黒田古墳の見学を終え、南丹市園部町小桜町にある園部城跡に赴いた。
現在京都府立園部高等学校のある敷地が、かつての園部城(園部陣屋)の跡である。
元和五年(1619年)、出石藩主小出義親が園部の地に移封となった。
義親は、園部藩2万7千石の藩主になった。
義親は、現在園部高等学校のある高台に陣屋を築いた。
それにしても、学校の正門がかつての陣屋跡の櫓門というのは、なかなか乙な学校である。
櫓門の南側には、巽櫓がある。
園部藩小出家は、明治維新後の廃藩置県まで、約250年に渡って国替えもなく、藩主であり続けた。
現在に残る櫓門や巽櫓は、廃藩置県が行われた明治4年の直前の、明治2年に建てられたものである。
明治に入ってからも、城が建設されるということがあったのだ。
城跡の北東側には、南丹市立文化博物館がある。
南丹市立文化博物館には、南丹市内の遺跡や古墳から発掘された遺物や、古代、中世、近世の南丹市の歴史資料を展示している。
ここは展示品の写真撮影が禁止されていたので、写真で展示品を紹介することが出来ない。
前回紹介した黒田古墳から発掘された鏡や木棺、管玉なども展示されていた。
園部の地は、京の都から近い盆地である。案外古い時代から開けていたのではないか。
小雨の降る中、園部の歴史に思いを馳せた。