資料館
鳥取県内にある弥生時代の遺跡は、米子市、大山町にある妻木晩田(むきばんだ)遺跡、鳥取市にある青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡が有名である。 これらの遺跡は、全国的にも類を見ない大規模な遺跡である。 鳥取県立博物館には、これらの遺跡から発掘さ…
江戸時代後期に来日したオランダ人医師シーボルトは、日本に生息するオオサンショウウオを見て大いに驚いたという。 オオサンショウウオは、ヨーロッパでは絶滅していて、化石としてしか知られていなかったからである。 オオサンショウウオの剥製 オオサンシ…
鳥取城跡の敷地内に、鳥取県立博物館がある。 鳥取県立博物館 この博物館は、自然科学に関する展示と、鳥取県の歴史資料に関する展示の両方があって、なかなか見応えのある博物館となっている。 先ずは自然科学に関する展示から紹介したい。 何しろ、岩石や…
鳥居ヶ乢から米子自動車道沿いの側道を西に行くと、真庭市蒜山西茅部にある田代遺跡が発掘された辺りに出る。 田代遺跡の発掘された辺り ここからは、旧石器時代から縄文時代早期にかけての狩猟用落し穴の跡など、当時の人々の生活の痕跡が発掘された。 約2…
備中国分尼寺跡から北西に歩いていくと、茅葺屋根の建物が見えてくる。 総社吉備路文化館の敷地内にある旧山手村役場と旧松井家住宅である。両方とも国登録有形文化財になっている。 旧山手村役場 山手村は、かつて岡山県都窪郡にあった村である。平成17年3…
旧足守藩陣屋跡の北隣に、足守藩木下家の庭園である近水園(おみずえん)がある。 足守川の水を引き入れて造られた、池泉回遊式庭園である。岡山県指定名勝となっている。 近水園 作庭された詳細な時期は不詳であるが、18世紀初頭と言われている。 近水園 池…
6月29日に備中の史跡巡りを行った。 今回訪れたのは、岡山市北区にある陣屋町足守である。 足守の町並み 足守の蔵と民家 足守は、江戸時代を通して、豊臣秀吉の正室北政所(ねね、出家後高台院)の兄である木下家定の子孫が領有した。石高2万5千石の小藩…
西宮神社の参拝を終え、西宮市川添町にある西宮郷土資料館を訪れた。 西宮市郷土資料館のある西宮市教育文化センター 西宮市立郷土資料館は、西宮市立中央図書館などの入る西宮市教育文化センターの中にある。 西宮市内の遺跡から発掘された遺物や、生瀬(な…
鬼ヶ城から下りて、国道175号線を北上し、福知山市大江町河守(こうもり)の町に入る。 河守は、宮津藩最南端の宿場町で、京と宮津を結ぶ京街道の中継地点であった。 河守の街道筋 河守は、鬼退治伝説で有名な大江山の麓にある町である。 河守の鉄道駅である…
黒田古墳の見学を終え、南丹市園部町小桜町にある園部城跡に赴いた。 現在京都府立園部高等学校のある敷地が、かつての園部城(園部陣屋)の跡である。 園部城跡 元和五年(1619年)、出石藩主小出義親が園部の地に移封となった。 義親は、園部藩2万7千石…
手塚治虫記念館は、地上2階、地下1階の三層建てであるが、階段の壁には日本の漫画の歴史を紹介するパネルが貼られている。 我が国の漫画の歴史の中で、漫画の始祖とされているのは、平安時代に鳥羽僧正が描いた「鳥獣人物戯画」である。 鳥獣人物戯画 日本…
1960年代に入ると、高度経済成長の中で、漫画の世界では、妖怪などが出てくる暗い描写のものが流行り始める。 また、昭和41年には、「ウルトラマン」が放映され、怪獣や特撮ものがテレビを賑わし始めた。 そんな時代の昭和40年に、手塚は、「マグマ大使」の…
巡礼街道の散策を一旦終えて、宝塚市武庫川町にある手塚治虫記念館を訪問した。 手塚治虫は、言わずと知れた昭和を代表する漫画家だが、その手塚の出身地である宝塚市に平成6年に建てられたのが、この記念館である。 手塚治虫記念館 記念館の前には、漫画「…
有馬の史跡巡りを終え、山川出版社「兵庫県の歴史散歩」上巻に載っている神戸市内の史跡は全て巡り終わった。 これからは、阪神間の史跡を巡ることになる。以前芦屋市の史跡を巡ったが、今後の摂津の史跡巡りでは、芦屋市、西宮市、宝塚市の史跡を巡ることに…
温泉寺の東隣に、浄土宗の寺院、極楽寺がある。 極楽寺 極楽寺の創建は古く、推古天皇二年(594年)に聖徳太子により建てられたと伝わっている。 それが本当なら、恐らく有馬で最古の寺院になると思われるが、これはあくまで伝説の領域の話だろう。 極楽寺は…
