12月24日に備前の史跡巡りを行った。
瀬戸内海国立公園の中で、国の名勝に指定されている鷲羽山(わしゅうざん)を目指した。
鷲羽山の手前、岡山県倉敷市大畠1丁目の、瀬戸中央自動車道の高架の西側にある延命地蔵尊を訪れた。
延命地蔵尊は、小高い丘の中腹に建つ、鉄筋コンクリート製の小屋に覆われている。小屋は開いていないかと思ったが、戸に手をかけるとガラガラと開いた。
小屋の中には、延命地蔵尊や他の地蔵尊が祀られていた。延命地蔵尊は、巨大な岩に刻まれた摩崖仏である。
摩崖仏の脇には、応安元年(1368年)二月の銘が刻まれている。南北朝期に刻まれたお地蔵様だ。
私は燈明と線香を上げ、お地蔵様の前に正座して「般若心経」を誦した。心が少し軽くなった気がした。
延命地蔵尊は、石造地蔵菩薩立像として、岡山県指定文化財となっている。
ここから鷲羽山に向かう。鷲羽山から瀬戸内海に突き出た久須見鼻にある鷲羽山不動明王の裏から、瀬戸内海を覗いた。
鷲羽山不動明王の裏手からは、目の前に瀬戸内海に浮かぶ釜島を眺めることが出来る。
釜島は、塩釜島とも呼ばれ、かつては製塩地であったという。
島の北西には、塩釜明神が祀られているというが、ここからは見えない。また、天慶二年(939年)に海賊藤原純友が立て籠もったという釜島城跡もあるという。
この島に渡航する定期船などはない。眺めるだけで終わった。
鷲羽山は、全体が花崗岩で形成された標高約133メートルの低山で、遊歩道が山を横断している。
鷲羽山の東側にある観光駐車場に車を駐車し、歩き始めた。
観光駐車場から坂道を西に登ってすぐの場所に、鷲羽山第二展望台がある。
第二展望台は、花崗岩が崩れた真砂土で覆われた広場になっており、高台に有料の双眼鏡が据え付けられている。
第二展望台の正面眼下には、松島が見える。
松島の名称は、「潮待つ島」から来ているという。島の南岸には、潮待ち用の小さな港が設けられていたという。
島の北側には、藤原純友を祀る純友神社がある。
この辺りの島々は、藤原純友の弟の純基が拠点を築き、兄の純友と連携して朝廷の討伐軍に抵抗した場所だという。
松島の左に目を転じると、先ほどの釜島が見え、その先に四国の山々が見える。
ああ四国。いずれ書くことになるかもしれないが、四国は私の第二の故郷と言っていい。四国の地に足を踏み入れると、懐かしいような、温かいような、若い時に戻ったような気分になる。
四国に広がる弘法大師空海の霊跡、四国八十八ヵ所霊場も、いずれ歩きながら巡りたいと考えている。
さて、その四国に自動車や電車で渡ることが出来る瀬戸大橋の全景を、この第二展望台から眺めることが出来る。
しかし、瀬戸大橋があまりにも長大なので、1枚の写真に全貌を収めることが出来ない。
瀬戸大橋が架かる櫃石(ひついし)島、黒島、与島を眺めることもできる。この3島は、讃岐(香川県)である。いずれ訪れることになるだろう。
第二展望台の西側には、鷲羽山レストハウスというレストランがある。
ここは眺めが良さそうなレストランである。私が訪れた時は、まだ朝だったので開いていなかった。
鷲羽山レストハウスの手前の展望スポットからは、岡山県側の下津井から香川県側の坂出まで架かる瀬戸大橋の全体を視野に入れることが出来る。
香川県側は霞んで見えるが、上の写真の左端には讃岐富士がうっすらと見えている。
鷲羽山の南側は、変化に富んだ多島海で、日本のエーゲ海といってもいい明るい風光である。
もしこの近くに住んでいたら、毎朝散歩したいほど眺めのいい場所である。
この絶景を眺めて、鷲羽山近傍に住む人が羨ましいと感じた。