(1600年)に、平福を見下ろす利神(りかん)城城主となった池田由之が、宿場町平福を整備した。江戸時代には、因幡街道随一の繁栄を誇ったという。 今でも、平福の千種…

夢前町ところどころ

姫路市夢前(ゆめさき)町は、かつては飾磨郡夢前町という独立した自治体であった。平成18年3月に姫路市に合併され、消滅した。今日は夢前町の地味な史跡を紹介する。 夢前町は、南北に細長い。姫路市夢前町莇野(あぞうの)に、菅生ダムというダムがある。…

瑠璃寺 宇野氏主従供養碑

上三河農村舞台から更に北上し、佐用町船越に入ると、瑠璃寺の山門が見えてくる。 船越山の中腹にある真言宗の寺院・瑠璃寺の山門である。 瑠璃寺山門 山門は寛永十五年(1638年)の造営である。しかし、所々痛みがあって、長年月の風雪に耐えてきたことを物…

廣峯神社

姫路市街の北側に聳える広峰山の中腹にあるのが、廣峯神社である。 広峰山は、往古、白幣山と呼ばれ、人々が神の山と崇め、神籬を建てて、素戔嗚尊と五十猛尊を祀ったという。 社伝によると、神功皇后が三韓征伐に出兵する際、白幣山で素戔嗚尊に勝利を祈願…