医王山大同寺

 當勝神社の参拝を終え、北上する。兵庫県朝来市山東町早田にある臨済宗の寺院、医王山大同寺を訪れた。

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大同寺

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大同寺山門

 大同寺は、大同二年(807年)に薬師如来霊場として創建された。当初は天台宗の寺院であった。

 一時は寺勢盛大であったが、時と共に衰微した。

 応安五年(1372年)、臨済宗の高僧、月庵宗光禅師が大同寺を再興した。月庵禅師は、令和2年11月4日の当ブログ記事「雲頂山大明寺」で紹介した、大明寺を建てた禅僧である。

 月庵禅師の下、大同寺は禅寺として復活した。

 大同寺の本尊は聖観世音菩薩で、その他に薬師如来像、釈迦三尊像、月庵禅師坐像等を有する。

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大同寺境内

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大同寺方丈

 大同寺は、月庵禅師の再興時に、但馬国守護山名時義が田園山林を寄付し、以後山名家の菩提寺となった。

 応仁二年(1468年)、応仁の乱に際して、細川方(東軍)の武将疋田長九郎と内藤孫四郎が大同寺に陣取ったが、山名氏(西軍)の家臣で竹田城主の太田垣氏に打ち破られた。疋田はその際大同寺に火を放った。

 天正五年(1577年)、羽柴秀吉が大同寺に陣取り、竹田城を攻略した。その時に寺領は悉く没収され、堂宇や古文書も失われた。

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大同寺開山堂

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 大同寺は、徳川時代に入り、家光の代の慶安四年(1648年)から再建が始まり、家綱の代の承応三年(1654年)に堂塔が整備された。

 綱吉の代の天和三年(1682年)に、中巌禅師が仏殿(開山堂)を現在地に移築(新築説もある)した。

 大同寺開山堂は、入母屋造、桟瓦葺き、裳階付の禅宗仏殿様式の建物で、兵庫県指定重要有形文化財となっている。

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華頭窓

 華頭窓から内部を覗いてみる。 

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開山堂内部

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開山堂天井部分

 中央に仏壇があり、その周囲を柱が囲み、各柱の間を虹梁がつないでいる。

 屋根の重量を木材でどう支えていくか、合理的な計算の下に建てられた木造建築は、数学的な美しさに満ちている。

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開山堂

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 開山堂の瓦を見ると、山名氏の家紋である二つ引き両が印されている。この寺が、山名氏とゆかりの深いことを示している。

 裳階の上を見ると、三手先まで組まれた斗供が見事だ。

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開山堂の組み物

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 大明寺の記事で紹介したが、月庵禅師は、村人を恐れさせたオオカミを手懐けた高僧である。

 大同寺の説明板に、月庵禅師の著した「禅師仮名法語」の中の説法が書いてあった。

我が心本来清浄なること、青天白日の一点の曇りなきがごとし。森羅万象一切の有情無情は、皆これ此のひかりの転変なり。すべて実体あることなし。是を悟るを仏という。 

  禅の教えの本質を要約して伝えている。

 素粒子物理学では、物質を分解していくと、最後は素粒子という極微の粒になる。この素粒子の運動により、世界は編み出されている。この宇宙を構成する物質は、どんな複雑な物質も、十数種類の素粒子に還元される。人間の心なるものも、脳内の現象に過ぎないとしたら、素粒子に還元される。

 森羅万象一切を「ひかりの転変」と喝破した室町時代の高僧の悟りの内容は、案外宇宙の本質を突いているのかも知れない。