建設物

旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館

岡山県倉敷市児島味野2丁目にある児島市民交流センターは、平成22年3月に閉館した倉敷市瀬戸大橋架橋記念館の建物を再利用したものである。 旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館 旧倉敷市瀬戸大橋架橋記念館は、昭和63年4月10日の瀬戸大橋開通と同日に開館した。 …

盛綱橋 経ヶ島

藤戸寺の北側を流れる倉敷川の上に、盛綱橋という橋が架かっている。 この橋は、平成元年に再建されたものだが、再建の際、橋の上に海を渡る馬上の佐々木盛綱の銅像が設置された。 盛綱橋 盛綱橋上の佐々木盛綱の銅像 佐々木盛綱が実際に藤戸海峡を渡ったと…

梵唱山吉祥寺 辰鼓楼

加藤弘之生家跡を後にし、東に歩くと、曹洞宗の寺院、梵唱山吉祥寺がある。 梵唱山吉祥寺 お地蔵さん この寺は、裸婦像で有名な洋画家伊藤清永の生家として知られている。伊藤はこの寺の住職の三男として、明治44年に生まれ、平成13年に死去した。 山門を潜…

安藤井手 

鳥取県八頭郡八頭町郡家(こおげ)には、八頭町の町役場がある。 ここは、江戸時代後期に郡家の発展に尽くした地元出身の豪農安藤伊右衛門の屋敷跡である。 安藤伊右衛門は、毎年のように水不足に悩む郡家の農民を救い、かつ新田開発をして食糧増産を図るべ…

金昌山龍源寺 高杉春日神社

細野峠を越えた先の京都府福知山市三和町兎原の集落にあるのが、曹洞宗の寺院、金昌山龍源寺である。 金昌山龍源寺 背後の観音山に建っていた百観音堂円通庵を管理していた寺院である。 龍源寺は、寛永ころまでは密教系の寺院だったそうだが、安永八年(1778…

旧鐘淵紡績工場跡

兵庫県洲本市塩屋1丁目に、赤煉瓦の建物が多く建っている。 明治42年(1909年)にこの地に誘致された鐘淵(かねがぶち)紡績株式会社(現カネボウ)の工場跡地である。 赤煉瓦の町と言えば、舞鶴や横浜や函館が有名だが、実は洲本も赤煉瓦の町なのである。…

岡山市 藤田神社 

現在の児島半島は、江戸時代に入るまでは、児島という島であったが、江戸時代初期の干拓事業により本州と陸続きになった。 池田藩政時代には、児島湾の干拓が続き、広大な新田が造られた。児島湾干拓事業は、明治時代に入っても続いた。 今回から連続して、…

メリケンパーク 後編

昭和62年に完成したメリケンパークは、平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災で大きな打撃を受けた。 メリケンパークの東側は、元々メリケン波止場だったが、震災で元メリケン波止場の岸壁は海に傾き、陸地のコンクリート舗装が陥没するなどした。 この…

メリケンパーク 中編

私がメリケンパークを訪れた昨年12月26日には、幸いにも日本丸が神戸港を訪問しており、中突堤に停泊していた。 日本丸 日本丸の船首像 日本丸のキャビン 日本丸の船尾 この船は、昭和59年に竣工した二代目の日本丸である。日本丸は、独立行政法人海技教育機…

メリケンパーク 前編

安政五年(1858年)に締結された日米修好通商条約から、今に至る日米関係は始まった。 日本は幕末にアメリカ以外のヨーロッパ各国とも条約を結んだ。それらの条約に基づいて、慶応三年(1868年)に神戸港が開港した。 神戸市中央区海岸通にある神戸メリケン…

西川緑道公園 後編

薬師院の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻った。 西川緑道公園の標柱 西川橋から公園を北上してしばらく行くと、右手に岡ビルという昭和レトロなビルが見えてくる。 岡ビル ここは地元の人で賑わう、魚などの小売り市場であるらしい。 江戸時代には、この岡…

西川緑道公園 中編

蓮昌寺の参拝を終え、再び西川緑道公園に戻る。 緑道公園のすぐ東側に、白亜の岡山バプテスト教会が建っている。場所は岡山市北区田町1丁目になる。 岡山バプテスト教会 バプテスト教会は、キリスト教プロテスタントの一教派で、アメリカで広く普及している…

西川緑道公園 前編

大雲寺の南西にある大雲寺交差点から西にしばらく歩くと、岡山の市街地を南北に貫く西川用水に行き当たる。 西川用水は、岡山市北区三野のあたりの旭川から取水され、岡山市街を通って児島湾まで続いている。 西川用水は、平安時代には既に原型があった人工…

甘棠亭 青谿書院

名草神社の見学を終えて、妙見山から下山した。 進路を北に取り、円山川を越えて、兵庫県養父市八鹿町伊佐にある甘棠亭(かんとうてい)を訪れた。 甘棠亭は、延宝四年(1676年)に出石藩の6代目藩主小出英安(ふさやす)が、伊佐の新田を視察に来た時に、…

熊野神社遺跡 後編

小さな鳥居を過ぎて参道を行くと、道が二手に別れている。 左に行くと、燈明の塔と呼ばれる巨石の上に載った石塔がある。 燈明の塔への道 燈明の塔と巨石 燈明の塔は、二つに割れた巨石の上に載っている。 ここではこの岩の間を通ることで、今までの人生で積…

