旧大國家住宅 大題目岩

 岡山県和気郡和気町尺所に、国指定重要文化財の旧大國家住宅がある。隣は閑谷学校の伝統を継ぐ岡山県立和気閑谷高等学校である。

 旧大國家住宅は、現在老朽化が進んでいることから、大規模改修工事中であった。

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旧大國家住宅

 大國家は、幕末までは大森姓を称していた。大森家は、戦国時代は、備中辛川城主で、宇喜多氏に属したが、後に一族共に当地に移住し、百姓となった。

 延享五年(1747年)に、大森満體(みつとも)が分家して酒造業と運送業で成功し、大地主となった。

 宝暦十年(1760年)に、満體は、現存の主屋部分を建てた。今では、主屋、土塀、蔵座敷、中蔵、乾蔵、酉蔵、井戸場、宅地が重要文化財となっている。

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主屋

 主屋は2階建てで、特に茅葺屋根の入母屋造りが2棟並行している2階の構造が変わっている。その上に本瓦葺の切妻造りの繋ぎ屋根が載る比翼入母屋造りである。

 写真のように、もうボロボロの状態であり、工事を終えて早く元の状態に戻ってもらいたい。

 和気町歴史民俗資料館には、旧大國家住宅の模型が展示してあった。

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旧大國家住宅模型

 事業の成功で財をなした大國家は、1840年代ころから、財政難の岡山藩池田家に多額の献金や貸付を行い、弘化年間には名字帯刀が許された。池田家から家紋付きの武具や衣類が与えられ、現在も大國家には藩主からの下賜品や書などが残っているという。

 また、大國家には、閑谷学校の教授や文人、画人などが立ち寄った。

 和気町歴史民俗資料館には、大國家が所蔵する、文化十一年(1814年)の頼山陽の書状を貼った屏風が展示してあった。

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頼山陽の書状

 

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 この書状は、頼山陽が大國家に宛てた書状ではない。どういう由来で大國家がこの書状を所有することになったかは分からない。しかし、頼山陽閑谷学校を訪れたことがあり、頼山陽と親交のある文化人も大國家を訪れたことから、いつしかこの書簡が大國家の手に渡ることになったのではないか。

 頼山陽は、文化八年以降は頼徳太郎と称していた。この書簡には、頼徳太郎の署名が見える。

 現代人には、頼山陽はあまり馴染みのない名だが、大正時代ころまでは、著名な人物だった。大正時代までは、幼いころから漢文を学び、漢詩を作ることを嗜む者が多かった。頼山陽は江戸時代屈指の漢詩人であり、漢文での著作が多い。漢文がまだ浸透していた大正期までは、頼山陽は名文家として有名であった。

 頼山陽が書いた「日本外史」は、源平合戦から徳川時代までの武家の栄枯盛衰を血沸き肉躍る漢文で書いた歴史読み物で、幕末の志士たちに広く読まれ、ベストセラーとなった。有名な「敵は本能寺にあり」も、「日本外史」の中で頼山陽明智光秀に言わせた台詞である。

 幕末の日本人の史観を培った頼山陽は、昭和・平成で言えば司馬遼太郎のような存在だったのではないか。

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 岡山藩の文化の結節点となった大國家住宅のありし日の姿を早く見たいと思う。
 JR和気駅から北に上がり、富士見橋を渡ると、目の前に見えるのが和気富士と呼ばれる城山である。

 その城山の南面に岩が露出していて、そこに題目である「南無妙法蓮華経」が彫られている。

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大題目岩

 この大題目岩は、和気町にある顕本法華宗の寺院、本成寺が管理するものである。

 題目とは、元々は鳩摩羅什サンスクリット語法華経を漢文に訳した「妙法蓮華経」の五文字を指していた。その妙法蓮華経に、帰依するという意味の南無をつけた「南無妙法蓮華経」が、今一般に題目と言われている。法華経を信仰する日蓮宗法華宗は、この題目自体を仏像のように大事に祀る。

 私は、かつて岩波文庫の「法華経」を読んだことがある。岩波文庫の「法華経」は、鳩摩羅什の漢文訳の原文と、その読み下し文、サンスクリット語からの現代語訳が載っている。読んでみると、巧みな比喩とおとぎ話のような説話が連続し、お経というより文学作品のようである。文字を読むだけで、目の前を鮮やかなコンピューターグラフィックで描かれた七色の仏たちが飛び交うような気がしてくる。不思議なテキストである。お経の形をした叙事詩とでも言うべきか。

 鳩摩羅什の漢文訳も名訳と言われている。「コーラン」もアラビア語としては奇跡的な美しさを持つ名文らしいが、「優れた文学作品」である「妙法蓮華経」も、読む者に信仰心を抱かせるのだろう。

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 この大題目岩は、大正3年に、大阪在住の熱烈な法華信者、田中佐平治の発願で、本成寺住職原田日勇上人の揮毫により彫られたものである。

 平成28年に和気町指定文化財となり、平成29年に修復された。高さ17.42メートル、幅4.91メートル、題目岩としては、日本最大であるらしい。

 この巨大な大題目岩を見上げると、信仰の力というものが、非常に強固なものであると実感する。