芦田均記念館 前編

鎌倉山清薗寺を参拝したことで、「兵庫県の歴史散歩」下巻に載る兵庫県側の丹波国の史跡は全て訪問し終えた。 これからは、京都府側の丹波国の史跡巡りが続くことになる。丹波国の面積の2/3は現在の京都府の領域になるので、丹波の史跡巡りはこれからもまだ…

鎌倉山清薗寺 後編

石造灯籠の背後には、本尊の薬師瑠璃光如来を祀る薬師堂(本堂)がある。 貞享三年(1686年)の再建で、丹波市指定文化財である。 薬師堂 薬師堂は、宝形造り、瓦葺、桁行五間、梁間五間の建物である。 清薗寺の開創に関する寺伝はこうである。 第31代用明天…

鎌倉山清薗寺 前編

妙高山から下山し、次なる目的地の兵庫県丹波市市島町下竹田にある真言宗の寺院、鎌倉山清薗寺(せいおんじ)に向かった。 参道の南端には、江戸時代初期の伝説的な彫刻家、左甚五郎が寛永年間(1624~1644年)に建造したと伝わる総門がある。 総門 総門蟇股…

妙高山神池寺 後編

神池寺の常行堂の奥には長い石段が続いている。本堂まで続く石段である。 本堂まで続く石段 苔むした古びた石段である。両側に鬱蒼とした木々が生い茂り、いい雰囲気だ。 石段を登っていくと、仁王門が見えてくる。 仁王門 仁王像 江戸時代以降に再建された…

妙高山神池寺 前編

兵庫県丹波市市島町多利にある妙高山の山頂付近にあるのが、天台宗の寺院、妙高山神池寺である。 妙高山は標高約565メートルだが、山頂付近までは自動車道が延びており、車で上がることが出来る。 妙高山神池寺 寺伝によれば、養老二年(718年)にこの地を訪…

三ッ塚廃寺跡 後編

三ッ塚廃寺跡の東側にライフピアいちじまという公共施設がある。その東側の山際斜面にあるのが、天神窯跡である。 天神窯跡 ここは、三ッ塚廃寺で使う瓦や須恵器を生産していた窯跡である。 斜面に穴を掘って、その上に天井を付けた穴窯の跡である。天神窯跡…

三ッ塚廃寺跡 前編

9月10日に丹波の史跡巡りをした。まだ残暑の厳しい日だったが、丹波は曇り空であった。 国道175号線を北上し、兵庫県丹波市市島町に入り、市島町上田(かみだ)にある三ッ塚廃寺跡を訪れた。 ここは、7世紀後半に開かれて、その後廃寺となった寺の遺跡だが…

近衛殿

昨日の記事で、この地を訪れて亡くなったという伝承が残る近衛経忠について書いた。 中谷神社の西側には、近衛経忠の墓所と言い伝えられる近衛殿という一角がある。鏡野町指定史跡になっている。 近衛殿 近衛経忠は、近衛家の第八代当主で、乾元二年(1302年…

鏡野町 中谷神社

金剛頂寺から西に走ると、吉井川と中谷川が合流する地点に架かる葛下(くずか)橋を渡ることになる。 この辺りはかつて湯指(ゆざす)と呼ばれていた。現在の地名は、岡山県苫田郡鏡野町中谷(なかだに)である。 葛下橋と湯指の船着場址 ここは、江戸時代か…

越畑 蕎麦尾山金剛頂寺

香々美新町から北上し、かつてたたら製鉄が行われていたという越畑という集落を目指した。 香々美新町から越畑までの約16キロメートルの道のりは、「万葉のみち」として整備されている。 「万葉集」に詠まれる150余種の植物のうち、104種の植物が道端に植え…

宝寿山円通寺

桝形山から下山して、酷暑の中車に乗って北上し、岡山県苫田郡鏡野町寺和田にある真言宗の寺院、宝寿山円通寺を訪れた。 宝寿山円通寺 この寺は、弘仁七年(816年)に弘法大師空海が開創したと伝えられている。 美作の密教寺院としては最古の寺院で、「作州…

桝形城跡

香々美新町の地蔵尊の脇から、桝形山への登山道が延びている。 桝形山への登山口 桝形山は、標高約645メートルの秀麗な形をした山である。 桝形山 桝形山の山上に、小早川隆景が築城したと伝わる桝形城跡がある。 築城時期は不明だが、毛利氏が美作に侵攻し…

香々美新町宿

赤峪古墳から進路を北東にとり、江戸時代の宿場町、香々美新町に赴いた。 香々美新町宿 津山藩森氏の時代に、美作津山と伯耆倉吉との間に倉吉街道が整備された。新町は、津山から倉吉街道を伝って倉吉に赴く場合の最初の宿場町であった。 江戸時代には、馬の…

男山 女山 赤峪古墳

大野の整合のすぐ北側に、女山(めんやま)という標高約205メートルの低山があり、その更に北側に男山(おんやま)という標高約260メートルの低山がある。 この2つの山は、鏡野町のシンボル的存在である。山体は、太古の火山活動で噴出した溶岩が固まって形…

観音山古墳 大野の整合

8月21日に美作の史跡巡りを行った。 先ず訪れたのは、岡山県苫田郡鏡野町下原にある観音山古墳である。鏡野町では最古の前方後円墳だ。 観音山古墳への登り口 下原の集落の中にある観音山古墳の登り口から緩やかな坂を登り始める。 この道を真っ直ぐ行くと…

