神社
京丹波町本庄にある阿上三所神社の参拝を終え、北西に向かう。 京丹波町坂原にある阿上三所神社を訪れた。 坂原阿上三所神社 鳥居 この神社は、安栖里(あせり)地区の地頭であった片山氏が、観応元年(1350年)に本庄の阿上三所神社から祭神を勧請したもの…
大福光寺の参拝を終え、国道27号線を北上し、京都府船井郡京丹波町本庄にある阿上三所神社を訪れた。 阿上三所神社 鳥居 この神社の祭神は、伊弉諾尊、伊弉冉尊、国常立(くにとこたち)尊の三神である。 この地方には、阿上三所神社という名称の神社が全部…
新宮寺の参拝を終えて、南東に走り、京都府船井郡京丹波町塩谷にある何鹿(いつしか)神社に詣でた。 何鹿神社 この神社は、「延喜式」神名帳に記載された古社であるが、更に遡って天武天皇十二年(683年)には既に社があったという伝承もある。 江戸時代ま…
8月25日に丹波の史跡巡りを行った。京都府船井郡京丹波町の史跡を巡る旅であった。 最初に訪れたのは、京丹波町豊田九手(くて)にある九手神社である。 九手神社 九手神社の創建の詳細は分からない。最古の記録として、長元二年(1029年)九月二十一日に社…
蒜山原のほぼ中央の蒜山中福田に、かつて福田郷の大宮であった福田神社がある。 福田神社 福田神社の祭神は、大己貴命である。 この辺りは、中世には京都祇園社(現八坂神社)の社領であった。それなのに、福田神社の祭神は須佐之男命ではない。 この神社は…
御鴨神社の参拝を終え、岡山県真庭市藤森にある建部(たけべ)神社に参拝した。 建部神社 この辺りはかつて建部郷と呼ばれていた。建部は、古代大和王権の時代に軍役についていた部民(べみん)のことである。屯田兵のように各地に入植していた。 建部が奉斎…
新庄宿から北西に約3キロメートル走ると、谷深い山中に入る。 山道を走っていると、「後鳥羽上皇跡」と書かれた説明板が見えてくる。 後鳥羽上皇跡 ここは、承久三年(1221年)に発生した承久の乱に敗れ、隠岐に配流となった後鳥羽上皇が通過して、都を懐か…
社川を上流に遡ると、大庭八社の中で、「大社」と呼ばれる、佐波良(さわら)神社、形部(かたべ)神社がある。 この2つの神社は、1つの社殿に合祀されている。 佐波良神社、形部神社 佐波良神社の祭神は、佐波良命である。この神様は、先日紹介した和気氏…
岡山県真庭市社にある8つの式内社、大庭八社の内、「二宮」と呼ばれているのが、久刀(くと)神社、長田(ながた)神社、菟上(うのかみ)神社、壱粟(いちあわ)神社、大笹(おおささ)神社の5社である。 大庭八社の神紋 二宮 壱粟神社と大笹神社が一つの…
8月3日に美作の史跡巡りを行った。暑い最中の旅である。 最初に訪れたのは、岡山県真庭市社にある大庭八社と言われる神社群である。 大庭八社は、この地域に鎮座する式内社8社のことである。 式内社とは、延長五年(927年)に完成した「延喜式」に記載さ…
「古事記」の国生みの条によると、伊邪那岐命と伊邪那美命が天の浮橋に立って、天の沼矛(ぬぼこ)を指し下ろして、海を「こをろこをろ」とかきまぜて、引き上げた時、矛の先から塩がしたたり落ち、積み重なって「おのころ島」になったという。 伊邪那岐命と…
神宮寺の隣には、沼島の氏神である沼島八幡神社がある。 私は、山川出版社の「歴史散歩」シリーズを基にして史跡巡りをしている。「兵庫県の歴史散歩」上巻には、沼島八幡神社は出てこないが、沼島を代表する神社なので、番外編として紹介しておく。 沼島八…
足守の見学を終えて北上し、岡山市北区上高田にある鼓神社を訪れた。 鼓神社 ここは、備中国の二宮とされる神社である。 鳥居に架かる「二宮鼓神社」の扁額 祭神は、第10代崇神天皇の時代に、吉備の平定のために派遣された吉備津彦命の功臣遣霊彦(やりだま…
さて、いよいよ西宮神社の拝殿と本殿を紹介したいところなのだが、私が訪れた日は、残念ながら拝殿、本殿は改修工事中であった。 改修中の拝殿と本殿 かろうじて銅板葺の拝殿の屋根が見えるのみで、本殿は覆いに覆われて全く見えなかった。 拝殿の屋根 仕方…
境内を歩いていると、灘五郷の酒造業者が奉納した酒樽が並べられている棚がある。 奉納された酒樽 酒造蔵に行くと、必ずと言っていいほど神棚が祀られている。酒造りも、神々の加護があって初めて上手く行くということだろう。 これらの酒樽は、神への感謝の…
