但馬を代表する温泉地である湯村温泉は、嘉祥元年(848年)に唐での修行を終えて帰朝した慈覚大師円仁が、山陰地方を通過した際に発見したとされている。
湯村温泉の周辺には、火山がない。それなのに何故温泉が湧くのか。
地下深くは、地中の熱で、火山がなくとも水が熱せられる。地下10キロメートルでは300~400℃という高温になる。
湯村温泉では、地下で熱せられた水が、低温水と混じることなく、断層を通じて地表に噴出しているのである。
湯村温泉の中心には春来川が流れている。川に架かる温泉橋周辺が温泉の中心街である。
春来川の河川敷に、湯村温泉の源泉である荒湯がある。
荒湯の温度は98℃で、泉質は無色透明、無味無臭、アルカリ性の単純泉で、浴用、飲用、ゆでもの、治療用に利用されている。
湯村温泉は、兵庫県美方郡新温泉町湯という地域にあるが、湯地域では、昭和44年から各家庭に温泉が送湯されている。
毎日家庭のお風呂で温泉に浸かることが出来るこの地域の人たちが羨ましい。
荒湯には、石造の格子で湯泉を覆った場所がある。この格子に卵を入れた袋を吊る紐を引っかけて、泉の中で卵を茹でて、温泉卵を作るのである。約15分で茹で上がるという。
この日は猛暑日だったが、荒湯に近づくと、猛暑を吹き飛ばすほどの熱気が体を包んだ。
湯村温泉は、昭和56年から放送されたNHKテレビドラマの「夢千代日記」の舞台となった場所である。
春来川沿いに、昭和60年に建立された夢千代像がある。
夢千代を演じるのは、主演の吉永小百合さんである。
広島原爆の体内被曝者である夢千代は、白血病と闘いながら、湯村温泉で芸者置屋を経営している。「夢千代日記」は、芸者置屋に吹き寄せられた人々の織りなす哀しく切なくしみじみした人間模様を描いたドラマである。
春来川沿いを北上すると、旧温泉町役場跡に、共同浴場の薬師湯がある。
温泉町は、平成17年に浜坂町と合併し、新温泉町となった。旧温泉町を象徴する場所に、共同浴場が建てられたわけだ。
町の東側には、温泉を開いた慈覚大師円仁を讃えるために、貞観十七年(875年)に建立された薬師堂がある。
この薬師堂は、元禄十五年(1702年)と安政四年(1857年)に大修理が行われ、昭和にも大修理が行われた。
薬師堂の彫刻も、中井権次一統の作品である。
堂内には、薬師如来像と慈覚大師像が祀られている。
湯村温泉は、関西から遠いためか、城崎温泉よりは観光客の数が少ないように見える。
その分、古い鄙びた温泉街の風情を残している。
はるか昔から、この地を湯治客が訪れ、今は観光客が数多く訪れている。
湯村温泉を発見した慈覚大師円仁には、感謝するばかりだ。