木山神社 木山寺 その5

 本日は、木山神社と木山寺参拝のクライマックスとも言うべき、木山寺の鎮守殿を紹介する。

 鎮守殿は、木山寺本堂の背後に建つ建物で、薬師瑠璃光如来の化身の木山牛頭天王と十一面観世音菩薩の化身の木山善稲荷大明神を祀る建物である。

木山寺鎮守殿

 この鎮守殿の特徴は、四手先まで組まれた斗栱と、複数の尾垂木、そして煩瑣なまでの彫刻群である。

 この建物を一目見て、岡山県加賀郡吉備中央町円城にある本宮山円城寺の提婆宮の本殿と似ていると気づいた。

 提婆宮本殿が一間社流造、木山寺鎮守殿が唐破風、千鳥破風付きの入母屋造というように、屋根の形式に違いがあるが、その他はよく似ている。ただ、提婆宮には、鎮守殿のように、建物全面に彫刻が施されてはいなかった。

 備前の北西端にある円城寺と真庭市にある木山寺は距離的には近い。木山寺鎮守殿と提婆宮本殿を建てた人は、同じ人物ではないか。 

 鎮守殿は、明治18年の再建である。提婆宮本殿の建立年代は分からないが、同じ時期なのかも知れない。

鎮守殿の説明板

 説明板を見ると、木山牛頭天王の脇には延喜七年(907年)、木山善稲荷大明神の脇には正徳四年(1714年)という年が書いてある。

 この年は何を意味するのだろうか。普通に考えれば、この年にそれぞれの神様の神像が造られたことを意味するだろう。

 となると、鎮守殿には、この二神の神像が御神体として祀られていることになる。

鎮守殿

鎮守殿南側の彫刻

 通常、神道では神の像は造らない。神社の御神体は、鏡であったり、山や滝などの自然そのものであったりする。神に形がないというのが、神道の基本である。

 だが仏像を刻む仏教の影響で、神道でも稀に人型の神像が造られた。鎮守殿に祀られる神像も、そのような例外の一つなのだろう。

四手先まで組まれた斗栱

斗栱と尾垂木

 木山寺の説明板によると、木山牛頭天王は左手に羂索、右手に斧を持った姿であるらしい。

 木山善稲荷大明神は左手に宝珠、右手に剣を持った姿だという。

 木山寺本堂に祀られた薬師瑠璃光如来像と十一面観世音菩薩像の奥に、その化身の二神の神像が祀られているわけだ。

鎮守殿西側の彫刻

 それにしても、驚くほど精巧執拗に施された彫刻群である。

 この建物に、これ程の彫刻を施した作者のエネルギーの強靭さにはほとほと感心する。

鎮守殿北側の彫刻

 鎮守殿の扉には、真言宗で稲荷神を表す3つの宝珠が刻まれている。

 ここに祀られているのが、稲荷神であることを表している。

鎮守殿の北東側

鎮守殿東側の彫刻

 それにしても、鎮守殿は、驚嘆すべき建築である。

 木山寺に参拝した人の中には、本堂の参拝で済ませて、本堂の奥にある鎮守殿の存在を知らないまま帰る人もいるだろう。

 もしそうだとしたら、もったいないことである。

 木山神社と木山寺の建物群の中で、この鎮守殿が最大の見どころであると思う。

雲と龍と獏と鳥の尾垂木

 鎮守殿の建物の圧倒的な存在感のおかげで、木山牛頭天王と木山善稲荷大明神は、間違いなく存在するという気になってくる。

 この建物に、これ程の彫刻を施したエネルギーも、目に見えない二柱の神様を篤く信仰する気持ちから来たのだろう。