西宮神社には、数多くの摂社、末社がある。 国指定重要文化財の表大門の前には、梅宮(うめのみや)神社がある。 梅宮神社 梅宮神社の祭神は、酒解(さけとけ)神である。娘の木花咲耶(このはなのさくや)姫の安産を祝って、日本で初めて酒を醸したことから…
芦屋市の史跡巡りを終え、東隣の西宮市に入った。 西宮を代表するお社である西宮神社を訪れた。西宮市社家町にある。 西宮神社 西宮神社の創建については、詳しいことは分かっていない。 平安時代末期に高倉上皇が幣帛を奉ったという記録が残されている。 祭…
6月9日に摂津の史跡巡りを行った。 兵庫県の芦屋市と西宮市の史跡を巡った。 最初に訪れたのは、兵庫県芦屋市東芦屋町にある芦屋神社である。 芦屋神社 芦屋神社の祭神は、天照大御神の第二子天穂日(あめのほひ)命である。 祭神名を刻んだ石柱 天穂日命…
一行寺に隣接して、浄土宗の寺院、久松山真教寺がある。 寺伝によれば、天文十四年(1545年)に布施天神山城主山名誠通(のぶみち)が、久松山に築城するに際し、鎮守として建立したという。 久松山真教寺 又この寺院は、吉川経家の菩提所でもある。 境内 本…
鳥取市街の散策を続ける。これからは、若桜街道と呼ばれる国道53号線沿いの史跡を訪れる。 鳥取市片原1丁目に片原神社という小さな神社がある。 片原神社 拝殿 片原神社の創建については、よく分かっていない。 かつてこの辺りは、芝生が広がっていて、その…
5月18日に因幡の史跡巡りを行った。昨年8月以来の鳥取市来訪である。 最初に訪れたのは、鳥取市吉方温泉3丁目にある吉方稲荷神社である。 吉方稲荷神社 吉方稲荷神社は、鳥取県東部地区運転免許センターの南側に建つ。この辺りは、鳥取藩主池田家の分家西…
化生寺の西隣には、玉雲大権現という神社がある。 封じ込められた殺生石の妖気を神として祀ったもので、化生寺の鎮守である。 玉雲大権現参道 玉雲大権現の両部鳥居 参道を行くと、華麗な朱色の両部鳥居が出迎えてくれる。 寺院の西隣に、南北に参道を持つ神…
園部城跡のある園部の中心街から東に行き、南丹市園部町美園町にある生身(いきみ)天満宮を訪れた。 小雨の降る中での訪問である。 生身天満宮 鳥居 生身天満宮は、元々小麦山にあった。ここには菅原道真公の別荘があり、道真公の臣下武部源蔵が別荘を管理…
瑠璃渓の見学を終えて北上し、南丹市園部町竹井宮ノ谷にある摩気(まけ)神社を訪れた。 摩気神社 摩気神社は、船井郡の名神大社として、「延喜式」に記載のある式内社で、祭神は、大御饌津彦(おおみけつひこ)命である。 永暦三年(1079年)には、白河天皇…
3月17日に、丹波の史跡巡りを行った。訪れたのは、京都府南丹市園部町と京都府船井郡京丹波町の史跡である。 国道372号線を東に向かって走り、兵庫県から京都府に入った。 京都府に入ってすぐに、右折南下して瑠璃渓への道を行く。瑠璃渓の手前の南丹市園部…
正法寺の参拝を終えて、レンタサイクルで更に南に走る。この日のサイクリングで、最も過酷な峠道を越えて、小豆島町神浦(こうのうら)にある皇子神社に向かった。 皇子神社は、半島状に海に突き出た標高約60メートルの円錐形の小山の中腹にある神社である。…
亀山八幡宮の参道を海に向かって降りていくと、亀山八幡宮の御旅所でもあり、秋季大祭の舞台ともなる池田の桟敷がある。 秋季大祭を見物する客のために、石積の見学席を何段にも積み重ねた桟敷である。 池田の桟敷の鳥居 海に面して鳥居があり、鳥居の奥に石…
小豆島町池田の鎮守が、丘の上にある亀山八幡宮である。 亀山八幡宮鳥居 祭神は、品陀和気(ほんだわけ)命こと第15代応神天皇である。 この神社の由来はよく分からないが、応神天皇が小豆島に立ち寄ったという伝承に関連があることだろう。 鳥居を潜ってす…
清荒神清澄寺の参拝を終え、門前町の坂道を下っていくと、途中道が二股に分かれる場所がある。 ここを左に行くと、中山寺の巡礼街道を行くことになる。 巡礼街道への分かれ道 中山寺巡礼街道案内図 中山寺は、真言宗十八本山の一つだが、西国三十三所観音霊…
伝説では、有馬温泉を発見したのは、国造りの神様の大貴己(おおなむち)命と少彦名(すくなひこな)命の二神とされている。 二神が薬草を探して全国を旅していると、有馬の地で三羽のカラスが、赤い湯に傷を浸して治療しているのを見た。 有馬の三羽烏 以後…