山門を潜って左に行くと、文化年間(1804~1818年)に再建された薬師堂がある。
本瓦葺で唐破風付きの宝形造である。
この薬師堂で特徴的なのは、丹波の名彫物師一統の、中井権次一統による彫刻が施されていることである。
唐破風下の龍と天女の彫刻や、木鼻の獏と獅子、手挟みの籠彫りなど、いずれも見事である。
5代目中井丈五郎正忠の銘があるが、傑作揃いのため、正忠と6代目中井権次正貞、正貞の弟清次良の合作と言われている。
向拝周辺と御堂の正面に見事な彫刻群が鏤められているが、向拝を潜り外陣に入ると、今度は格天井に様々な草花が描かれている。
内陣には、本尊の薬師如来坐像が奥に祀られ、その前に御前立ちの薬師如来坐像と日光・月光菩薩像が立つ。
御前立の薬師如来坐像の前には鏡があるので、像が見えにくくなっている。
薬師如来の厨子の左右には、薬師如来の守護神の十二神将が控えている。
東方浄瑠璃世界の教主である薬師瑠璃光如来は、今日も煩悩と心身の病に苦しむ我々に、慈愛の手を差し伸べて下さっている。
オンコロコロセンダリマトウギソワカ。薬師如来の真言を3度唱えた。
温泉寺の薬師堂は、19世紀の建築であり、比較的新しいためか、重要文化財ではなく国登録有形文化財になっている。
さて、薬師堂の脇の石段を登って、本堂に向かうことにした。
参道の途中に、石龍明神を祀る祠がある。その後ろに、幹が洞になった木がある。
温泉寺の参道は、不思議と幹が洞になった木が多い。
最近、山の中の苔むした巨石や巨木を見ると、心が鎮まるような気がしてきた。
山中の石や木や滝を崇拝するのは、日本人にとって、最も原始的な信仰である。
私の自宅の近くにある山にも、巨石や木々や滝があるが、近くに祠もなく、注連縄も紙垂も掛けられていない。
この装飾のなさが、むしろ原始信仰そのままのようで好ましい。
史跡巡りの果てに行きついたのが、山と石と木と水というのが、日本人らしくていいのではないかと思っている。