資料館

別府鉄道 愛宕塚古墳

兵庫県加古川市別府町にある肥料メーカーの多木化学株式会社は、以前は多木製肥所という名称だった。 多木製肥所は、製造した化学肥料を全国に出荷するため、別府鉄道という鉄道を運用していた。 播磨町郷土資料館には、別府鉄道に関する資料も展示してある…

兵庫県立考古博物館 後編

武器を作ってお互い争いあい、殺しあうのも人間世界の現実である。 戦争の発生は遺憾なもので、ないに越したことはないが、我々が共同体の利益を守るために争いあって勝ち残ってきた者たちの子孫であることもまた歴史の冷厳な現実である。 弥生時代の遺跡か…

兵庫県立考古博物館 前編

大中遺跡公園の中に建つ兵庫県立考古博物館は、兵庫県の遺跡から発掘された考古資料等を展示する博物館である。平成19年に開館した。 考古博物館は、高床式倉庫を模した塔を持つモダンな建物である。 兵庫県立考古博物館 館内は、無料ゾーンと有料ゾーンとに…

大中遺跡

昭和37年6月に、兵庫県加古郡播磨町の播磨中学校の生徒3名によって発見されたのが、播磨町大中にある大中遺跡である。 10年に渡る発掘によって、大中遺跡は、弥生時代後期(3世紀)を中心に栄えた集落遺跡であることが分かった。 3世紀と言えば、邪馬台…

播磨町 蓮花寺 

大塩平八郎の乱が世上を賑わした天保八年(1837年)、現在の兵庫県加古郡播磨町古宮に彦太郎という男子が生まれた。後、アメリカでジョセフ彦と改名した。 日本人として歴史上初めてアメリカの大統領と面会し、日本初の新聞を刊行した人物である。 彦太郎が1…

築山古墳 備前福岡

竹久夢二生家から北東に走る。 岡山県瀬戸内市長船町西須恵にある築山古墳を訪れる。 築山古墳 築山古墳は、全長約82メートルの前方後円墳である。5世紀後半から6世紀前半にかけての古墳とされている。写真右側が後円部となる。 明治40年(1907年)に後円…

横尾山静円寺 竹久夢二生家

寒風古窯跡群のある山上から下りて、瀬戸内市邑久町本庄にある横尾山静円寺(じょうえんじ)を訪れる。真言宗古義派の寺院である。 静円寺山門 この寺は、天平2年に行基菩薩が開基したと伝えられる。備前では、まず7世紀後半に官寺が出来て、奈良時代前半…

寒風古窯跡群

岡山県の旧邑久郡には、約130基の須恵器の古窯跡群がある。邑久古窯跡群という。6~12世紀の窯跡の遺跡である。当時の須恵器の生産地が北上し、伊部の地で備前焼に発展した。 岡山県瀬戸内市牛窓町長浜には、邑久古窯跡群を代表する窯跡である国指定史跡・…

好古館 小野市伝統産業会館

兵庫県小野市西本町にある好古館は、小野市の遺跡から発掘された出土品や、歴史資料を展示する歴史博物館である。 昭和11年に建てられた小野小学校の講堂を移築して、平成2年に開館した。 好古館の隣には、小野小学校があるが、学校の前に一柳家陣屋遺跡の…

教信寺 古大内遺跡

古代には、日本各地に駅(うまや)という馬を常備した拠点があった。 当時の最速の連絡手段は馬であった。都から地方に何かを連絡するときは、使者は駅にある馬を乗り継いで連絡先へ向かった。 駅には、宿泊施設があって、外国の公使が宿泊したり、旅人が宿…

伝宮本武蔵宅跡 讃甘神社

以前、兵庫県高砂市米田町米田が宮本武蔵の出生地であるという説を紹介した。今回は、若いころ武蔵が修行を重ねた美作市宮本の地を紹介する。 美作市宮本には、武蔵の生家とされる家が伝わっている。 伝宮本武蔵宅 伝宮本武蔵宅の説明板によれば、武蔵の祖父…

和気清麻呂 後編

和気神社の随神門を潜り、拝殿に対面する。 随神門 和気神社(旧猿目神社)が現在地に移転したのは、天正十九年(1591年)のことであるらしい。それまでは、神社はここから数町下手に鎮座していた。 拝殿 拝殿は、瓦葺入母屋造りの清楚な印象を与える建物で…

伊部

岡山県備前市の西の中心が、伊部(いんべ)である。JR伊部駅を中心にして、町が開けている。 中世、近世に備前焼の積出港として栄えたのが、浦伊部という湊町である。浦伊部にある浄光山妙圀寺は、日蓮宗の寺院である。 山門 妙圀寺は、元々は天台宗の寺院で…

藤原啓記念館

正宗文庫から海沿いの道に戻り、備前市街に向かって走ると、右手に藤原啓記念館を含むFAN美術館が見えてくる。 FAN美術館は、平成28年6月に藤原啓記念館を拡大発展させて、リニューアルオープンしたものである。備前焼の人間国宝、藤原啓の作品を展示する藤…

正宗文庫

備前市穂浪の町には、すぐそこまで海が迫っている。片島湾である。片島湾には、養殖用の牡蠣を垂下するための筏が多数浮かんでいる。 そんな片島湾を見下ろす場所に建つのが、正宗文庫である。 正宗文庫は、明治から昭和を生きた国文学者・正宗敦夫が集めた…