渋川海岸

宇野港から南に行き、岡山県玉野市玉の町並みに入る。 ここには、大正6年に開設された三井造船所がある。 三井造船所 当時、三井物産株式会社は、海運業から造船業に経営を拡大していた。昭和12年には、株式会社玉造船所として独立し、昭和17年に三井造船と…

宇野港 鳴滝園

明治43年に国鉄宇野線が開通して、宇野と高松を結ぶ連絡船が就航した。 それ以降、昭和63年に瀬戸大橋が開通するまで、本州から四国への玄関口だったのは、岡山県玉野市の宇野港だった。 かつて、宇野港から高松港まで片道約1時間の宇高連絡船が就航してい…

旧三蟠港

沖田神社から百間川を南下すると、百間川は児島湾に流れ入る。 百間川河口と児島湾の間には、百間川河口水門が設置されている。 百間川河口水門 今設置されている水門は、昭和と平成に造られたものである。 この水門を過ぎれば、海である。百間川河口水門の…

湊川隧道

神戸市を代表する河川である現在の新湊川は、六甲山系の再度山麓から発した天王谷川と石井川が合流する菊水橋付近を始まりとし、そこから南西に流れ、会下山(えげやま)下の新湊川トンネルを通って神戸市長田区に至り、苅藻川に合流して大阪湾に流れている…

兵庫城跡 大輪田泊の岩椋

神戸市兵庫区の大輪田橋の西詰から北に向かって、新川運河のプロムナードが続いている。 新川運河は明治時代に掘削された運河である。 新川運河 かつて運河の東側の中之島には、中央市場があったが、今はイオンモール神戸南店が建っている。 プロムナードは…

和田岬砲台 大輪田橋 清盛塚・琵琶塚

今までの史跡巡りで、幕末に築かれた舞子砲台と松帆砲台を紹介したが、神戸市兵庫区和田崎町1丁目の三菱重工業神戸造船所の敷地内にも、幕末に築かれた砲台の一つである和田岬砲台がある。 和田岬砲台を管理する三菱重工業神戸造船所は、海上自衛隊が使用す…

淡路夢舞台 松帆神社

江埼灯台の見学を終えて、県道31号線、国道28号線を東進し、淡路島の東岸にある淡路島国営明石海峡公園に行く。 淡路島国営明石海峡公園は、史跡ではないが、私が史跡巡りのガイドにしている「兵庫県の歴史散歩」上巻に載っているので行く事にした。 淡路島…

江埼灯台

松帆の浦の裏には、マナイタ山と呼ばれる低山が聳える。 マナイタ山 マナイタ山には、中世には城が築かれていたらしい。 マナイタ山城と呼ばれたが、誰がいつ築いたのか詳細は分かっていない。 天正年間に、織田と毛利がこの城を巡って争った。当時毛利は、…

淡路市 岩屋神社

昨年12月下旬に兵庫県淡路市の史跡群を訪れた。 淡路は、播磨、備前、美作、摂津、但馬、因幡、丹波に次いで、私が史跡巡りで訪れた8つ目の国となる。 淡路島は現在の行政区分では兵庫県に属するが、史跡を訪れてみると、文化圏としては四国の文化圏である…

百間川 一の荒手 二の荒手

岡山市街の中心部を流れる旭川。 古来から、洪水や氾濫のため、人々を悩ませてきた川だ。 江戸時代になって、最も被害が大きかった旭川の洪水は、承応三年(1654年)に起こった。岡山城下の死者156人、破損家屋1,455軒を数えた。被害の甚大さに、藩主池田光…

豊楽寺 旭川第一ダム

志呂神社から南に行き、岡山市北区建部町豊楽寺にある静謐山豊楽寺(ぶらくじ)を訪れる。 ここは、真言宗の寺院で、寺伝によれば、和銅二年(709年)に玄昉上人が開基し、その後鑑真和尚が堂塔伽藍を整えたという。 豊楽寺仁王門 仁王像 岡山市指定重要文化…

神子畑選鉱場跡 前編

明治11年(1878年)に、現在の兵庫県朝来市佐嚢(さのう)の地で鉱山が発見された。神子畑(みこはた)鉱山である。神子畑鉱山からは、良質な銀が採掘された。 明治14年に神子畑鉱山が本格開鉱してから、採掘された銀を生野まで運ぶための馬車道が整備された…

雲頂山大明寺

生野銀山を出て、国道429号線を丹波方面に向けて走る。 生野ダムが堰き止めて出来た銀山湖の畔の道を、スイフトスポーツで疾走する。ダム湖沿いの曲がりくねったワインディングロードを、右へ左へとハンドルを切って進む。私は、ここを走って、漸くZC33Sの限…

舞子

大歳山遺跡公園から南下し、神戸市垂水区東舞子町にある兵庫県立舞子公園に着く。駐車場に車をとめる。 車を降りれば、眼前に明石海峡の解放感ある景色が広がり、海風が鼻腔を搏つ。 明石海峡 頭上を明石海峡大橋が通り、対岸の淡路島が指呼の間に見える。私…

砥石城跡 乙子城跡 神崎川分水樋門

岡山県瀬戸内市邑久町豊原にある砥石山上に、戦国乱世の梟雄宇喜多直家が出生した場所とされる砥石城跡がある。 砥石山 砥石山は、高さ100メートルほどの低山である。直家の祖父・宇喜多能家(よしいえ)の居城がここにあった。 「備前軍記」によれば、大永…