神戸元町 後編

 元町商店街を更に東に歩いていく。

 元町通5丁目にある、はた珈琲店は、自家焙煎にこだわる老舗喫茶店である。

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はた珈琲店

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店頭のヨーロッパ産の磁器

 ここは、「港町ブレンド」や「メリケンブレンド」、「敦盛ブレンド」など、神戸を彷彿させる名前のブレンドコーヒーを売りにしている。

 私は珈琲が好きだが、昔試しに元町にある老舗珈琲店を訪ね歩いてみたことがある。勿論はた珈琲店にも来たことがあるが、戦後間もないころに創業した元町駅前のエビアンコーヒーなどにも行ったことがある。

 珈琲は一杯500円程だが、たったそれだけで、珈琲の味わいと香りだけでなく、贅沢な時間を過ごすことが出来る。珈琲は人生に必要なものだ。

 今回は訪れなかったが、元町通3丁目の宇治茶専門店放香堂本店は、日本で初めて珈琲を売った店である。

 同じく元町通5丁目にある長崎屋本店は、明治35年創業のカステラ専門店である。

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長崎屋本店

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大正10年の長崎屋本店

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長崎屋本店の店内

 長崎でカステラ製造の修行をした人が創業したのだろう。店内には、船の丸窓をイメージした鏡があったり、港や帆船の絵が飾られていて、港町の雰囲気が出ている。

 元町通5丁目にある老祥紀は、大正4年創業の「元祖豚饅頭」の店だ。

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老祥紀

 実は、同じく元祖豚饅頭を謳う、老祥記という老祥紀と一文字違いの店が、南京町にある。この二店舗は、元々同じ店で、暖簾分けをしたようだ。

 南京町の老祥記は、常に客の行列が出来ている。落ち着いて食べたいなら、こちらがいいかも知れない。

 神戸と言えば、ハイカラアな洋風文化のイメージがあるが、華僑も多く居住しており、中華料理店も豊富である。

 神戸牛といい、神戸スイーツといい、中華料理といい、ここは食の町だ。

 神戸は食だけではない。洋家具でも有名だ。

 幕末の神戸開港により、欧米人が居留地に住むようになった。そのため、欧米人向けの洋家具の需要が生まれ、明治のころから神戸では洋家具の製造が始まった。

 今でも神戸では洋家具が作られていて、神戸洋家具の組合もある。

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欧風家具室内装飾 田村

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田村店内

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店頭の椅子

 神戸家具は、基本的に一点限りのオーダーメイドで制作される。そのため値段は張る。私などにはとても手が出ない。

 それでも、こうした家具に囲まれた生活というものには憧れる。

 元町商店街で、思い出深いのは、元町通3丁目にあった海文堂書店である。

 平成25年に閉店してしまったが、元町を訪れるたびに覗いた書店だ。

 ジュンク堂書店のような大規模書店ではないが、2階に海事書の専門コーナーがあって、舵やコンパスといった中古の船具も売っていた。船に関する書物の品揃えでは、西日本有数だったろう。

 私は、何冊か海文堂書店で本を買ったことがあるが、帆船を印刷した海文堂書店のブックカバーを記念に置いている。

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海文堂書店のブックカバー

 海文堂書店の2階には、海事書コーナーの奥に「古本波止場」という古書売り場があった。

 私は10年以上前に、ここで、ちくま文庫の「森鷗外全集」第7,8巻(「伊澤蘭軒」上・下),第9巻(「北條霞亭」),14巻(「評論・詩歌編」)を買った。どれも既に絶版になっていて貴重なものだった。

 鷗外史伝「伊澤蘭軒」「北條霞亭」を、注釈付きで、しかも文庫サイズで読めるのは、ちくま文庫の「森鷗外全集」だけだ。

 古書の間にこれらの巻が並んでいるのを見つけた時の胸の高鳴りは、今でも覚えている。

 さて、元町商店街から南に歩くと神戸市営地下鉄海岸線みなと元町駅がある。

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神戸市営地下鉄海岸線みなと元町

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 この建物は、明治41年に第一銀行神戸支店として建てられた。

 設計者は、東京駅を設計した辰野金吾である。赤煉瓦の間を白い御影石で縁取りする手法は、東京駅と共通する。しかし大正3年に完成した東京駅よりこちらの方が古い建物である。

 この建物は、昭和40年から昭和60年まで、大林組神戸支店として使用されたが、阪神淡路大震災で損傷し、一時は取り壊しが検討された。

 だが、この歴史的景観の保全のため、建物の南・西面の外壁だけを残し、平成13年から駅舎として利用されることになった。元町を象徴する建物である。

 今回は、元町商店街のほんの一部の店舗を紹介した。老舗店舗が今でも元気に営業している元町商店街を見ると、歴史が現在進行形で動いているような気持ちになる。幕末に神戸港が開港した時の雰囲気を今に伝えてくれている。

 大型ショッピングモールに行くのもいいが、歴史ある店を訪れてみると、濃厚な時間を過ごすことが出来る。