遺跡

新着順 人気順

荒田八幡神社 宝地院

今年の1月11日以来、約半年ぶりに摂津の史跡巡りを行った。 今回訪れたのは、神戸市兵庫区から神戸市北区山田町周辺の史跡である。 まず紹介するのは、神戸市兵庫区荒田町3丁目にある平家ゆかりの荒田八幡神社と宝地院である。 荒田八幡神社 荒田八幡神社…

苫田ダム

弘秀寺から東に行くと、奥津湖が見えてくる。奥津湖は、苫田ダムが吉井川を堰き止めたことにより出来たダム湖である。 奥津湖 この奥津湖の下には、旧苫田郡奥津町の中心だった下原地区が沈んでいる。旧奥津町の人口の約4割が住んでいた地区である。 奥津町…

淡路市北淡歴史民俗資料館 後編

淡路市北淡歴史民俗資料館の裏には、18世紀中ごろの民家、旧原家住宅が建っている。 旧原家住宅 原家は、代々地元で農業を営んでいた旧家で、この家は、第65代衆議院議長原健三郎氏の生家でもある。 旧原家住宅の母屋は、昭和50年にこの場所に移築され、公開…

鵤荘

日本の長い歴史の間には、伝説となった超人的な天才が何人か現れた。弘法大師空海はその一人である。森鷗外に超人的天才という言葉を与えるには、少し躊躇するが、鷗外の医学衛生学文学演劇哲学歴史などに関する知識量と国語漢学の素養の高さは超人的である…

瀬戸町

現在岡山市東区瀬戸町と呼ばれている区域は、平成19年1月22日の岡山市への合併前は、赤磐郡瀬戸町という自治体であった。 岡山市は、平成に広域合併を重ね、政令指定都市となった。中国地方では、広島市に次ぐ政令指定都市である。 今日は、この瀬戸町の史…

雪見御所旧跡

祇園神社のすぐ西側には、神戸市兵庫区から北区に抜ける国道428号線が通っている。 この国道、通称有馬街道と呼ばれている。 有馬街道 特に平野交差点から祇園神社の間の坂を祇園坂と呼ぶらしい。祇園神社の参拝を終えて、祇園坂をぶらぶらと下り始めた。 祇…

但馬国府跡 豊岡市立歴史博物館

青谿書院の見学を終え、国道312号線を北上すると、豊岡市に入る。豊岡市は、但馬地方の中心となる都市である。 豊岡には、奈良時代以降は国府や国分寺が置かれた。当時から但馬地方の中心だったようだ。 豊岡市日高町祢布(にょう)に、国道312号線の祢布交…

鏡野郷土博物館 竹田遺跡

ペスタロッチ館の中には、鏡野町内の遺跡や古墳から出土した遺物や、郷土が生んだ自由民権運動家中島衛に関する資料を展示する鏡野郷土博物館がある。 鏡野郷土博物館 鏡野町には、竹田遺跡や恩原遺跡、赤峪(あかざこ)古墳などの遺跡、古墳がある。 ここに…

恩原ダム 恩原遺跡群

岩井滝から南東に進み、国道482号線に出る。 国道482号線は、かつて因幡道と呼ばれた。国道482号線を東進すると、岡山ー鳥取県境にある標高785メートルの辰巳峠に至る。ここを越えると、因幡である。 辰巳峠 岡山県側から鳥取県側を望む 因幡に入り、国道482…

芦屋川

芦屋市の中央を貫流する芦屋川沿いには、数多くの石碑が存在する。 今回は、そんな石碑などを紹介していく。 芦屋川中流に架かる開森橋の東詰には、谷崎潤一郎の「細雪」に因む細雪碑がある。 題字は潤一郎の妻の松子が書いている。 細雪碑 「細雪」の舞台と…

備前陶器窯跡

備前焼ミュージアムの4階の窓から、伊部駅の南の方を見渡すと、山の麓に草木が全く生えていない一角があり、その上に陶片と思しきものが大量に放置されている場所があった。 私は最初それを見て、失敗した陶器の捨て場なのかと思った。この見方は、半分当た…

寒風古窯跡群

岡山県の旧邑久郡には、約130基の須恵器の古窯跡群がある。邑久古窯跡群という。6~12世紀の窯跡の遺跡である。当時の須恵器の生産地が北上し、伊部の地で備前焼に発展した。 岡山県瀬戸内市牛窓町長浜には、邑久古窯跡群を代表する窯跡である国指定史跡・…

智頭宿 前編

智頭宿は、江戸時代に宿場町として栄えた町である。 鳥取藩池田家の参勤交代の行列が江戸に往来する際は、この町の本陣に杖を留めた。 智頭宿 鳥取城下から智頭宿に至れば、ここから道は二股に分かれる。現在の国道373号線を通って志戸坂峠を越えて播州姫路…

糘山

剣戸古墳群の見学を終え、そこから西に車を走らせる。 津山市神代にある糘山(すくもやま)という低山には、史跡が数多く点在している。 糘山は、標高約262メートルで、山の南半分は、久米カントリークラブというゴルフ場である。 糘山の西側を南北に通る県…

土師百井廃寺跡

青龍寺から南下し、古代の八上郡衙跡とされる万代寺遺跡が発掘された鳥取県八頭郡八頭町万代寺に行った。 万代寺遺跡のあった辺り 今は遺跡が発掘された痕跡はなく、田が広がるだけである。 昭和57年の発掘調査で、大型の建物がロの字型やコの字型に配置され…

