天石門別神社 長福寺

 備前国北部から美作国にかけては、天石門別(あまのいわとわけ)神社という名の神社が数多くある。

 美作市英田町滝宮にある天石門別神社もそのひとつである。

f:id:sogensyooku:20191224203243j:plain

鳥居

 祭神は、天手力男(あめのたぢからお)神である。天手力男神は、天照大御神が天の岩戸に引きこもった時に、岩戸を思いきり引きずり開けて、天照大御神を外に連れ出した大力の神様である。

f:id:sogensyooku:20191224203731j:plain

拝殿

 社伝によれば、この神社の由来は以下のとおりである。

 第10代崇神天皇が、吉備地方の征服のため、四道将軍の一人大吉備津彦命山陽道に派遣した。

 大吉備津彦命は、丹波の氷上の里の道の口において、前途の平安を祈るために祭儀を行った。

 その時に、天手力男神が降り立って、「我は吉備国の雄神河(吉井川の古名)の上流の滝の下に坐す天手力男神である。汝が行こうとする吉備は、山路峻嶮で賊徒の勢いが盛んである。よって我が、汝を嚮導しよう」と託宣した。

 その後、天手力男神の導きで、大吉備津彦命は無事に吉備を平定できたという。

f:id:sogensyooku:20191224204838j:plain

本殿

 大吉備津彦命は、吉備平定後、この地に赴き、天手力男神に対して、神恩報謝と戦勝祝賀の祭儀を行い、天手力男神をここに鎮祀したという。

 天石門別神社は、朝廷、武家、民衆から厚く信仰され、美作国の三宮となった。

 本殿は、岡山県指定文化財である。元禄十年(1697年)に、津山藩主森長武により再建された。

 本殿の背後に、旧英田町の指定文化財となっている磐座がある。

f:id:sogensyooku:20191224205151j:plain

磐座

 この磐座は、大吉備津彦命が祭儀を行った際の遺跡であると伝えられている。

 磐座というと、自然の巨岩や奇岩が祀られているものが多いが、こんな石垣のような人工物が磐座とされている例は珍しい。

 しかし、この磐座、不思議なオーラを発している気がする。

 この磐座の先に、琴弾の滝がある。天手力男神が宿っている滝である。

f:id:sogensyooku:20191224210219j:plain

琴弾の滝

 太古の神道は、社殿を建てずに、山や滝や岩といった自然物を御神体として信仰していたと言われている。

 社殿のない、この滝と磐座だけの姿が、本来の天石門別神社の形であろうと思われる。太古の日本人は、自然から感じる力をそのまま崇拝していたのだろう。

 そう考えると、日本人にとって、日本列島の自然自体が御神体と言ってもいいだろう。

 なるほど、日本人の信仰に立てば、日本は神州である。
 天石門別神社には、空気が冷えていた朝方に訪れた。訪れて、背筋が伸びるような清冽な気に打たれたように感じた。

 天石門別神社から西に走り、美作市真神にある真木山長福寺を訪れた。

f:id:sogensyooku:20191224211812j:plain

長福寺

 長福寺は、現在は真言宗の寺院である。

 当寺の創建は、天平宝字元年(757年)で、孝謙天皇の勅願により、鑑真和上が真木山上に寺院を開いたとされている。

 弘安八年(1285年)、天台宗の円源上人が中興した。明徳年間(1390~1394年)に真言宗の寺院となった。最盛期は、山上に65坊の伽藍が立ち並んでいたという。

 その後時代の推移と共に衰微し、明治9年には、奥の院の長福寺1ケ寺となった。

 長福寺は、昭和3年に真木山上から麓の現在地に移転した。国指定重要文化財の三重塔は、寺院の移転後も山上にあったが、痛みがひどくなり、昭和25年の解体修理を機に現在地に移築された。

f:id:sogensyooku:20191224212600j:plain

三重塔

 三重塔は、鮮やかな朱色に塗られているので、新しい建物かと思ってしまうが、弘安八年(1285年)銘の棟札をもち、円源上人による長福寺再建時に建てられたものと分かっている。

 実は岡山県下で最古の木造建築物である。

f:id:sogensyooku:20191224212932j:plain

f:id:sogensyooku:20191224213008j:plain

 朱色と白と緑に彩られた塔身と、檜皮葺の反り返った屋根が美しい。私が史跡巡りで訪れた7つ目の三重塔である。

 長福寺には、この三重塔だけでなく、木造十一面観音立像、絹本着色不動明王像、絹本着色両界曼荼羅図、伝増吽筆十二天像といった国指定重要文化財がある。

 三重塔の裏には、真木山の守り神を祀っていると思われるお社がある。

f:id:sogensyooku:20191224213728j:plain

三重塔裏のお社

 このお社で面白かったのは、拝殿の中に、密教の修法壇が置かれていることである。

f:id:sogensyooku:20191224214058j:plain

 御簾の向こう側の本殿には、神様が祀られている。拝殿の左右には狛犬が鎮座している。しかしここでは、修法壇に僧侶が座って、神様に向かって祝詞ではなくお経を上げているのだろう。

 今回、朝方に神社と寺院を訪れた。境内の緑に薄白く霜がおりていて、朝焼けに当たる山々から靄が立ち上がっていた。

 神社仏閣を巡るのは、冬の朝に限ると思う。春や秋もいいが、冷たい朝の空気の爽やかさが、気分を引き締めてくれる。神や仏が身近にいるように感じる季節は冬である。