神戸市 泉隆寺 歓喜寺

竹中大工道具館を後にして、炎天下の中、北東に歩く。 神戸市中央区中尾町にある浄土真宗本願寺派の寺院、超音山泉隆寺を訪れた。 超音山泉隆寺 泉隆寺は、弘長二年(1262年)に真言宗の僧侶、西順によって開基された。 文明三年(1471年)、本願寺第8代蓮…

竹中大工道具館 その4

竹中大工道具館には、日本だけでなく、中国やヨーロッパの大工道具も展示してあった。 故宮博物院の太和殿の斗供を復元したものが展示されていた。 故宮博物院太和殿 太和殿の斗供の復元 この巨大な建造物が木造建造物だとは知らなかった。斗供の下に更に横…

竹中大工道具館 その3

大工仕事は、建物の設計図通りに木材を加工して、組み立てていかなければならない。少しでも歪みがあると、建物はしっかり建たないだろう。 また、どれだけの用材が必要かを計算したうえで建設を開始するようだ。 昭和時代に薬師寺復興工事に従事した大工棟…

竹中大工道具館 その2

鎌倉時代から江戸時代初期には、木の葉型鋸が使用されるようになった。 木の葉型鋸 室町時代に入ると、大陸から大鋸(おが)が伝わった。大鋸で木材を切って製材することを挽割製材という。この工程で出る木くずを、おがくずと呼ぶようになった。 大鋸 大鋸…

竹中大工道具館 その1

徳光院の参拝を終えて、南に歩き、JR新神戸駅の南側に出る。 神戸市中央区熊内町7丁目にある竹中大工道具館を訪れた。 竹中大工道具館 竹中大工道具館の門 竹中大工道具館を運営しているのは、大手ゼネコンの竹中工務店である。 竹中工務店の元となる会社は…

神戸市 徳光院

城山から下山して、神戸市葺合町布引山にある臨済宗の寺院、徳光院を訪れた。 徳光院山門 この寺院の歴史は実は新しい。創建は20世紀に入ってからで、明治39年(1906年)である。 境内への石段 石段上の狛犬 この地には、元々役小角が創建した滝勝寺という真…

滝山城跡

布引の滝の西側に聳える城山の山上にあるのが、滝山城跡である。 城山 滝山城は、鎌倉時代末期に赤松円心が鎌倉幕府軍と戦うために拠点にした城と言われている。 戦国時代には、松永久秀の支配下となった。弘治二年(1556年)、久秀は主君の三好長慶をこの城…

布引の滝

うろこの家の北側には六甲山系が迫っている。 実はうろこの家の裏側には、JR新神戸駅の北側に抜ける遊歩道がある。 背山散策路の地図 遊歩道の途中に地図があった。どうやらうろこの家の裏山は、背山と呼ばれているらしい。遊歩道は、背山散策路北野道という…

うろこの家 後編

うろこの家1階の見学を終えて2階に上がる。 階段 2階通路 2階は中央に通路があり、建物の北東、南東、北西、南西にそれぞれ部屋がある。南側にはベランダがある。 南東の部屋は、絢爛豪華なアンティーク家具を多数置いている。 南東の部屋 アンティーク…

うろこの家 前編

北野天満神社からさらに山際まで歩く。北野異人館街の中で最高所にあるのが、国登録有形文化財のうろこの家である。 うろこの家入口の煉瓦塀 うろこの家 うろこの家は、明治18年(1885年)に旧居留地付近に建築され、明治38年(1905年)に現在地に移転した。…

北野天満神社

神戸市中央区北野町の地名の由来になったのが、風見鶏の館の東隣に鎮座する北野天満神社である。 北野天満神社 治承四年(1180年)に、平清盛が福原京に都を遷した際、福原の鬼門に当たるこの地に禁裏守護、鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮から菅原道…

風見鶏の館 後編

赤いカーペットが敷かれた階段を上がり、2階に行った。 階段 階段途中のステンドグラス 階段踊り場から2階を見上げる 2階はトーマス家のプライベートな空間であり、1階の豪華な造りと比べ、割合簡素に造られている。 質実剛健で合理的なドイツ人らしい家…

風見鶏の館 中編

玄関の扉を開けて館の中に入ると、1階中央のホールが出迎えてくれる。 1階ホール ホールに入って左側には、トーマス夫人のサロンとして使われていた応接室がある。建物の南東側に当たる。 応接室 応接室の天井には、アールデコ調の直線と曲線で構成された…

風見鶏の館 前編

北野町広場の北側に建つのが、北野町だけでなく、神戸市を象徴する建物と言える風見鶏の館である。 風見鶏の館 風見鶏の館は、ドイツの貿易商であるゴットフリート・トーマスが明治42年ころに建てたものである。正式名称は、旧トーマス住宅で、風見鶏の館は…

萌黄の館 後編

萌黄の館の2階へは、オーク材で作られたと思われる、重厚な色合いの手摺が付いた階段を登っていく。 階段 階段は、2階の手前で踊り場を挟んで北側と南側に分かれている。 南北に分かれる階段 2階北東側には、バスタブを備えた浴室、トイレ、洗面室がある…