藩校

閑谷学校 後編

聖廟の東隣には、池田光政公を祀る閑谷神社がある。別名芳烈祠という。 閑谷神社本殿は、現在修復工事中で、境内には入ることが出来なかった。 閑谷神社 閑谷神社拝殿 神社建築である拝殿に華頭窓があるのは、なかなか珍しい。拝観できないのは残念だが仕方…

閑谷学校 中編

閑谷学校の西側には、かつて学房と呼ばれる生徒の寄宿舎や食堂などがあった。 茅葺の簡素な建物だったが、弘化四年(1847年)の火災により焼失した。 その後学房は再建されたが、明治38年(1905年)にこの地に建てられたのが、私立中学閑谷黌である。 私立中…

閑谷学校 前編

岡山藩池田家初代藩主池田光政が、庶民の教育を目的として寛文十年(1670年)に設立したのが閑谷学校である。世界初の庶民のための公立学校である。 閑谷学校が現在の姿になったのは、二代目池田綱政の時代の元禄十四年(1701年)である。閑谷学校は、完成当…

見野古墳群、宮山古墳

最近、姫路のジュンク堂書店に行き、エレベーターを上がって正面の郷土史のコーナーを眺めると、河合寸翁という人に関する本が目に付くようになった。 河合寸翁は、姫路藩酒井家の家老である。姫路藩領内の産業を振興し、藩の財政を立て直した人物である。今…

三日月

かつて兵庫県佐用郡三日月町という自治体があったが、平成17年に、佐用郡佐用町に合併された。 旧三日月町周辺は、江戸時代には三日月藩という藩が領域支配していた。 三日月藩乃井野陣屋跡 元禄十年(1697年)、幕府は、津山藩森家の改易に伴い、分家の森長…

林田

姫路市の北西部に、林田という地域がある。昭和42年に姫路市に合併されるまで、林田町は独立した自治体だった。 ここは、江戸時代に林田藩建部家が領していた。石高は1万石で、小藩である。小藩ながら、林田藩建部家は、元和三年(1617年)から明治まで領地…