城郭

溝口廃寺跡、恒屋城跡

姫路市香寺町溝口にある円覚寺のすぐ南側に、溝口廃寺跡がある。 この廃寺は、発掘された瓦の文様などから、奈良時代前期の寺の遺跡だと言われている。 溝口廃寺跡 今では、叢の中に、かつての礎石が点々と残っているのみである。 礎石群 特に中心にある礎石…

三石

ついに当ブログも県境を越えて、岡山県に入ることとなった。 この勢いで、いずれ全国制覇を成し遂げたいが、距離が伸びればそれだけガソリン代や高速道路代や宿泊代がかかるので、自宅から離れれば離れるほど、史跡巡りの勢いは衰えてくる。全国制覇の前に私…

平福

兵庫県佐用郡佐用町平福は、江戸時代に、因幡街道沿いの宿場町として開けた。 慶長五年(1600年)に、平福を見下ろす利神(りかん)城城主となった池田由之が、宿場町平福を整備した。江戸時代には、因幡街道随一の繁栄を誇ったという。 今でも、平福の千種…

置塩城跡

姫路市夢前町宮置に、後期赤松氏の居城だった置塩(おじお)城の跡がある。 置塩城は、建築当時、日本国内の山城としては最大規模で、もし石垣が現存していたら、但馬竹田城を上回る壮麗な山城の遺構を見せてくれたであろう。 置塩山 ここで赤松氏の歴史をお…

上月城跡 上三河農村舞台

3日ぶりの更新だが、今日の史跡も残念ながら地味である。しかも、その歴史は凄惨である。 兵庫県佐用郡佐用町上月にある上月城跡が今日の舞台である。 城山 上月城跡は、城山という山の上にある。 麓には、土日祝日に開いている上月歴史資料館があるが、私…

三日月

かつて兵庫県佐用郡三日月町という自治体があったが、平成17年に、佐用郡佐用町に合併された。 旧三日月町周辺は、江戸時代には三日月藩という藩が領域支配していた。 三日月藩乃井野陣屋跡 元禄十年(1697年)、幕府は、津山藩森家の改易に伴い、分家の森長…

姫路城 その6 附好古園

長かった姫路城シリーズも今日で終わりである。 姫路城大手門を出て、内曲輪の周囲を歩くことにする。 姫路城の内曲輪は、水が満々と湛えられた濠に囲まれている。 姫路城の濠 こうして見ると、B29のレーダーが濠の水を捉えた反応を見て、操縦手がこの辺を沼…

姫路城 その5

姫路城大天守1階から、イの渡櫓に入る。入り口は、これまた分厚い扉である。 イの渡櫓への入り口 イの渡櫓を通り、国宝東小天守に入る。東小天守内には、昭和の大修理の際に作られた、姫路城の1/20の軸組構造模型が展示されている。 軸組構造模型 昭和の大…

姫路城 その4

これから姫路城の大天守内部を見ていくが、図がないと分かりづらいと思う。 後日、兵庫県立歴史博物館で写した姫路城断面図と断面模型の写真を載せる。 姫路城断面図 姫路城断面模型 これを見ても分かるように、姫路城は外から見ると5階建てに見えるが、実…

姫路城 その3

西の丸を見学し終わると、いよいよ本丸に向かうことになる。 西の丸から「はの門」方向に近づくと、西小天守と乾小天守を前に控えた大天守が見えてくる。 西から見た天守 姫路城の天守は、五層七階の大天守と、その周囲に控える東小天守、乾小天守、西小天守…

姫路城 その2

菱の門を潜ると、すぐ目の前に三国堀という石垣で囲まれた溜池がある。 ここから見上げる天守もなかなかいい。 三国堀ごしの天守 私もここで、外国人観光客からカメラのシャッターを押してくれと頼まれた。お安い御用である。 私は、すぐに天守には向かわず…

姫路城 その1

世界文化遺産・国宝姫路城。 天下の名城は、今や人類全体の財産となっている。日本人ばかりでなく、外国人観光客も多数観光に訪れている。 姫路城は、姫山と鷺山と呼ばれる二連の丘の上に建てられている。姫山は、今天守閣が建っているところであり、鷺山は…

波賀城蹟

兵庫県宍粟市波賀町は、町の中心を国道29号線が通っている。国道29号線は、姫路市から鳥取市までをつなぐ国道である。かつての因幡街道も、ほぼ同じ場所を通っていたことだろう。 この国道29号線を見下ろす要害の地に、波賀城蹟がある。標高約450メートルの…

山崎城跡 長水城址

今回は、兵庫県宍粟市の中心地である山崎町の史跡を紹介する。 山崎の地は、江戸時代には山崎藩が支配していた。山崎藩主は、当初は徳川の血を引いた松平家や、池田家が務めていたが、いずれも転封となったり、お家が断絶したりして続かなかった。 最終的に…

白旗城跡

赤松円心が築城し、その後赤松氏の本拠地となった白旗城跡は、宝林寺から車で少し走ったところにある。兵庫県赤穂郡上郡町にある赤松という集落に登山口がある。 ここは、赤松氏ゆかりの相生市の感状山城、姫路市夢前町の置塩城と共に、国指定史跡となってい…

林田

姫路市の北西部に、林田という地域がある。昭和42年に姫路市に合併されるまで、林田町は独立した自治体だった。 ここは、江戸時代に林田藩建部家が領していた。石高は1万石で、小藩である。小藩ながら、林田藩建部家は、元和三年(1617年)から明治まで領地…

赤穂城

赤穂城が現代の形となったのは、正保2年(1645年)、常陸笠間から浅野長直が入封してからである。赤穂城は、慶安元年(1648年)から寛文元年(1661年)まで、完成に13年の歳月が費やされた。甲州流軍学者近藤正純が設計した海岸平城である。 江戸時代の城と…

瓜生羅漢と感状山城跡 附布勢駅家跡

兵庫県たつの市新宮町から佐用郡佐用町に抜ける国道179号線を進むと、播磨科学公園都市の案内標識が出てくる。播磨科学公園都市は、兵庫県の相生市、たつの市新宮町、赤穂郡上郡町、佐用郡佐用町にまたがる山地を切り開いて開発された学術研究都市である。 …

龍野城と龍野古城

龍野城は、もともとは今の龍野城の裏にある鶏籠山(けいろうざん)の山頂に築かれていた。明応八年(1499年)に、赤松村秀が鶏籠山頂に城を築いた。朝霧城と呼ばれ、赤松氏四代がここを根城にした。 天正五年(1577年)、信長が派遣した秀吉率いる織田軍二万…