亀居山大乗寺 前編

 円通寺から南下し、国道178号線に出る。国道178号線を西進し、しばらく行くと、香住道路という無料のバイパスにそのまま繋がる。

 この道は、工事中の山陰近畿自動車道の一部で、現時点では兵庫県美方郡新温泉町まで延びている。

 いずれ北近畿豊岡自動車道山陰自動車道と接続することだろう。全ての道が完成すれば、兵庫県丹波市京都府宮津市から山口県下関市まで、山陰地方が高規格幹線道路でつながることになる。

 さて、香住道路の香住ICで降りて、兵庫県美方郡香美町香住区森にある真言宗の寺院、亀居山大乗寺に赴いた。

亀居山大乗寺

 この寺は、天平十七年(745年)に行基菩薩が、自ら彫った聖観世音菩薩立像を祀るために開創したという。

 一時衰退したが、安永年間(1772~1781年)に密蔵法印が伽藍の再建に尽力し、その弟子密英上人が跡を継いで伽藍を完成させた。

 その際、円山応挙とその一門が客殿の障壁画を描いた。

大乗寺山門

 応挙がまだ修行中の身で貧しかったころ、密蔵法印が学資を援助したことがあった。

 応挙は、密蔵法印の恩義に報いるため、大乗寺客殿建築に際して、弟子たちを引き連れて、一門で障壁画を描き、奉納したそうだ。

 この大乗寺で有名なのは、この応挙一門が描いた障壁画である。そのためこの寺は、別名応挙寺と呼ばれている。

山門の彫刻

 だがこの寺の見所は応挙一門の障壁画だけではない。

 山門と客殿に施された中井権次一統の彫刻も見所である。

 大乗寺は、円山応挙一門の絵画と中井権次一統の彫刻の両方を堪能することが出来る名刹なのである。

虹梁と蟇股の彫刻

木鼻の彫刻

鷲と松

木鼻の彫刻

 山門の彫刻群は、7代目中井権次正次とその相方久須真助の作品である。

 山門両端の木鼻の唐獅子が、門を潜ろうとする人の方を向いている。

 門の中央には、龍の彫刻がある。

門中央の龍の彫刻

 山門を潜って裏側から門を眺める。彫刻は、裏側にも執拗に施されている。

山門の裏側

山門裏側の彫刻群

鳳凰の彫刻

籠彫り

 技巧を凝らした見事な彫刻群である。大乗寺山門は、兵庫県指定文化財である。

 大乗寺を訪れた人は、皆応挙一門の障壁画の方に頭が行って、この中井権次一統の彫刻群を見過ごすことが多いのではないか。

 これら彫刻群も時間をかけて堪能すべきである。

 山門の軒下には、天保十五年(1844年)に鋳造された旧梵鐘がある。

旧梵鐘

 密幢上人の発願で、下浜在住の関対馬藤原家景が鋳造した。丈五尺、重量二百貫で、音響荘厳なる銘鐘として近隣に親しまれたが、大東亜戦争中に軍事資源として供出された。

 戦後返還されたが、6つの貫通穴が開けられていた。今ではかつての音を響かせることはできないだろう。

 また山門の脇には、立派な楠があった。ご神木である。

山門脇のご神木

ご神木の根

 苔の生えたご神木の根が存在感を放っている。

 安永年間に大乗寺が再建された時には、既にここにあった楠だろう。

 この楠が、中井権次一統が制作した彫刻が設置されたり、円山応挙一門が描いた障壁画が奉納される様子を見ていたと思うと、何故だか微笑ましい気分になった。