夜久野高原

昨年の大晦日に丹波の史跡巡りを行った。 今回大晦日に外出してみて分かったが、店や施設は閉まっていても、人や車が少なく、結構快適に史跡巡りを行うことが出来る。こういう大晦日もいいものだ。 さて私がまず赴いたのは、但馬と丹波の国境、今でいう兵庫…

雲龍山宝光寺

兵庫県南あわじ市志知飯山寺にある真言宗の寺院、雲龍山宝光寺には、永和四年(1378年)の弘鑁(こうばん)上人銘のある錫杖があるとのことだったので訪れた。 雲龍山宝光寺 私が宝光寺を訪れた時は、既に日が傾き始めていた。境内に入って石仏などを眺めて…

南あわじ市 大炊神社

十一大明神神社から西に行く。南あわじ市市新の集落の南側には、南あわじ市特産の玉ねぎ畑が広がる。 木戸原遺跡の辺り この辺りは、古墳時代中期の集落の遺跡である木戸原遺跡が発掘された場所である。 三種の神器と同じ剣・勾玉・鏡を軟らかい滑石という石…

天野神社 西山北古墳

10月1日に淡路の史跡巡りを行った。 今年4月19、20日の記事で、南あわじ市八木馬回にある真言宗の寺院、擁護山成相寺を紹介した。 成相寺を訪れた時、境内に隣接して存在する天野神社に気づかずに参拝せずに終わった。 今回、成相寺を再訪し、その時行きそ…

鹿島明神社

小瀬石鎚神社の参拝を終えて、不動山から下り、小豆島西端の県道をレンタサイクルで南に走る。 海の先には、屋島が手が届きそうなほど近くに見える。 海の先にある屋島 県道を南下すると、香川県小豆郡土庄町千軒の集落に入る。集落の東端の山裾に、大坂城石…

諭鶴羽神社 前編

亀岡八幡神社から南下すると、淡路南部を東西に横断する兵庫県道76号線通称南淡路水仙ラインに合流する。 県道76号線を東進し、阿万東町の玉葱畑の中を通ると、産直ねこの郷という玉葱の直売所がある。 その手前(西側)の交差点のあたりが、九蔵遺跡が発掘…

坊主塚古墳 天神塚古墳

丹波国府は、未だに発掘されていないが、丹波国府推定地として、今のところ亀岡市千代川町説と南丹市八木町屋賀説の二説がある。 平安時代の承安四年(1174年)十月二十日に書かれた「丹波国吉富庄絵図」の江戸時代初期の写本には、現在の南丹市八木町屋賀の…

龍興寺 坊田古墳群

八木城跡から下山して、南丹市八木町八木西山にある臨済宗の寺院、龍興寺に赴いた。 龍興寺 龍興寺は、享徳元年(1452年)に、室町幕府の管領細川勝元が妙心寺第五世義天玄昭を招いて建立した寺院である。 安土桃山時代の天正年間(1573~1593年)には、子院…

蒜山の遺跡群 蒜山郷土博物館

鳥居ヶ乢から米子自動車道沿いの側道を西に行くと、真庭市蒜山西茅部にある田代遺跡が発掘された辺りに出る。 田代遺跡の発掘された辺り ここからは、旧石器時代から縄文時代早期にかけての狩猟用落し穴の跡など、当時の人々の生活の痕跡が発掘された。 約2…

宝珠山竹元寺 姫笹原遺跡

大庭八社の参拝を終えて西進し、真庭市宇甘(うかい)にある真言宗の寺院、宝珠山竹元寺を訪れた。 竹元寺は、丘の上にある。山門まで白い石段が続いている。 宝珠山竹元寺 石段 この寺には、7世紀末から8世紀初めにかけて作られた白鳳時代の金銅仏がある…

金津山古墳 朝日ヶ丘遺跡

阿保親王塚古墳の南側、翠ヶ丘台地の先端部に当たる芦屋市打出小槌町からは、打出小槌遺跡が発掘された。 打出小槌遺跡が発掘された辺り 打出小槌遺跡からは、約2万年前の石器である、国府(こう)型ナイフ形石器が発掘された。 芦屋市内で最古の出土品であ…

芦屋市の大坂城刻印石

芦屋市業平町にある芦屋市民センターの敷地には、徳川秀忠が元和六年(1620年)に諸大名に再建工事を命じた大坂城の石垣用石材が展示されている。 この石材は、芦屋市西山町で見つかったものである。 芦屋市民センターの大坂城刻印石 大坂城刻印石の説明板 …

芦屋神社

6月9日に摂津の史跡巡りを行った。 兵庫県の芦屋市と西宮市の史跡を巡った。 最初に訪れたのは、兵庫県芦屋市東芦屋町にある芦屋神社である。 芦屋神社 芦屋神社の祭神は、天照大御神の第二子天穂日(あめのほひ)命である。 祭神名を刻んだ石柱 天穂日命…

清荒神清澄寺 その4

龍王滝に向かう途中に、仏足石が祀られている。 仏足石 仏足石は、釈迦の足型を石面に刻んだものである。 初期仏教では、釈迦の像を作ることは恐れ多いこととされていた。仏教徒は、仏足石や菩提樹、仏塔、法輪などを拝んでいた。 この仏足石の中央にも、法…

極楽寺 太閤の湯殿館

温泉寺の東隣に、浄土宗の寺院、極楽寺がある。 極楽寺 極楽寺の創建は古く、推古天皇二年(594年)に聖徳太子により建てられたと伝わっている。 それが本当なら、恐らく有馬で最古の寺院になると思われるが、これはあくまで伝説の領域の話だろう。 極楽寺は…