本殿に向かって左奥には、末社の水(すい)神社がある。その左側に、建武元年(1334年)銘の五輪卒塔婆町石がある。 水神社 水神社の祭神は、水源の守護神である弥都波能売(みづはのめ)命である。 諭鶴羽山に降った雨は、麓の人々の生活のための水源になっ…
鹿島明神社から東に走り、土庄の町に戻って来た。 土庄町本町甲にある小豆島尾崎放哉(ほうさい)記念館を訪れた。 小豆島尾崎放哉記念館入口の句碑 尾崎放哉は、明治18年に鳥取県邑美郡吉方町に生まれた。 鳥取県立第一中学校を卒業後、第一高等学校、東京…
玉兎門を潜って真っ直ぐ北上すると、妙高閣という建物がある。 妙高閣 妙高閣は、鉄筋コンクリート製の巨大な建物で、内部には観音堂、坐禅堂、ガンダーラ彫刻展示室がある。 中に入ると、矢張り目に付くのは高さ約9.2メートルの巨大な大観世音菩薩像である…
客室の南側には仏間があるが、今は仏壇は撤去されている。 その代わり、旧九鬼家住宅の図面や、九鬼隆範が設計時に使用したと思われる製図道具が展示されている。 仏間と客室の間の欄間の意匠 九鬼家住宅の図面の複製 製図道具 建物の南側には、東から順番に…
御霊神社から三田市街に戻り、三田市屋敷町にある旧九鬼家住宅資料館を訪問した。 旧九鬼家住宅資料館 旧九鬼家住宅資料館は、天保六年(1835年)に越賀家の三男として屋敷町に生まれ、明治3年に三田藩の家老九鬼隆継の養子になった九鬼隆範(りゅうはん)…
津山弥生の里文化財センターの2階には、津山市内の古墳から発掘された埴輪が展示されている。 埴輪というと、殆どの人が人型埴輪を想起すると思うが、初期の埴輪は土管のような形をした円筒埴輪であった。 円筒埴輪 円筒埴輪は、古墳の上部に、半ば地面に埋…
弥生時代に田を耕すのに使われていた鋤、鍬といった道具は、木製品であった。 鍬 鋤 えぶり 木製品には、硬い樫の木が使われた。いかに硬い木を使っていたとしても、金属器の方が遥かに作業能率が上だろう。 当時の農業は、大変だったろう。 弥生時代の田は…
11月8日に、今まで行きそびれていた津山市の弥生時代の遺跡と津山弥生の里文化財センターを巡った。 「岡山県の歴史散歩」に載っている遺跡名を、文化財総覧webgisのサイトで検索して位置を特定し、訪問した。 津山盆地からは、弥生時代の遺跡が多く発掘さ…
福良から西に走り、大鳴門橋を観に行った。 大鳴門橋は、昭和60年6月に開通した、鳴門海峡上に架かる吊り橋である。 鳴門岬の先端に、道の駅うずしおがあるが、道の駅うずしおが現在改装工事中で、そこまでの道が通行止めになっていた。 鳴門岬の途中にある…
浜坂先人記念館「以命亭」の東隣には、用水路を挟んで加藤文太郎記念図書館が建っている。 通常の図書館の中に、浜坂町出身の登山家加藤文太郎の記念室が設置されている。 加藤文太郎記念図書館 記念室内には、山や登山に関する書籍が開架公開されている。 …
店の間の奥は仏間になっており、立派な仏壇が備え付けられている。 仏間 仏壇 仏壇中央には釈迦如来座像が祀られている。 仏間は、この家の中央にある。仏教がこの家の精神的中心にあったということだろう。 店の間の東側には居間が2部屋南北に連なっている…
8月20日に但馬の史跡巡りを行った。兵庫県美方郡新温泉町を巡る旅であった。 私が住む西播磨から新温泉町に行くには、播但連絡道路を使って豊岡に出てから西に行くよりも、鳥取自動車道を使って鳥取に出てから東に行った方が早くて安あがりである。今回もそ…
奈良時代に入ると、律令制が布かれ、因幡にも国衙(国庁)ができた。 国衙には、中央から国司(守)、次官(介)、補佐(掾)といった役職の者が派遣され、地元豪族出身者を郡司、郷司として採用し、地方政治が行われた。 都から近い因幡には、大伴家持や在…
鳥取東照宮のある樗谿公園の一角に、鳥取市内の遺跡や古墳などから発掘された遺物を収蔵・展示する鳥取市立歴史博物館やまびこ館がある。 鳥取市歴史博物館やまびこ館 私は、この建物の中にあるレストラン「ヒストリア」で昼食を摂った。 この日の午前中、炎…
吉備津神社西側の駐車場の奥に、備中国賀陽郡庭瀬村川入(現岡山市北区川入)出身で、第29代内閣総理大臣になり、昭和7年に発生した五・一五事件で殺害された政治家犬養毅の銅像が建っている。 犬養毅の銅像 犬養家(元は犬飼といった)の祖先の犬飼健命は…