オアシス

 2024年8月28日、世界中のオアシスファンたちが待ち望んだニュースが世界を駆け巡った。

 オアシス再結成。

 ノエル・ギャラガーリアム・ギャラガーというギャラガー兄弟を中心とした英国のロックバンド・オアシス。

ノエル(右)とリアム(左)(2024年)

 兄ノエルは、レノン=マッカートニー以来の才能と言われる作曲の天才で、彼が作るオアシスの楽曲は、ビートルズ風の王道メロディとピストルズの演奏のような衝動性を併せ持っている。

 シンガーである弟のリアムは、イギリスの下町のあんちゃんが、巻き舌で「かかってこんかい」と挑発しているような、攻撃的で粘着的な歌い方をする。

 その声は、まるでジョン・レノンが生まれ変わって大声でがなり立てているような「美声」である。

 ノエルが作った美しいメロディーの曲をリアムが全力で歌う。これがオアシスの全てで、これで全てが完結している。

 だがこの毒舌の兄弟は仲が悪い。2009年8月28日の解散のきっかけも兄弟げんかである。

 オアシス再結成を喜ぶ全世界のファンが、「いつまでもつのか」と気を揉んでいる。

 私の中で、オアシスは、ビートルズローリング・ストーンズと並んで、3大バンドの一つである。

 世界中に同じような人が数多くいると思うが、オアシスは、私にとって青春のバンドである。

 オアシスがレコード・デビューしたのは1994年だが、私がオアシスを知って聴き始めたのは1997年である。その時オアシスは既に3枚のアルバムを出していた。

 最初に聴いたのは、ファースト・アルバム「Definitely Maybe」である。

ファーストアルバム「Definitely Maybe」(1994年)

 この、「明確な、多分」という、ふざけたような題のアルバムには、オアシスの初期衝動が詰まっている。

 私は、買ってきたファーストアルバムを、帰宅して家族が外出して私1人しかいない実家のステレオで、わくわくしながら再生してみた時のことを、今でもはっきり覚えている。

 1曲目の「Rock’n'Roll Star」の爆音のようなギターに驚いて、近所迷惑になると思い、慌てて音量を下げた。リアムが恥ずかしげもなく「今夜、俺はロックスターさ」と大声で歌っている。これを聴いて、彼らがどこを目指しているのかが分かった。

 3曲目の「Live Forever」は、最初聴いた時点で王道メロディの名曲と感じたが、繰り返し聴くうちに、私の「人生の曲」になった。

 私が今まで生きてきて、海外のもの日本のものに限らず聴いた全ての曲の中で、1曲を選べと言われたら、躊躇わずにこれを選ぶ。

3rd single 「Live Forever」(1994年) ジャケットの家は、ジョン・レノンの生家

 ロックバンドとして、オアシスよりビートルズストーンズの方が上だと思うが、それでも1曲だけと言われればこれである。

Maybe I just want to fly      多分俺はどこかへ飛び去りたいだけ

I want to live I don't want to die 死にたくないから生き続けているだけ

Maybe I just want to breath     多分俺は息をしたいだけ

Maybe I just don't believe     多分俺は何も信じられないだけ

中略

You and I are gonna live forever 君と俺とは永遠に生き続けられる

 ノエルはこの歌詞を単に韻を踏んでいるというだけで意味もなく書いたと思われるが、リアムがこれを歌うのを聴くと、何とも心が揺すぶられる。

 どこか現実に満足できない若い頃には、こういう歌詞が心に沁みたのだ。

 ファーストアルバムとセカンドアルバムの間に出たシングル「Whatever」も何回も聴いた曲である。

5th single 「Whatever」(1994年)

