洲本城跡 その3

 洲本城跡天守台に登ると、三熊山の北側に広がる洲本市街や大阪湾、淡路富士の異名を持つ先山が一望できる。

洲本市

洲本港と大阪湾

先山と洲本市

 城のすぐ眼下に港がある洲本城は、山城でありながら、海の城と言ってもいいだろう。淡路水軍を率いた脇坂安治が、この城を拠点に東西に遠征をしたのが理解できる気がする。

 洲本城跡の模擬天守は、昭和3年の昭和天皇の御大礼を記念して建てられたものである。

 鉄筋コンクリート製だろうが、もう建ってから94年になる。

模擬天守

模擬天守のプレート

 どんなものでも、100年経つと価値が出てくるという。この模擬天守も、そろそろ100歳になるのだから、それなりに価値が出てきたと言ってもいいだろう。

 天守台からは、本丸跡や東の丸が一望できる。

本丸跡

東の丸

 東の丸の向こうには、大阪府の陸地が見える。

 本丸跡から西の丸に向かう。本丸跡の西側には本丸搦手虎口がある。

本丸搦手虎口

 搦手虎口から南を見ると、南の丸が見える。

南の丸

 南の丸は、本丸跡の南側を丸々覆っている広大な曲輪である。逆に南の丸から本丸跡西側の石垣を見ると、本丸跡の遺構の巨大さが分かる。

本丸跡西側の石垣

 本丸跡から西に歩いていく。西の丸までは、両側に木々が生い茂った小道を歩いていくことになる。

西の丸への道

 途中西の丸と本丸跡の間を画する西門跡がある。

西門跡

 西の丸に入る手前には、石垣に使おうとして、途中で放置されたものと思われる「残念石」がある。

残念石

 石を割ろうとしたノミの跡がある。脇坂安治が城を去ってから、二度と動かされることがなくなった石だ。

 西の丸は、大半が雑木林に覆われている。西の丸の中央に、大きな穴が開いた場所がある。この穴が何のために掘られたのかは不明である。

西の丸に開いた穴

西の丸

 西の丸は本丸跡からは結構離れている。本丸跡には観光客が多数いるが、ここまで来るとまばらである。

 西の丸の西端にある石垣が、洲本城跡の石垣の西端になる。

西の丸西端の石垣

 ここでUターンして本丸跡に戻った。

 さて本丸跡の北側に、八王子神社という小さな社があった。そこで私は不思議な体験をすることになる。

 それについては、次回紹介する。