越畑 蕎麦尾山金剛頂寺

 香々美新町から北上し、かつてたたら製鉄が行われていたという越畑という集落を目指した。

 香々美新町から越畑までの約16キロメートルの道のりは、「万葉のみち」として整備されている。

 「万葉集」に詠まれる150余種の植物のうち、104種の植物が道端に植えられ、歌碑が建てられている。

万葉のみち

 この万葉のみちを北上すると、標高1000メートルを超える山々に囲まれた越畑という集落に至る。

 この越畑という集落は、茅葺屋根の民家や棚田がある小さな集落で、過去にたたら製鉄が行われていた。

越畑の茅葺屋根の民家

 茅葺民家の脇に、「万葉集」を代表する女性歌人坂上郎女(いらつめ)の歌碑があった。ここが万葉のみちの終点だろう。

坂上郎女の歌碑

 歌碑には、同女の、「思わじと 言いてしものを はねず色の うつろいやすき わが心かも」という歌が書かれている。

 はねず(朱華)とは、薄い朱色の花を咲かせる庭梅もしくはザクロの花の名とされている。

 恋する人をもう思わないと言ったが、つい思ってしまう私の心は、朱華(はねず)のように移りやすいものね、という歌意の、恋多き女性・坂上郎女らしい恋の歌だ。

 越畑には、縮小して復元したたたら製鉄の炉を展示するたたら記念館がある。

たたら記念館

 記念館の中には出入り自由だったが、電灯が点いていなくて、入口から漏れる明かりを頼りに見学した。

 たたら製鉄には、酸化鉄を含む砂鉄と木炭が必要である。豊富な森林資源と砂鉄のある中国山地は古来からたたら製鉄の中心地であった。

 記念館の中央には、粘土で築かれた炉があり、その周囲に手動の送風機である鞴(ふいご)がある。

炉と鞴

 この炉の中に酸化鉄を含む砂鉄と木炭を交互に入れて、低温で燃焼させる。炉には鞴を使って空気を送り込んだ。

 酸化鉄は酸素と鉄が結合している。燃焼させることで、酸化鉄に含まれる酸素は一酸化炭素と結合して二酸化炭素になり、鉄が取り出される。

 燃焼の過程で、鉄は炉の中で木炭と混ざる。これが鉧(けら)と呼ばれる。この鉧を精錬して、最終的に純度の高い玉鋼が出来る。

 玉鋼から、技術の粋である日本刀が作られる。

 これからも美作のたたら製鉄の遺跡を訪れることになるだろう。

 越畑から南下し、鏡野町山崎にある真言宗の寺院、蕎麦尾山金剛頂寺に赴いた。

金剛頂寺の登り口

登り口のお地蔵様

 この寺は、大宝三年(703年)に鑑真和上が開創したと伝えられている。

本堂

 本堂前に咲いたユリと思われる花が鮮やかであった。後で調べると、アマルクリナムという花であった。

アマルクリナムの花

 若いころは花の良さが分からなかったが、年を取るにつれ、花というものの良さが段々わかってきた。花の美しさに罪はない。人知れずひっそりと咲く花はいいものだ。

 さて、金剛頂寺には、鎌倉時代東大寺勧進職を務めた重源上人が勧請したとされる熊野権現の木像が祀られている。公開はされていない。

内陣

愛染明王

 本堂に上がると、左手に愛染明王像が祀られていた。

 内陣の須法壇の上には、天人を描いた画があり、正面に月輪(がちりん)上に梵字の阿字を描いた額が掛けられている。

梵字の阿字と天女の画

 本堂の出入り口の上には、四国八十八ヶ所霊場の本尊を梵字で表した図が掛けられていた。

四国八十八ヶ所霊場の図

 密教の根本経典である「大日経」では、仏菩薩にそれぞれ梵字を当て嵌めている。

 弘法大師空海は著作「声字実相義(しょうじじっそうぎ)」で、真言梵字)を法身大日如来から流出した真実の言葉とし、梵字の一文字一文字が宇宙の現象を象徴していると説いている。文字が真理と同体なのである。

 真言密教では、仏も梵字で表され、世界を構成する地水火風空の五大元素もそれぞれ梵字で表される。世界は梵字で出来ているのである。

 梵語の阿字は、それらの真言の根源となる文字であり、宇宙が本来不生不滅(生まれも滅びもしない)の実体のない空であるという真理を一文字で表しているという。

 真言密教の阿字観という行法は、宇宙の真理を表す阿字と自己が一体であることを観想する行法である。

 この真言密教の教えにによれば、自分が人生で経験し、認識したもの全てが結局阿字一文字に集約され、それ以上でもそれ以下でもないということになる。

 自分の生死も全宇宙も、何もかも最初からたかが一文字に過ぎないと考えれば、確かに最初から全ては生まれも滅びもしていないという気がしてくる。