般若寺の太子岩から少し上流の、奥津渓の右岸にも遊歩道があって、奥津渓八景の一つ、琴渕まで歩いていくことが出来る。
琴渕のある場所は、丁度吉井川が90度に曲がっている所で、水が滞留しており、ここだけ流れが止まっているかのようだ。
静かな時間が流れている。
琴渕から更に上流に行くと、笠ヶ滝がある。
笠ヶ滝は、花崗岩が板状に割れて出来た割れ目に水が流れてできた滝だが、井の字型の割れ目を滝が流れていることから、井字(せいじ)の滝とも呼ばれている。
緩やかな落差の滝である。滝が落ちた先は、これまた渕になっている。
笠ヶ滝の上流に、花崗岩が凹字型に削れた笠ヶ滝の甌穴群がある。
「笠ヶ滝の甌穴群」と書かれた標柱のある土手の草むらをかき分けて下に降りると、大きな花崗岩の上に甌穴群がある。
臼渕の甌穴群ほど、深い穴になっていない。
さて、奥津渓の最北端に架かる国道179号線の高架の手前にあるのが、奥津渓八景の最後の石割桜である。
石割桜は、花崗岩の割れ目から生えてきた桜の木だが、現在の石割桜は、2代目である。
初代石割桜は、奥津温泉の入口にあり、花崗岩を押しのけるほど旺盛な生命力が、奥津渓の珍しい景物として親しまれていたが、道路工事に伴いやむなく伐採され、2代目が現在地に植えられた。
奥津渓は、水と花崗岩が織りなした見事な自然美であった。
奥津渓から北に行くと、奥津温泉がある。
この奥津温泉には、昔足踏み洗濯という風習があった。
かつて奥津温泉付近には、熊や狼が出没し、温泉湯で洗濯する婦女子を襲って危害を加えていた。
そのため、奥津温泉で洗濯をする婦女子は、立って周りを警戒しながら、また世間話をしながら、足で洗濯物を踏み洗いしたという。
ここ最近、各地で野生動物による人身被害が報道されているが、人間も動物の一種である以上、自然界の競争の中に放り込まれているのである。
人間の勢力が衰えた場所には、野生動物が進出してくる。そして人間に危害を及ぼしてくる。野生動物にとって、人間は自己の生存に邪魔になるか用に立つかという存在に過ぎない。
この問題は、人口減少が進む今後の日本でますます拡大しすることだろう。