

玉雲寺は、応永二十三年(1416年)に太容梵清禅師が、地元の豪族須智(しゅうち)出羽守慶吉の懇請を受けて開山した寺である。
私は播州人だが、播州には曹洞宗の寺院は数少ない。曹洞宗の寺院は、北陸、東北に多いが、西日本はそれほど多くはない。
丹波は、曹洞宗の総本山のある越前の永平寺に近いためか、曹洞宗の寺院が多い。近畿地方にありながら、北陸の影響を感じさせる地域である。


梵清禅師は、薩摩の島津氏の出である。了堂真覚禅師の法を継いだ名僧と言われている。
天正七年(1579年)の明智光秀の丹波攻めで、玉雲寺は兵火にかかり、焼失した。
梵清禅師を慕った光秀が、翌天正八年(1580年)に本堂や庫裏を再建したとされている。


境内には、本堂、観音堂、庫裏がある。屋根が新しく葺き替えられているので、建物はそう古くは見えない。


曹洞宗の寺院は、簡素な佇まいで、境内に凛とした空気を感じさせるものが多い。玉雲寺もそうであった。


参拝客もほとんど訪れないような静かな寺であるが、庫裏を見ると、窓の向こうに僧侶が座って作業をしておられた。
少子高齢化が進んで、地方の寺院は空き寺院が増えているという。
地方の文化を伝えてきた寺社には、何とか残ってほしいものだ。


玉雲寺から更に東に進むと、琴滝という滝があり、須智氏の居城だった須智城跡がある。


須智城跡の訪問は、時間の都合で次回にすることにした。
琴滝は、高さ約40メートルの滝で、上流には二つの池があるらしい。



小雨が降る中、滝を見上げた。滝は遥か頭上から落ちてくるように見える。
最近日本曹洞宗の宗祖道元禅師の著書「正法眼蔵」を少しづつ読み返しているが、道元の言う身心脱落(しんしんとつらく)は、釈尊の覚りに近いと思われる。
ただ目の前に展開する現象を無心に眺めて、それに捉われずに受け流す、ということと思われる。
真実は、「今ここ」にしかない。「看脚下」という禅語の意味するものを究めて、徹底大悟することが、禅が目指すものだろう。