長安寺の中央には、平安時代中期の作である薬師如来坐像と、平安時代前期の作である秘仏の薬師如来立像を祀った薬師堂(仏殿)がある。有料で堂内を見学できる。
今に伝わる薬師堂の建立は、文化九年(1812年)のこととされている。
薬師堂の内外には、微細な霊獣の彫刻が施されている。丹波国氷上(ひかみ)郡柏原(かいばら)出身の彫刻家一族、中井権次一統による作品である。
建物正面の蟇股には、見事な獅子の彫刻が施されている。
薬師堂の四囲の蟇股には、それぞれ彫刻が施されている。裏手に回ると、鳥の彫刻がある。
全ての彫刻を紹介できないのが残念である。
さて、薬師堂の中に入ると、秘仏薬師如来立像を納めた黄金色の厨子があり、その前に平安時代中期の作である薬師如来坐像が祀られている。
厨子を囲む宮殿(くうでん)の彫刻も見事である。
そして屋根を見上げて驚いた。折り上げ式の天井に、巨大な龍の彫刻が刻まれているのである。
色彩鮮やかな絵のように見えるが、実は彫刻である。
作品の左下に、「柏原之住 中井正忠」と刻まれてる。中井権次一統の5代目、丈五郎橘正忠の62歳の時の作である。畢生の大作だ。
また、堂内の蟇股にも、大根と鼠や、猪などのユーモラスな彫刻が刻まれている。
中井権次一統は、ユーモア精神も持っている。
さて、薬師如来坐像の周囲には、薬師如来の守護神である十二神将像と、脇侍仏の日光菩薩像、月光菩薩像、御前立の薬師如来立像がある。
過去に何度も生まれ変わりながら修行を重ねた結果、悟りを開いた報身仏とされている。
この世界の遥か東にあるという東方浄瑠璃世界を司る仏様で、西方極楽浄土を司る阿弥陀如来と対になる仏様である。
左手に持っているのは薬壺で、悩める衆生の病気を癒す仏様とされている。
薬師如来坐像の後ろには、黄金の厨子がある。その中に秘仏薬師如来立像が安置されている。
秘仏なので拝観は出来ないが、大方丈には薬師如来立像の写真が掲示してあった。
ところで、薬師如来は密教寺院の本尊として祀られることが多いが、不思議なことに密教の曼荼羅には薬師如来は登場しない。
薬師如来は、密教の教主である大日如来と同体であるとも、金剛界曼荼羅で大日如来の東方に描かれる阿閦(あしゅく)如来と同体とも言われている。
いずれにしても、衆生の病気を治癒し、衣食住を満足せしめ、覚りに導くことを誓願した薬師如来は、昔から大衆の信仰を集めてきた。
長安寺の薬師堂は、古くから伝わる二体の薬師如来像と、中井権次一統の施した見事な彫刻が合わさった、一つの完成した宇宙を形成しているように思われる。
私は薬師堂を拝観して、一時堂外の世界を忘れ、東方浄瑠璃世界に浸ったかのような感動を味わった。