民家

津山洋学

旧梶村家住宅の西隣りには、津山洋学についての資料館、津山洋学資料館がある。 津山洋学資料館は、内部の撮影が禁止されている。その内部は、江戸時代の人々が、西洋の文物に触れた時に感じたような、「ハイカラア」なものであった。 荒俣宏氏の博物学の世…

旧梶村家住宅 後編

旧梶村家住宅の「座敷」と呼ばれる建物は、大正期に建てられた2階建ての建物である。1階、2階とも南側がガラス張りで、冬の日差しの暖かい日などは、この建物で過ごすと心地好いだろうと思われる。 「座敷」の全貌 主屋と座敷は、廊下でつながっている。座…

旧梶村家住宅 前編

城下町津山は、慶長八年(1603年)に、森蘭丸の末弟・森忠政が、信濃国川中島より美作18万6500石に封ぜられ、その後歴代藩主が町づくりをしたことで形成された。 忠政は、慶長九年(1604年)、鶴山に城を築くことを決め、鶴山の地名を津山に改めた。 津山城…

旧来住家住宅 後編

客湯殿の浴室の隣室は、化粧室となっている。女性の化粧や更衣用の部屋だったようだ。 化粧室 御覧のように三畳の狭い部屋である。しかし、小さいながらも、この部屋も選び抜かれた銘木があちこちに使われている。 床の間と床脇 まず真ん中に通る床柱は、鞍…

旧来住家住宅 中編

旧来住家住宅は、2階建てである。 2階に上がる階段は、古い日本住宅らしく、狭くて急である。 階段 2階に上がると、畳廊下を挟んで、左側に押入れが、右側に和室がある。 2階の畳廊下 床の間のある奥の和室は、スタッフの方が使用中であった。手前の和室…

旧来住家住宅 前編

西脇市西脇にある旧来住(きし)家住宅は、少なくとも兵庫県内では屈指の名邸宅であると思う。私はまだまだ見聞が狭いため、断言できないが、日本全国で見ても、これほどの名邸宅はそうないのではないかと思われる。 建てられてから100年ほどしか経っていな…

旧野﨑家住宅 後編

旧野﨑家住宅の北側には、南から順に内蔵、大蔵、書類蔵、新蔵、岡蔵が並び、内蔵の裏に夜具蔵がある。 手前から内蔵、大蔵、書類蔵、新蔵、岡蔵 夜具蔵 これらの蔵のうち、岡蔵と大蔵が資料館となっていて、大蔵は野﨑家塩業歴史館として公開されている。 …

旧野﨑家住宅 前編

岡山県倉敷市児島味野1丁目に、国指定重要文化財の旧野﨑家住宅がある。 野﨑家を興したのは、寛政元年(1789年)に児島郡味野村に生まれた昆陽野武左衛門(こやのぶざえもん)である。 武左衛門の父の貞右衛門は、塩浜で失敗し、家財を失った。困苦の中で…

野﨑家別邸迨暇堂

岡山県倉敷市児島味野1丁目に、江戸時代後期に塩田経営で財をなした野﨑家の旧宅がある。旧野﨑家住宅は、天保年間から嘉永年間に建てられ、現在は国指定重要文化財となっている。 明治時代になって、野﨑家当主野﨑武吉郎が、住宅と別に迎賓館として建てた…

瀬戸内市 妙興寺 仲﨑邸

備前福岡の町中にあるのが、日蓮宗の寺院、教意山妙興寺である。 妙興寺山門 寺伝によれば、赤松則興の追善供養のため、応永十年(1403年)に大教阿闍梨日伝上人により建立されたという。 赤松則興なる人物は、調べてもよくわからない。赤松家の家系図にも出…

横尾山静円寺 竹久夢二生家

寒風古窯跡群のある山上から下りて、瀬戸内市邑久町本庄にある横尾山静円寺(じょうえんじ)を訪れる。真言宗古義派の寺院である。 静円寺山門 この寺は、天平2年に行基菩薩が開基したと伝えられる。備前では、まず7世紀後半に官寺が出来て、奈良時代前半…

道仙寺 後編 附林家住宅

女人禁制の領域に足を踏み入れる。 岩が転がる悪路を登攀する。途中、役小角の石像があった。 役小角の石像 役小角は、死んでからはるか後に、神変大菩薩という諡号を朝廷から送られた。日本の霊山のほとんどは、役小角が開山したという伝承を持っている。 …

