神社

養父神社 後編

養父神社本殿の奥にあるのが山野口神社であるが、そこに至るまでの参道の脇に、末社迦遅屋(かじや)神社がある。 迦遅屋神社 迦遅屋神社の祭神は、奥津彦命、奥津姫命、猿田彦命、表米親王であるが、別名猫の宮とも呼ばれ、鼠除けの神様として信仰されてい…

養父神社 前編

満福寺の参拝を終え、かつて宿場町であった養父市養父市場に向かう。 ここにある養父神社は、但馬では、粟鹿神社、出石神社と並ぶ古社である。 但馬三宮とも呼ばれている。 鳥居 創建は第10代崇神天皇の御代とされる。ほとんど伝説の領域である。 平安時代に…

養父市 斎神社

今年の6月以来、久々に但馬を訪れた。播但連絡道路の朝来インターチェンジで下りて、県道70号線を北上する。 県道70号線沿いの兵庫県養父市長野にある斎(いつき)神社を訪れた。 斎神社鳥居 斎神社の創建は、聖武天皇の天平二年(730年)と言われている。 …

篠山郊外の史跡

篠山の城下町の散策を終え、篠山郊外の史跡を訪れた。 先ず訪れたのは、丹波篠山市北にある曹洞宗の寺院、医王寺である。 医王寺 医王寺に祀られているのは、薬師如来である。お寺というより、お堂というくらいのささやかな建物だ。 医王寺の本堂 境内の薬師…

丹波篠山市 春日神社

大正ロマン館と歴史美術館の少し北にある丹波篠山市黒岡町に、丹波篠山市を代表する神社である春日神社がある。 春日神社参道 春日神社鳥居 春日神社の創建は、貞観年間(859~877年)に大和の春日大社から、分霊が今の篠山城跡のある笹山に勧請されたことに…

篠山城跡 その4

大書院の南側には、かつて二の丸御殿があったが、明治になって篠山城が廃城となった際に取り壊された。 二の丸御殿は、藩主やその奥方、家族が居住する建物だった。 二の丸御殿を立体的に復元する資料がないため、当時の間取図を基に、御殿のあった場所に平…

用瀬宿

鳥取市用瀬(もちがせ)町用瀬は、江戸時代には宿場町であった。 用瀬宿は、智頭宿から鳥取城に向かった場合の次の宿場町である。当時の戸数は約280戸、人口は約1000人を数えたという。 本陣、牢屋、制札場が設けられ、十数匹の駅馬も用意されていた。 用瀬…

佐治谷

用瀬(もちがせ)の宿場町から西に向かって佐治川沿いを走ると、俗に佐治谷七里と呼ばれる東西に細長い佐治町に入る。 佐治川 佐治谷には、佐治川沿いに小さな集落が続いている。この地を開拓したのは、鎌倉時代に佐治谷の地頭職になった武家の佐治氏である…

鳥取市 犬山神社

唐櫃城跡から智頭の町に戻り、そこから国道53号線を北上した。 鳥取県鳥取市用瀬(もちがせ)町宮原にある犬山神社を訪れた。 私が鳥取市内の史跡を訪れたのは、これが初めてである。 犬山神社参道 犬山神社は、標高905メートルの篭山の北北東の尾根上にある…

智頭町 極楽寺 那岐神社

私が住む兵庫県に、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発出されたのが8月20日である。 その前日の8月19日に、因幡の史跡巡りをした。 前回の美作の史跡巡りも台風で雨降りしきる中だったが、今回も雨の中の史跡巡りとなった。 まず訪れ…

敏馬神社

8月15日に西宮に墓参りに行った。 その帰りに、神戸市灘区岩屋中町4丁目にある敏馬(みぬめ)神社を訪れた。 敏馬神社鳥居 敏馬神社は、神戸市の副都心と呼ばれるHAT神戸の北側にある。 敏馬神社の南側には、国道2号線が通っているが、昭和の初めまでこの…

作楽神社 後編

作楽神社の境内の東側には、院庄館の東大門の跡がある。 児島高徳は、この東大門の近くにあった桜の木に十字の詩を書きつけたという。 東大門跡 院庄碑 貞享五年(1688年)、津山藩森家の家老、長尾勝明は、東大門跡に児島高徳を顕彰する石碑を建てた。 貞享…

作楽神社 前編

真福寺から南下し、津山市下田邑にある流通第二公園に向かった。 ここは、津山市街の郊外にある企業団地の中の公園だ。 流通第二公園 この公園の南側の丘の上に、田邑丸山古墳群があるとのことであった。 丘に入る道があったので、登ってみた。 丘に入る道 …

矢筈城跡 前編

JR知和駅の前の道から、矢筈城跡のある矢筈山を見上げることが出来る。 矢筈山は、標高約756メートル。この山上にある矢筈城跡は、全国の城跡の中でも、最も高地にある城跡である。 矢筈山 矢筈山は、巨大な山体を持つ山である。JR美作河井駅前には、矢筈城…

明神崎

江井崎から南下すると、海に突き出た岩の岬がある。明神崎である。地名で言うと、淡路市明神になる。 明神崎 明神崎は、白色の奇岩で囲まれた岬だが、その奇岩群の上に西濵神社という神社が建ち、その周囲を自生したイブキが囲んでいる。 明神崎は、かつては…

