龍野街歩き 後編

 普段何気なく歩いている街並みでも、注意深く観察すれば、何がしかの新しい発見があるものだ。遠くにある著名な観光地に行かなくても、地元の史跡に意外な出会いがあったりする。

 今回はそれを紹介する。

 龍野は、童謡「赤とんぼ」の作詞をした三木露風の出身地である。その他にも、哲学者三木清などが龍野の出身である。

 龍野出身の著述家の三木露風、内海信之、矢野勘治、三木清の原稿や書簡、遺品を展示する資料館が、霞城館である。

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霞城館

 この4人の中で、最も人口に膾炙しているのは、三木露風だろう。

 露風は、明治42年(1909年)、20歳の時に詩集「廃園」を発表する。露風は、象徴派詩人として、北原白秋と並び称され、当時の詩壇は、「白露時代」と言われた。

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「廃園」序詩の原稿

 私は、露風の詩をあまり読んだことがないので、無責任な感想になるが、何だか露風の詩は、露風という人間から自然に流露したように感じられない。いい詩は、その詩人の本来の人間性からほとばしる雫のようなものだと思う。露風の詩には、ちょっとぎこちなさを感じる。言葉にし難いが、「本当にこの人が書きたかったのはこれではなかったのでは」と感じる。

 有名な童謡「赤とんぼ」は、幼いころに姉に背負われて夕焼けを見た思い出を懐かしんだ、露風のノスタルジーが自然に流露しているようで、いいと思う。だから、「赤とんぼ」は現代に残っているのだろう。

 霞城館の中には、第一高等学校の寮歌「嗚呼玉杯に」を作詞した矢野勘治記念館が併設されている。

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矢野勘治記念館

 第一高等学校は、東京大学教養学部の前身となった、旧制高校である。かつての日本のエリート養成所である。戦後、旧制高校が廃止され、第一高等学校の校舎と組織は、東大教養学部に引き継がれた。

 正直言って、私は矢野勘治にさほど興味を持てなかったが、この記念館の展示品の中で、唯一目を引いたものがある。それは、第一高等学校の学生が寮で使っていたとされる書棚である。この書棚の裏に落書きが一杯してあった。

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第一高等学校の学生が使っていた机の裏の落書き。

 「毛沢東」「11月決戦」や「虚ろな存在の中にも何かがあるらしい。それを見ることができたらなあ」などと書いている。時代的に、これは一高生の書いたものではない。おそらく70年安保闘争時の、東大全共闘の人たちが書いたものだろう。この本棚が一高から東大に引き継がれていたとしたら、その可能性はある。当時、左翼学生は、毛沢東思想を礼賛していた。また、昭和44年11月の佐藤総理訪米阻止のための闘争を「11月決戦」と呼んでいた。

 このブログでは、思想の是非は書かない。ただ、この落書きを書いた人たちが、本当に自分たちの思想に信念を持っていたかには疑問がある。

 こんな学生のころの恥ずかしい思い出のような落書きも、歴史の側面を知る材料になる。

 矢野勘治記念館を出て、龍野公園に行く。ここには、龍野出身の文学者の詩碑などがある。その中で、一際感動したのは、終戦時の陸軍大将田中静壹の紀功碑である。

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田中静壹紀功碑の説明板。

 田中静壹は、龍野出身の陸軍軍人で、終戦直前は陸軍大将として、関東地方の防備の責任者となっていた。

 昭和天皇終戦を決断し、玉音放送を控えた昭和20年8月14日深夜から15日早朝にかけて、陸軍将校や近衛師団の参謀の一部は、日本の降伏を阻止して徹底抗戦するため、クーデターを企てる。彼らは近衛第一師団長を射殺して、偽の師団長命令を発し、宮城(皇居)を占拠、玉音放送の録音盤を奪取しようとする。宮城(きゅうじょう)事件である。

 田中大将は、クーデターの鎮圧を決意し、数名の憲兵と宮城に向かい、宮城を占拠する部隊に対して偽の命令に従わないように説諭し、クーデターを阻止した。

 田中大将は、無事に戦争の終結を見届けた後、自決する。

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田中静壹大将紀功碑

 今まで田中静壹という人については、よく知らなかったし、龍野出身であることも知らなかった。何より、こんな何度も通ったことのあるところに、こんな石碑が建っているとは知らなかった。もっと知られてもいいことだと思う。身近なところに新たな発見があるものである。

 このブログでは、思想の是非は書かない。しかし、自己の信念に忠実だった人の生き様は、どんな時代にあっても、人を感動させるものである。