小原宿

伝宮本武蔵宅跡から北に行くと、左手に竹山が見えてくる。武蔵の父と伝えられる平田無二斎が仕えた新免氏の居城跡のある山である。 標高430メートルの竹山であるが、山頂まで舗装路が続いている。 竹山城登り口 ZC33Sで山頂まで走った。山頂には、車を置ける…

伝宮本武蔵宅跡 讃甘神社

以前、兵庫県高砂市米田町米田が宮本武蔵の出生地であるという説を紹介した。今回は、若いころ武蔵が修行を重ねた美作市宮本の地を紹介する。 美作市宮本には、武蔵の生家とされる家が伝わっている。 伝宮本武蔵宅 伝宮本武蔵宅の説明板によれば、武蔵の祖父…

和気清麻呂続編 伝足利義政供養塔・日野富子墓

「岡山県の歴史散歩」によれば、和気町田原井堰資料館の南東の山の斜面に、9世紀のたたら製鉄炉跡である、石生(いわぶ)天皇遺跡があるとのことだったが、案内標識もなく、発見することが出来なかった。 石生天皇遺跡のある山 遺跡のあるという山を撮影す…

旧大國家住宅 大題目岩

岡山県和気郡和気町尺所に、国指定重要文化財の旧大國家住宅がある。隣は閑谷学校の伝統を継ぐ岡山県立和気閑谷高等学校である。 旧大國家住宅は、現在老朽化が進んでいることから、大規模改修工事中であった。 旧大國家住宅 大國家は、幕末までは大森姓を称…

福崎 前編

兵庫県神崎郡福崎町の辻川地区には、今も古い町並みが残っている。 その中でも一際広壮な建物は、兵庫県指定文化財の三木家住宅である。 三木家住宅 三木家住宅土間口 玄関 三木家は、秀吉によって倒された英賀城主三木家の末裔とされている。 7月11日の姫…

香寺民俗資料館、日本玩具博物館

姫路市香寺町中仁野(なかにの)にある香寺民俗資料館は、元々姫路市船津町御立にあった酒造業尾田家の建物を昭和46年に移築して開館したものである。 築後約350年経過した建物で、ひょうご住宅100選にも選ばれている。 香寺民俗資料館 館内には、約3万5千…

波賀城蹟

兵庫県宍粟市波賀町は、町の中心を国道29号線が通っている。国道29号線は、姫路市から鳥取市までをつなぐ国道である。かつての因幡街道も、ほぼ同じ場所を通っていたことだろう。 この国道29号線を見下ろす要害の地に、波賀城蹟がある。標高約450メートルの…

安富町

姫路市安富町は、以前は宍粟(しそう)郡安富町という独立した自治体だった。 平成18年3月に、安富町は姫路市と合併した。安富町以外の宍粟郡の町は、その1年前に合併して宍粟市となっていた。安富町が姫路市と合併した時に、奈良時代に編纂された「播磨国…

林田

姫路市の北西部に、林田という地域がある。昭和42年に姫路市に合併されるまで、林田町は独立した自治体だった。 ここは、江戸時代に林田藩建部家が領していた。石高は1万石で、小藩である。小藩ながら、林田藩建部家は、元和三年(1617年)から明治まで領地…

室津 前編

たつの市御津町室津。ここは、今となっては、鄙びた漁村に過ぎないが、かつては大変繁盛した港町だった。 北西に向けて湾口が開いた形の室津港は、中に入れば、外の海が荒れていても、室の中にいるかのように安全であった。 そのため、古代より、風待ちの港…

龍野街歩き 前編

龍野城の敷地の中に、たつの市立龍野歴史文化資料館がある。 龍野歴史文化資料館 資料館には、たつの市内の遺跡から発掘された史料や、脇坂家の遺物などが展示されている。 大体、どこの歴史資料館に行っても、展示物のパターンは決まっている。石器に始まっ…

永富家住宅 後編

主屋を見終わった後は、大蔵の中に展示してある永富家ゆかりの品々を観る。 永富家ゆかりの品を陳列する大蔵。 とにかく、龍野藩主脇坂家との関係を表す品々が多い。 脇坂家が龍野藩主となったのは、寛文十二年(1672年)に信州飯田から入封してからである。…

永富家住宅 前編

兵庫県たつの市揖保川町新在家にある、国指定重要文化財、永富家住宅。 国指定重要文化財、永富家住宅主屋。文政五年(1822年)の建築。 永富家は、この地域の大地主兼庄屋として、龍野藩の財政をたびたび助け、農家ではあるが、藩主からも一目置かれる存在…