泉嵓神社の参拝を終えて、吉井川沿いを北上する。
岡山県苫田郡鏡野町奥津川西にある国指定名勝・奥津渓を訪れた。
奥津渓は、吉井川が長い年月をかけて川床の花崗岩を侵食して出来た渓谷である。
奥津渓には、甌穴、滝、渕、奇岩絶壁が存在し、中でも臼渕の甌穴群、天狗岩、女窟の断崖、鮎返しの滝、般若寺の太子岩、琴渕、笠ヶ滝、石割桜(又は笠ヶ滝の甌穴群)という奥津渓八景が代表的な景観である。
大正時代初期に、奥津渓を貫く陰陽連絡道が開通し、一般の人々が見学に訪れるようになった。
現在も、奥津渓沿いの一部には遊歩道があり、歩きながら奥津渓の美観を楽しむことが出来る。
奥津渓八景の最も南にあるのが、臼渕の甌穴群である。
渕とは、川底が深く、河川の流れが緩やかになった場所である。
長い年月をかけて、川床の花崗岩が削られて深くなった場所が渕になり、そこに水が滞留して流れが緩やかになったのだろう。臼渕もそんな渕の一つである。
この臼渕の周辺の花崗岩に、穴が複数開いている。これが、臼渕の甌穴群である。
甌穴とは、川底にあった石塊が、川床の岩との接触部で回転して岩を削って凹部を作り、その凹部に転石が入り込んで中で回転することで、更に岩を削って凹部を大きくすることで出来た穴のことである。
甌穴が形成されるには、数十万年の時間が必要であるらしい。
そう思うと、甌穴は驚異の光景である。
臼渕のすぐ上流には、急な流れがある。急流の直下は、岩が流れ落ちた水や石に削られて渕になるのだろう。
臼渕の甌穴群のある場所から数百メートル北上すると、天狗岩と女窟の断崖への登り口がある。
登り口から山中に入り、石段を登ると、すぐ目の前に縦に割れた巨大な花崗岩が見えてくる。
これが天狗岩である。
天狗岩は、巨大すぎて全体を1枚の写真に収めることが出来ない。
縦に割れた天狗岩の一部が、安政元年(1854年)に発生した安政の南海大地震で崩落し、洞窟が出来た。
この洞窟が女窟の断崖である。
女窟の断崖の前には、大釣大明神と弘法大師が祀られている。
元々女窟の断崖のある場所に嵌っていたと思われる巨岩は、天狗岩の前で倒れて横たわっている。
巨大な岩には、何か聖性を感じさせるものがある。
次なる奥津渓八景は、鮎返しの滝である。落差8~10メートルの滝で、下流から遡上してきた鮎も、この滝を越えることが出来ないから、鮎返しの滝と呼ばれるようになったという。
現在は遊歩道が途中でなくなり、この鮎返しの滝のある場所には、歩いて近づけなくなっている。
道路上から見ると、かろうじて木々の隙間から滝を遠望することが出来た。
この滝を間近で見てみたかった。
鮎返しの滝の上流には、般若寺の太子岩がある。
かつてこの地に般若寺という寺院があって、川沿いの巨岩の上に太子堂が建っていた。その巨岩が般若寺の太子岩である。
今では太子岩の上に般若寺温泉という温泉がある。
般若寺温泉には、関係者以外立入禁止であった。
太子岩に近づく遊歩道もなくなっているため、私は川の上に頭を出した石の上を渡りながら太子岩に近づいた。足を滑らせたら川に転落する危険があるので、この方法で般若寺の太子岩を見学するのはお勧めしない。
奥津渓は、数十万年という想像もできない年月をかけて形成された景観美である。
この景観を前にすると、我々人類の歴史も文明も、たかが知れたもののように感じる。