 ビートルズのどんな曲よりもいい曲に聴こえるという「錯覚」が起こるほどの名曲である。

I'm free to be whatever I 俺は自由にどんなものにでも、

Whatever I choose     自分が選んだものになれるんだ

という自由を歌ったこの曲は、ジャケットの草原のように、聴くとどこまでも自由に駆け巡ることができるような気分にさせてくれる。

 セカンドアルバム「(WHAT'S THE STORY)MORNING GLORY ?」は、1曲目の「Hello」から最後の「Champagne Supernova」まで、反則と思えるような名曲が立て続けに続く傑作アルバムである。

セカンドアルバム「(WHAT'S THE STORY)MORNING GLORY ?」(1995年)

 このアルバムは、世評でもオアシスの最高傑作とされており、私もよく聴いたが、私は駄作とされるサードアルバム「BE HERE NOW」の方を遥かによく聴いた。

サードアルバム「BE HERE NOW」(1997年)

 サードアルバムを発表する前のオアシスは、イギリスにおける「90年代最大の現象」と言われ、いずれビートルズを超えるのではないかと言われていた。

 大金持ちになり、名声の頂点に立ったノエルとリアムは、ドラッグと酒に溺れ、これ以上ない全能感の中でこのアルバムをレコーディングした。

 出来上がったアルバムは、相変わらずメロディはいいものの、「ウォールオブサウンド」とでも言うべき重ね録りされたギターの大音量に包まれた、やたらに長い曲が続いていた。世間からは退屈だと酷評された。

 だが、この大音量のギターと美メロ、リアムの最高の声、そしてふてぶてしいまでに自信満々な歌詞が、当時の私を奮い立たせた。

 当時の私は、仕事先の独身寮に入っていたが、仕事に悩んで鬱屈した日々を送っていた。

 そんな日々の中で、全部で70分以上あるこの長大なアルバムを毎日聴いていた。

 2曲目の「My Big Mouth」などは、いわゆる中2病全開の歌詞である。

My big mouth,my big name 俺の大言、俺の名声

Who'll put on my shoes while they's walking いったい誰が俺に成り代わって

Slowly down the hall of fame ? 栄誉の殿堂をゆっくり歩いていくっていうんだい?

 リアムが大声で「Slowly down the hall of fame  ?」と繰り返し歌うのを、独身寮で何度も聴いて、肥大化した自己を想像して、ストレスを発散させた。

 you tubeにアップされているこの曲に対するコメントに、イギリスの男性が、「14歳の時にこの曲を聴いて、無敵になったと感じた」と書いているのがあった。世界中に、この曲を聴いて私と同じ気分になった人が沢山いたことだろう。まさに向かうところ敵なしだった当時のリアムが歌ってこそ、この曲に説得力があったのだ。

 オアシスのオアシスらしいところは、この初期の3つのアルバムで出尽くした。この後も彼らは4つのアルバムを出した。それぞれいいアルバムだが、初期3部作の無鉄砲というか無敵感は消えてしまった。

 4枚目のアルバムからのシングルカット「GO LET IT OUT !」は、私がリアルタイムで聴いた初めてのオアシスの新曲である。

「GO LET IT OUT !」(2000年)

 ドラッグをやめたノエルは、作曲と編曲に真剣に取り組んで、この曲を作った。これはこれでいい曲であるが、かつてのハンパの無い全能感はなくなった。

 私はこの曲が発表されてすぐの頃、新婚旅行先のオーストラリアのバスの中で、ラジオからこの曲が流れるのを聴いた。オアシスが世界的バンドだということを実感した。

 と同時に、独身の時にオアシスを聴いていた自分と今の自分が変わってしまったことを感じた。

 オアシスを聴くと、今でも独身の頃のやるせない鬱屈した日々を思い出す。そしてそれをオアシスの曲を聴くことで吹き飛ばしていたことを思い出す。

 オアシス再結成のニュースを聞いて、私も喜んだが、その反面「こんなおっさん兄弟が今さら何を歌うんだ」とも思った。

 そして自分を顧みて、「ああ俺もおっさんになったもんだな」と思ったものである。