志筑神社

静の里公園から北上し、淡路市志筑天神にある志筑(しづき)神社を訪れた。 志筑神社の鳥居前の辺りは、古墳時代後期の集落遺跡である天神遺跡が発掘された場所である。 天神遺跡のあった辺り 天神遺跡のあった辺りから東への細い道を入っていくと、志筑神社…

伊弉諾神宮 後編

伊弉諾神宮は、大同元年(806年)に書かれた「新抄格勅符抄」には、「津名神」と記されている。津名郡の大社として位置づけられていたようだ。 その後成立した「延喜式」には、「伊佐奈伎神社」と記され、名神大社に列せられている。 貞応二年(1223年)の「…

伊弉諾神宮 前編

伝淳仁天皇高島陵のある丘からは、伊弉諾(いざなぎ)神宮の社叢を見下ろすことが出来る。 伊弉諾神宮の社叢 上の写真中央のこんもりした杜が、伊弉諾神宮の神域である。伊弉諾神宮は、淡路市多賀にある。 伊弉諾神宮は、記紀神話で、日本列島や数多くの神々…

枯木神社 長泉寺

先月下旬に淡路に渡った。三度目の淡路の史跡巡りである。 神戸淡路鳴門自動車道北淡ICで下りて、淡路島の西側を縦断する県道31号線を南に走る。淡路サンセットラインとも呼ばれる道だ。 今、この淡路サンセットライン沿いは、ちょっとしたリゾート地になっ…

与太郎塚 硯井天満宮

塩竈神社の参拝を終え、児島半島を西に横断した。 そして、岡山県玉野市八浜町大崎にある与太郎塚を訪れた。 与太郎塚 天正十年(1582年)、児島郡八浜村で、児島半島制圧を目論む毛利軍と、織田家の勢力下に入っていた宇喜多軍が衝突した。八浜合戦である。…

小串砲台跡 塩竈神社

静泰院の見学を終え、児島湾締切堤防の上を通って児島半島に上陸した。 児島半島は、古代は児島と言う島だったが、浅瀬の干拓が進み、今では地続きの半島となっている。 先ず訪れたのは、児島半島の北東端にある小串(こぐし)港である。地名では、岡山市南…

沖田神社

今年3月以来、久々に備前を訪れた。 まず紹介するのは、岡山市中区沖本にある沖田神社である。 沖田神社 狛犬 岡山市中区にある操山以南の、百間川と旭川に挟まれた干拓地は、沖新田と呼ばれている。 沖新田は、岡山藩直営の新田で、元禄四年(1691年)に岡…

神戸市北区山田町の農村舞台その2

無動寺、若王子神社の参拝を終え、次に向かったのは、神戸市北区山田町原野にある天津彦根(あまつひこね)神社である。 天津彦根神社 今日は、農村舞台を有する神社を三社紹介するが、天津彦根神社がその一つ目である。 祭神の天津彦根命は、記紀神話の系譜…

若王山無動寺 若王子神社 後編

無動寺本堂で五仏の参拝を終え、境内の西側にある鳥居を潜り、若王子神社に向かった。 若王子神社鳥居 若王子神社は、無動寺の鎮守社として建てられた神社である。昔は若王子権現を祀っていたが、明治の神仏分離により、無動寺から独立し、若王子神社という…

六條八幡宮

帝釈山から下山して、神戸市北区山田町中にある六條八幡宮に向かった。 今六條八幡宮のある場所は、朝鮮征伐に際し、丹生山の丹土を求めるため、この地に行幸した神功皇后の行宮址とされている。 六條八幡宮鳥居 長徳元年(995年)、周防国の基灯法師が神功…

丹生神社 明要寺跡 後編

丹生神社の二の鳥居を過ぎて、境内に入っていく。 丹生神社二の鳥居 二の鳥居を過ぎると、石垣が見えてくる。 天正七年(1579年)、三木合戦の際、多くの僧兵を有した明要寺は、秀吉と対立する三木の別所氏側に付いた。 明要寺は秀吉軍の攻撃を受け、堂塔は…

丹生神社 明要寺跡 前編

箱木千年家から北東方面を見上げると、次なる目的地の丹生(たんじょう)神社が山頂にある丹生山が見える。 奥が丹生山 丹生山は、標高約515メートルの山で、帝釈山、稚児ケ墓山、花折山などと共に、丹生山系という山地を形成している。 丹生山史跡道しるべ…

神戸市北区山田町の農村舞台その1 箱木千年家

雪見御所旧跡の見学を終え、国道428号線、通称有馬街道を北上し、神戸市北区に入る。 神戸市北区には、あまり知られてはいないが、江戸時代から続く文化が息づいている。 それは、神社で演じられる農村歌舞伎等の演芸である。 丁度1年前に紹介した神戸市北…

神戸市兵庫区 祇園神社 

神戸市兵庫区の平野交差点から北に約250メートルほど歩くと、山の中腹にある祇園神社が見えてくる。 地名で言うと、神戸市兵庫区上祇園町にある。 祇園神社 鳥居を潜って急な石段を登った先に境内があるが、境内に並べられたのぼり旗を麓から眺めると、戦国…

荒田八幡神社 宝地院

今年の1月11日以来、約半年ぶりに摂津の史跡巡りを行った。 今回訪れたのは、神戸市兵庫区から神戸市北区山田町周辺の史跡である。 まず紹介するのは、神戸市兵庫区荒田町3丁目にある平家ゆかりの荒田八幡神社と宝地院である。 荒田八幡神社 荒田八幡神社…