城壁跡を巡る遊歩道から、城郭の内部を巡る遊歩道に入る。
城内には、管理棟や倉庫といった建物があったようだ。

鬼ノ城には、建物の礎石が残っている箇所が7か所ある。
その内、建物5,6は、6間×2間の横長の建物で、周囲からは須恵器の硯などが発掘されている。
城の管理に必要な事務所的な建物がここにあったのではないか。



建物5のあった場所には、地表に露出した礎石が残されている。


建物1~4,7の5棟は、高床式倉庫であったとされている。
食料や武器を保管した建物であったろう。



遊歩道の手前に建物3の跡があり、その奥に建物4の跡がある。

最も礎石が井然と残っているのは、建物1の跡である。



3間×3間の建物跡で、礎石が当時そのままに残っている。
最も奥には建物2の跡がある。


鬼ノ城にどれだけの城兵が詰めていたのかは分からないが、これだけの規模の城の倉庫にしては、小さいのではないかと感じた。
意外と常駐する兵士は少なかったのかも知れない。
いざ数千人の兵士が籠城するとなると、これだけの建物では心許ない。
ひょっとしたらまだ発掘されていない建物跡があるのかも知れない。
建物跡の見学を終え、帰路を辿った。
鬼城山の最高所には、展望台がある。

しかしここからの展望は、木々に遮られて、あまりよくなかった。
鬼ノ城は、広壮な規模を誇る古代山城の跡である。
遠く朝鮮半島にまで出兵した天智朝の国力に思いを馳せることが出来る遺跡である。
我が国をここまで維持してきた先人の苦労を知ると共に、我が国を現在担っている自分達の責任の重さを感じる。