道路を挟んで、森本慶三記念館の東隣にあるのが、昭和38年に開館した、つやま自然のふしぎ館である。
森本慶三は、津山有数の富豪だった錦屋を継いだが、途中で自分の商才の無さに気づいて錦屋を廃業してしまった。
錦屋には莫大な富があったが、森本はその資産をキリスト教の布教のために使い、津山基督教図書館と津山基督教図書館高等学校を設立する。
森本慶三には、以前から自然科学博物館を設立したいという夢があり、高等学校夜間部の建物が生徒増で手狭になったのを機に、高等学校夜間部を他に移転させ、元の建物跡を利用して津山科学教育博物館をオープンさせた。昭和38年のことである。
平成16年に、津山科学教育博物館は、つやま自然のふしぎ館と名称を変えて今に至っている。
つやま自然のふしぎ館の建物は、キリスト教系の高等学校の建物跡らしく、軒下に十字架が飾られている。
このつやま自然のふしぎ館は、珍名所として書籍で紹介されるなどしており、一部にはよく知られた名所である。
森本慶三は、終戦直後から動物の標本(剥製)を展示する博物館を開くことを計画しており、世界中から絶滅危惧種も含めた野生動物を集めて剥製にし、ここに展示した。
ワシントン条約が締結される前に作成された剥製が大半で、今では入手不可能な剥製が多い。開館から半世紀以上を経ているが、時を経て増々その展示品の価値は上がっている。
剥製は、死んだ動物の内臓等を取り出して防腐処理をし、プラスチックで作成した目や舌を嵌め込んで完成させる。この博物館の剥製は、どれも生きているかのようなリアルさを持っている。
展示される動物の標本は約800点、化石や鉱石、昆虫の標本等を含めれば、展示品の総数は約2万点となる。
驚嘆すべき博物館である。
ちなみに全館写真撮影は可である。
本物の動物を使って標本を造っているので、動物の実寸大を把握することが出来る。
入口近くにあるセントバーナード犬は、いまにも吠えそうなリアルさだ。
私の世代にとって、セントバーナード犬は、アニメ「アルプスの少女ハイジ」や、スティーブン・キング原作の恐怖映画「クジョ―」のイメージがある。
ところで、つやま自然のふしぎ館は、全館で展示室が15室もある。よくもここまで集めたなという展示品が並ぶ。
第1室には、世界の化石が集められている。
現代は、新生代第四紀沖積世である。沖積世は始まってまだ1万年にしかなっていない。40億年以上の生命の歴史からすると一瞬の事だ。
この1万年は、気候変動が激しい地球の歴史の中で、比較的温暖で気温が安定している。そのおかげで人類は農業を始め、人口を増やし、文明を築くことが出来た。あと1万年この幸運が続くかは分らない。現代人類は、幸運な時代に生まれた。
ところで、史跡巡りを始めて気づいたが、地球上で最も風化せずに残る物は、岩石である。
人間が作った木造建造物などは、兵乱や災害ですぐに失われる。金属も錆びていく。生物はすぐに死んでしまう。生物の中で最も長寿なのは、樹木だと思われるが、それでも1万年を超える樹齢のものはない。
1万年単位でものを捉えた時に、残る物は石である。人間が作ったもので、1万年以上前から残っているものは、縄文土器を除けば石器しかない。
生物の殻や骨も、石化すれば数万年どころか数億年後でも残る。三葉虫の化石は4億年前のものだ。今から4億年も経てば、日本列島はおろかアメリカ大陸もユーラシア大陸もなくなっている。その時代に、今の人類が造ったもので何が残っているかというと、石造物か石化した人の骨だろう。
第1室には、恐竜時代の背景画の前に絶滅危惧種の哺乳類の標本が展示している。
ユキヒョウやクロヒョウに、自然界で遭遇するのは極めて困難だ。
キリンの標本は、流石に立たせたら1階の高さに収まらないので、座らせて展示している。
背景画には、既に絶滅した恐竜や哺乳類の絵が描かれている。現生人類も含めて、現在地球上に生息している生物も、いずれは死に絶える運命にある。地球環境が変れば環境に適応できた生物が生き残る。
かつて地球上の酸素濃度が今よりもはるかに高い時代には、肺を持たず酸素を効率的に取り入れられない昆虫類も巨大化することが出来た。
かつての巨大昆虫からすれば、酸素濃度の減った今の地球環境など生存不可能な地獄である。しかし現生人類にとっては適応しやすい環境である。
地球温暖化が問題になっているが、温暖化は現生人類にとって不都合なだけで、将来この温暖化に適応して新たに誕生する生物種からすれば、温暖化した地球は自分たちを生み出してくれた「幸運な」環境になる。
第2室の人体の骨格と動物の骨格コーナーには、驚くべきことに、当館の創設者森本慶三の脳を含む臓器がホルマリン漬けで展示してあった。遺言で自分の臓器の展示を望んだそうだ。
自然の造形の神秘を感じたのは、キングコブラの骨格である。
見事な背骨と肋骨のつらなりだ。脊椎の登場は、生命の歴史の中でも画期的なことだった。
脊椎の無い甲殻類や昆虫は、外殻だけで自重を支えるのに限界があるので、身体を大きくするのに限度がある。水の浮力に頼れる海中のエビやカニがかろうじて大きくなれた。
脊椎を初めて備えた魚類から進化した爬虫類と我々哺乳類は親類同士である。
第3室の貝類のコーナーには、世界中の貝類の殻が展示されている。ここに並ぶカタツムリの殻を見て、カタツムリが貝類の一種であることを改めて認識した。
ところで写真のカタツムリは、ほとんどが日本の種である。日本国内だけで、こんなにも多くの種類のカタツムリがいるのだ。人間は、兵庫県と新潟県で種が変るということはない。だがカタツムリは変わるのだ。それだけ環境の変化に敏感な生き物なのだろう。
第4室の昆虫コーナーには、驚くほどの数の昆虫の標本が展示してある。
写真の様に、コガネムシにもこれだけの種類があるのだ。これだけの数の標本を見ると、環境適応と自然選択の結果、生物の種が変化してきたというダーウィンの自然選択説が、実感として納得できる。
つやま自然のふしぎ館の展示品の物量には、訪れた人にそう思わせるだけのパワーがある。
自然界は日々変化している。太古からの気の遠くなる時間の中で、生物は現れては滅んできた。現代もその最中で、我々人類も生物の一種である以上、決して例外的存在ではない。
そう思うと、自然界は冷酷かも知れないが、千変万化に富んだ豊饒な世界でもある。