民家
毛原集落の棚田を見学した後、府道9号線に戻り、北上を続ける。 宮津街道沿いの史跡紹介が続く。 京都府福知山市大江町佛性寺にある真言宗の寺院、鎌鞭山如来院に赴いた。 如来院参道 如来院 如来院は、以前の記事で紹介した、用明天皇の第三皇子で、大江山…
日吉神社の参拝を終え、福知山市大江町北有路にある旧平野家住宅を訪れた。 旧平野家住宅の門 旧平野家住宅は、江戸時代にこの地で酒造と舟運で財を成した平野家が、明治42年に建てた住宅である。 今は大雲記念館として公開されているが、見学には事前の予約…
大原神社の参拝を終えて、同じ樫原の集落内にある国指定重要文化財・石田家住宅を訪れた。 私が訪問した時は、凄まじい雨になっていた。 石田家住宅 石田家住宅は、この地方の庄屋の家である。昭和42年に発見された縁桁に記された墨書から、慶安三年(1650年…
宇南寺から国道181号線を更に西進すると、岡山県真庭郡新庄村に入る。 この先の標高770メートルの四十曲峠を越えると、鳥取県日野郡日野町(伯耆国板井原宿)である。 江戸時代に、出雲国松江から播磨国姫路まで、出雲街道が整備された。伯耆と美作の境界に…
備中国分尼寺跡から北西に歩いていくと、茅葺屋根の建物が見えてくる。 総社吉備路文化館の敷地内にある旧山手村役場と旧松井家住宅である。両方とも国登録有形文化財になっている。 旧山手村役場 山手村は、かつて岡山県都窪郡にあった村である。平成17年3…
旧足守藩侍屋敷遺構から北に歩くと、足守藩の陣屋跡がある。 陣屋は、城を持つことが出来なかった小規模藩や旗本、藩の家老らが領地に設けた政庁のことである。 石高2万5千石の小藩だった足守藩も、城を持つことは出来ず、陣屋を築いた。 足守藩陣屋図 大…
玄関から式台の間に上がって、二の間、一の間に至り、そこから眺める庭は、侍屋敷の公的な部分である。 この屋敷で実際に生活する人々は、玄関の横の土間から出入りした。 土間の出入口 土間は、武家、商家、農家に変わらず、昔の日本家屋の全てに備えられて…
藤田千年治邸の見学を終え、足守の町の北側の武家が住んだエリアに行く。 次に見学したのは、旧足守藩侍屋敷遺構である。足守藩家老杉原家の居宅跡である。 ここは、江戸時代の藩の家老屋敷の佇まいをほぼ完全に残している貴重な遺構である。 旧足守藩侍屋敷…
足守の中央を通る街道を東に進むと、旧足守藤田千年治邸が見えてくる。 藤田千年治は、明治時代に足守で醤油造業を始め、その後代々の当主がその名を受け継いだ。 藤田千年治邸は、藤田家が醤油造に使用した邸跡である。 旧足守商家藤田千年治邸 藤田千年治…
6月29日に備中の史跡巡りを行った。 今回訪れたのは、岡山市北区にある陣屋町足守である。 足守の町並み 足守の蔵と民家 足守は、江戸時代を通して、豊臣秀吉の正室北政所(ねね、出家後高台院)の兄である木下家定の子孫が領有した。石高2万5千石の小藩…
鳥取市尚徳町の北西角に、鳥取藩の重臣箕浦家の屋敷にあった箕浦家武家門がある。 箕浦家武家門 箕浦家は、鳥取藩の番頭格だった家で、箕浦家屋敷は現在の鳥取市立久松小学校の敷地にあった。 鳥取市立久松小学校 箕浦家武家門は、明治時代半ばから、箕浦家…
鳥取市元大工町の角に、江戸時代から酒造業を営む高砂屋の建物がある。今は城下町とっとり交流館という名前で一般公開されている。 明治時代中期の建物で、国登録有形文化財である。 県道184号線沿いに主屋が建っている。主屋は、店舗棟の東棟と、住居棟の西…
明徳寺の参拝を終えて、町並み保存地区に戻り、古い商家の建ち並ぶ通りを歩いた。 うだつ、なまこ壁、連子窓、虫籠窓などを備えた町家が並んでいる。 勝山の町並み保存地区 虫籠窓 町並み保存地区 町中の水路 町中には、細い水路が通っている。 水が豊富でな…
1月28日に摂津の史跡巡りを行った。先ずは、神戸市北区の有馬方面を訪れた。 神戸市北区有野町唐櫃(からと)にあるのが、18世紀後半に建てられた農家の川向(かわむかい)家住宅である。 川向家住宅 川向家住宅入口付近 隣には現代の民家が建っていて、こ…
店の間の奥は仏間になっており、立派な仏壇が備え付けられている。 仏間 仏壇 仏壇中央には釈迦如来座像が祀られている。 仏間は、この家の中央にある。仏教がこの家の精神的中心にあったということだろう。 店の間の東側には居間が2部屋南北に連なっている…
