養父市 斎神社

 今年の6月以来、久々に但馬を訪れた。播但連絡道路の朝来インターチェンジで下りて、県道70号線を北上する。

 県道70号線沿いの兵庫県養父市長野にある斎(いつき)神社を訪れた。

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斎神社鳥居

 斎神社の創建は、聖武天皇天平二年(730年)と言われている。

 祭神は、天太玉(あめのふとたま)命、手置帆負(たおきほおい)命、彦狭知(ひこさしり)命の三柱で、古くは斎大明神と呼ばれていた。

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斎神社の両部鳥居

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斎大明神と書かれた扁額

 斎神社は、さほど有名な神社ではないが、但馬地域の開発に関わりのある重要な神社である。

 神代には、今の豊岡市街のある円山川下流域は、泥海に覆われていた。

 但馬五社(但馬の著名な五つの神社)の神様が、円山川下流域の開発について、額を寄せ合って相談した結果、土木の神様である斎明神にお願いすることになった。

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斎神社参道

 養父神社の祭神養父大明神が、鮭の背に乗って川を遡り、ちきり渕から斎大明神に工事のお願いをしたところ、斎大明神は快く引き受けた。

 そして、斎大明神が円山川河口の瀬戸を切り開くと、泥海が引いて忽ち肥沃な土地が現れたという。

 その後但馬五社の名代として、養父大明神が斎神社に御礼参りをした。この御礼参りが、祭礼として現在も続けられているという。

 それが毎年4月15、16日に行われる、お走り祭りという祭礼である。

 養父神社の神輿が担がれて、養父神社から斎神社までの往復40キロメートルという道程を練り歩くという奇祭である。

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お走り祭りを描いた絵馬

 斎神社の拝殿には、養父市指定文化財となっている、「斎神社のお走り祭り絵馬」が掛けられている。

 明治32年に地元の絵師が斎神社に奉納した絵馬で、江戸時代のお走り祭りの様子が描かれている。

 古代の豊岡盆地は泥海の広がる巨大な沼のような場所だったのだろう。豊岡の南側の養父に住む人々が、斎神社周辺の土木技術に長けた人々の助けを借りて、円山川下流域の開発をしたことが、伝説化したのではないか。 

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斎神社拝殿

 ところで、斎神社は、平成21年8月10日未明に発生した豪雨災害により、社殿背後の土砂が崩れ、本殿と拝殿が押し流され全壊した。

 拝殿はその後新築されたようだ。本殿は、倒壊前の彫刻や木材を生かしながら再建されたのだろう。見事な彫刻を持つ本殿が甦っていた。

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拝殿と本殿

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本殿

 本殿向拝蟇股の龍の彫刻や、脇障子の彫刻は特に素晴らしい。拝殿の中に、彫刻の写真が掲示されている。

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向拝蟇股の龍の彫刻

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龍の彫刻の写真

 斎神社の彫刻は、姫路市飾磨の屋台彫刻の名工である3代目松本義廣が昭和11年に彫ったものだそうだ。

 2つの脇障子の彫刻は、物語性を感じさせる名作である。

 一つ目は、本殿向かって左の脇障子に彫られた八岐大蛇退治の図である。

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脇障子の「八岐大蛇退治の図」の彫刻

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 雲の中を蠢く八岐大蛇は、尾に草薙剣を巻いている。素戔嗚尊は、十拳剣を握りしめ、酒樽を前にして八岐大蛇に立ち向かっている。左上には、櫛稲田姫の後ろ姿が彫られているという。

 勇壮豪快な作品だ。

 2つ目は、本殿向かって右側の脇障子に彫られた、「天の岩屋戸の図」である。

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脇障子の「天の岩屋戸の図」の彫刻

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 素戔嗚尊の乱暴狼藉に怒って、注連縄の張られた天の岩屋戸に姿を隠した天照大御神を、左側の天鈿女(あめのうずめ)命が踊って誘い出し、それにつられて天照大御神が岩屋戸を少し開けた隙に、天手力雄(あめのたぢからお)命が岩屋戸に手をかけて引っ張る姿が彫られている。
 中央には朝の到来を告げる鶏が彫られている。何とも御目出度い彫刻だ。

 本殿には、その他にも様々な神獣が彫られていて、見どころがある。

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木鼻、手挟みの彫刻

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軒下の彫刻

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 本殿をよく見ると、所々新材が組み入れられているのが分る。
 私が参拝していると、高校生くらいの年齢の女子が一人で参拝にきて、私に挨拶してきた。

 車やバイクで来た様子もないので、恐らく地元の女子高生だろう。地元の若者にとっても、この神社は大切に敬うべき社となっているのを実感した。

 拝殿の向かい側には、摂社の楯縫神社が建っている。

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楯縫神社

 楯縫神社の社殿は、宝暦十年(1760年)に建てられたもので、昭和12年に現本殿が完成するまで、斎神社の本殿として祀られていたものである。

 楯縫神社社殿の両脇には、大黒天と恵比須様の彫刻が彫られている。

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大黒天の彫刻

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恵比須様の彫刻

 何とも御目出度い社殿だ。

 また、大正12年に奉納された砂岩製の灯籠には、蔦の葉が垂れる独特の彫刻が施されていて目を惹いた。

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砂岩製灯籠の蔦の彫刻

 参拝を終えて参道の石段を下りる時、見事なイチョウの巨木があることに気づいた。

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参道のイチョウ

 私が参拝した10月9日は、10月とは言えまだ気温が高く、イチョウの葉は夏のように青々としていた。見事なイチョウの木を見ると、寿命が延びた気がする。

 いい神社に参拝すると、気持ちが晴々として、清々しい気分になる。

 こういう気分は、他の事では味わうことが出来ない。秋の朝の涼しく透き通った空気を吸うような清々しさだ。
 神気を感じるいい神社というものは、その神社の著名度や、社殿の立派さとは関係がない。
 忘れられたように町中や山麓にぽつんと建つ小さなお社でも、参拝すれば清々しい気持ちになることがある。そういう神社がいい神社である。

 ただの気のせいなのかも知れないが、気のせいにしてもこういう気分が味わえるなら、いい神社には参拝したくなる。