護国寺は、淡路七福神霊場の一つで、本堂には布袋尊を祀っている。
淡路七福神は、淡路島に存在する七福神を祀った七つの寺院を指す。一日で全てを巡ることも可能なので、手頃な霊場巡りスポットとして人気の観光名所でもある。
また、本堂には本尊として、国指定重要文化財の木造大日如来坐像を祀る。
大日如来坐像は、平安時代後期の作である。足の上で法界定印を結んだ胎蔵界大日如来坐像である。毎月28日に御開帳される。
丸みを帯びた穏やかな造りの像である。藤原時代の様式を現わしている。拝観は出来なかったが、ポスターの写真を見るだけで、こちらも穏やかな気持ちになる。
本尊に向かって右手の空間には、淡路七福神の布袋尊が祀られている。こちらは御簾に覆われて拝観することが出来ない。
本堂の表には、昭和56年に作られた瓦の布袋尊がある。
布袋尊は、中国の禅僧契此(かいし)のことである。常に大きな袋を持っていたので、布袋和尚と呼ばれ、弥勒菩薩の化身と言われた。日本に来て七福神の一つとなった。
この像は、大きな腹の中に世の中の悩みや苦しみを飲み込んで貰いたいという願いを込めて作られたものである。
護国寺の本堂、庫裏の裏にある庭園は、池泉鑑賞式庭園がある。兵庫県指定史跡名勝天然記念物である。
江戸時代初期に築かれた西側の本堂書院庭園と、江戸時代後期に築かれた東側の庫裏書院庭園が繋がって構成されている。
本堂書院庭園は、滝石組を中心にして、その右側に亀石を置き、背に蓬莱山の築山を背負う。手前には三角形の船着石がある。
また、庫裏書院庭園は、池の中心に巨石3つを組み合わせた石橋があるのが特徴である。
護国寺には、中世の古文書が多数保存されている。
中でも、元久二年(1205年)に書かれた「庁宣」は、淡路では最も古い文書である。
都在住の淡路国司が、国衙に宛てて書いた文書で、淡路一宮の伊弉諾神宮の法華会(ほっけえ)と淡路二宮の大和大国魂神社の桜会(さくらえ)の舞楽費用の調達について触れているという。
法華会も桜会も、仏教の祭事の名称のようである。中世の神社の祭りには、仏教の要素が多分に含まれていたのだろう。
神仏習合の痕跡は、あちらこちらに残っているものだ。