8月20日に但馬の史跡巡りを行った。兵庫県美方郡新温泉町を巡る旅であった。 私が住む西播磨から新温泉町に行くには、播但連絡道路を使って豊岡に出てから西に行くよりも、鳥取自動車道を使って鳥取に出てから東に行った方が早くて安あがりである。今回もそ…
芳心寺の北隣に、臨済宗の寺院、龍徳山大隣寺がある。 大隣寺遠景 大隣寺山門 この寺の境内には、十六羅漢石像や、宝暦六年(1756年)に建てられた三界万霊塔があるという。 山門に近づいてみて驚いた。山門に「境内撮影禁止」と書かれた札が掛かっている。 …
7月30日に因幡の史跡巡りを行った。 暑い盛りで、鳥取市は猛暑日だった。 最初に訪れたのは、鳥取市立川町4丁目にある天台宗の寺院、乾向山東隆寺大雲院である。 大雲院 東隆寺大雲院の開基は鳥取藩藩祖池田光仲で、開山は光仲の従弟の池田公侃(こうかん…
吉備津神社西側の駐車場の奥に、備中国賀陽郡庭瀬村川入(現岡山市北区川入)出身で、第29代内閣総理大臣になり、昭和7年に発生した五・一五事件で殺害された政治家犬養毅の銅像が建っている。 犬養毅の銅像 犬養家(元は犬飼といった)の祖先の犬飼健命は…
倚松庵は2階建てである。1階廊下の中央に階段が付いている。 食堂から見える階段 階段 階段は、当時の日本家屋のものにしては、それほど急ではない。 2階には、東から順に8畳和室、6畳和室、4.5畳和室の3部屋がある。 階段を上がると2階の廊下があり…
谷崎が昭和18年から昭和23年にかけて執筆し、昭和24年に全巻を出版した大作「細雪」は、谷崎が昭和11年から昭和18年まで住んだ倚松庵での生活を題材にしている。 「細雪」の主役は、大阪船場の商家蒔岡家出身の四人姉妹である。 婿養子を迎えて船場の蒔岡家…
神戸市東灘区住吉東町1丁目にある谷崎潤一郎の旧居・倚松庵(いしょうあん)を訪れた。 倚松庵 倚松庵は、昭和4年に建てられた和風建築で、谷崎が昭和11年11月から昭和18年11月までの7年間にわたり住んだ家である。 元々は現在地から約150メートル南に建…
日本原子力研究開発機構の敷地の東側の谷間に、赤和瀬(あかわせ)と呼ばれる集落がある。 赤和瀬川沿いに田畑が広がる典型的な日本の農村の風景である。 赤和瀬の風景 本当に美しい風景だ。ここは、かつて木地師と呼ばれた職人集団が住み着いた集落である。…
常照寺から南に行った福知山市下柳町に、度重なる水害に苦しんできた福知山の治水事業の内容や、洪水被害について展示している福知山市治水記念館がある。 福知山市治水記念館 福知山市治水記念館は、明治時代初期に建てられた元呉服屋の町屋を改築したもの…
岡山県苫田郡鏡野町の北西部に位置する富地域は、1000メートル級の山々に囲まれた自然豊かな地域である。 前回紹介した布施神社は、この地域の精神的な拠り所となる大切なお社である。 富地域の中心は、富西谷の富振興センターの辺りになるが、富振興センタ…
むかし下津井回船問屋の2階には、下津井の信仰や漁に関する資料が展示してある。 むかし下津井回船問屋2階への階段 江戸時代中期には、お伊勢参りと同様に、讃岐の金毘羅さんも一生に一度は参詣したい場所とされ、全国から参詣者を集めた。 金毘羅さんとは…
下津井は漁港であり、タコ漁で有名である。 下津井漁港 下津井には、タコ料理で有名な保乃家(やすのや)がある。私がまだ24歳のころ、保乃家でタコのフルコース料理を食べて、あまりの美味しさに感激した記憶がある。 今は漁港の下津井だが、江戸時代から明…
豊岡陣屋の付近には、かつて豊岡藩の家臣が住んだ武家屋敷が並んでいた。 豊岡陣屋跡から東に行くと、豊岡藩家老石束家の屋敷跡がある。 石束家屋敷跡 寛文九年(1669年)に、石束源五衛毎公(つねとも)の娘として、この地で生まれたのが、赤穂藩家老大石内…
倉田八幡宮の参拝を終えて北上し、鳥取市正蓮寺にある面影山という小山に向かう。 この山の西麓に建つ面影神社の鳥居の手前に、鳥取県指定保護文化財である木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像を祀る毘沙門堂がある。 毘沙門堂 毘沙門堂は、新しい建物である。…
若桜往来を歩いて紙子谷(かごだに)集落に入ると、田の稲刈りが行われていた。 秋は収穫の季節である。 集落の中に、茅葺屋根、入母屋造りの民家がある。江戸時代に地元の大庄屋を務めた福田家の屋敷である。 福田家住宅 福田家は、江戸時代以前は在地土豪…