日生町 前編

岡山県備前市日生町は、漁業や牡蠣の養殖で有名な港町である。 沖合には、鹿久居島、頭島、大多府島、曽島、鴻島といった離島が浮かぶ、山水明媚な町である。 日生町の歴史資料などを展示する、日生町日生の加子浦歴史文化館に行ってみた。 文芸館 歴史文化…

備前片上

備前市の市街地は、山によって東西に分かれている。東側が片上、西側が伊部という地域である。伊部は、備前焼の窯元が多数軒を連ねる焼き物の町である。 今日は、片上で訪れた資料館と寺院を紹介する。 資料館は、備前市歴史民俗資料館である。 備前市歴史民…

閑谷学校 中編

閑谷学校の西側には、かつて学房と呼ばれる生徒の寄宿舎や食堂などがあった。 茅葺の簡素な建物だったが、弘化四年(1847年)の火災により焼失した。 その後学房は再建されたが、明治38年(1905年)にこの地に建てられたのが、私立中学閑谷黌である。 私立中…

福崎 前編

兵庫県神崎郡福崎町の辻川地区には、今も古い町並みが残っている。 その中でも一際広壮な建物は、兵庫県指定文化財の三木家住宅である。 三木家住宅 三木家住宅土間口 玄関 三木家は、秀吉によって倒された英賀城主三木家の末裔とされている。 7月11日の姫…

香寺民俗資料館、日本玩具博物館

姫路市香寺町中仁野(なかにの)にある香寺民俗資料館は、元々姫路市船津町御立にあった酒造業尾田家の建物を昭和46年に移築して開館したものである。 築後約350年経過した建物で、ひょうご住宅100選にも選ばれている。 香寺民俗資料館 館内には、約3万5千…

見野古墳群、宮山古墳

最近、姫路のジュンク堂書店に行き、エレベーターを上がって正面の郷土史のコーナーを眺めると、河合寸翁という人に関する本が目に付くようになった。 河合寸翁は、姫路藩酒井家の家老である。姫路藩領内の産業を振興し、藩の財政を立て直した人物である。今…

平福

兵庫県佐用郡佐用町平福は、江戸時代に、因幡街道沿いの宿場町として開けた。 慶長五年(1600年)に、平福を見下ろす利神(りかん)城城主となった池田由之が、宿場町平福を整備した。江戸時代には、因幡街道随一の繁栄を誇ったという。 今でも、平福の千種…

天児屋鉄山跡

西播磨地区の最も奥地となる兵庫県宍粟市千種(ちぐさ)町は、古代から製鉄が盛んな場所であった。 良質な鉄が産出され、いわゆる「たたら製鉄」が、古代から明治時代まで連綿と続けられてきた。 たたら製鉄と言えば、一般的に出雲が有名であるが、宍粟郡に…

姫路ところどころ

姫路城の北東側には、姫路市立美術館がある。 かつて、姫路城が陸軍第10師団の駐屯地だった時に、兵器庫・被服倉庫として使われていた赤レンガの建物が、今は美術館として利用されている。 姫路市立美術館 この建物は、明治38年に建設され、大正2年に増築さ…

赤穂ところどころ

赤穂シリーズも今回で終わりである。 赤穂城のすぐ隣にあるのが、赤穂市立歴史博物館である。建物を裏から見たら、蔵を並べたデザインをしている。 赤穂市立博物館 かつて赤穂は潮の干満を利用した塩田による製塩が盛んであった。歴史博物館には、製塩用具や…

新宮宮内遺跡、宮内天満神社

JR姫新線播磨新宮駅から北に行くと、国指定史跡となっている新宮宮内遺跡がある。 ここは、縄文時代から中世にかけて、集落があった場所である。この集落の最盛期は、今から約2100年前の弥生時代中期である。 昭和40年以降の発掘により、弥生時代の竪穴式住…

鵤荘

日本の長い歴史の間には、伝説となった超人的な天才が何人か現れた。弘法大師空海はその一人である。森鷗外に超人的天才という言葉を与えるには、少し躊躇するが、鷗外の医学衛生学文学演劇哲学歴史などに関する知識量と国語漢学の素養の高さは超人的である…

室津 前編

たつの市御津町室津。ここは、今となっては、鄙びた漁村に過ぎないが、かつては大変繁盛した港町だった。 北西に向けて湾口が開いた形の室津港は、中に入れば、外の海が荒れていても、室の中にいるかのように安全であった。 そのため、古代より、風待ちの港…

龍野街歩き 後編

普段何気なく歩いている街並みでも、注意深く観察すれば、何がしかの新しい発見があるものだ。遠くにある著名な観光地に行かなくても、地元の史跡に意外な出会いがあったりする。 今回はそれを紹介する。 龍野は、童謡「赤とんぼ」の作詞をした三木露風の出…

龍野街歩き 前編

龍野城の敷地の中に、たつの市立龍野歴史文化資料館がある。 龍野歴史文化資料館 資料館には、たつの市内の遺跡から発掘された史料や、脇坂家の遺物などが展示されている。 大体、どこの歴史資料館に行っても、展示物のパターンは決まっている。石器に始まっ…