神戸らんぷミュージアム 後編

 石油ランプと同じく、明治になって日本に上陸したのがガス灯である。

 明治5年(1872年)、フランス人技師ブレグランの指導の下、横浜で日本初のガス灯が点灯された。

 明治7年(1874年)には、東京新橋や神戸居留地にガス灯が設置された。

 ガス灯は、当初は街路灯として利用されたが、次第に屋内灯としても使われるようになった。

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屋内用ガス灯

 ガス灯の光は青白く、物を美しく見せるので、これに愛着を持つ人も多かったが、料金面で不利であったことと、火災の危険性があったことで、次第に電灯が優位になり、昭和に入るとほとんど姿を消した。

 石油街灯とガス街灯は、夕方になると点灯夫が火を点けて回ったが、ガス街灯の方は、朝になると消す必要があった。

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点消方の法被

 明治大正期には、朝になると、上の写真のような法被を着たガス会社の点消方が、ガス街灯の灯を消して回った。それが毎朝の町の光景だっただろう。

 ガス灯が日本に普及しだしたころ、国産されるようになったのがマッチである。

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様々なマッチの箱

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マッチ棒で作られた客船の模型

 マッチは、軸の先端に着いた発火性の頭薬とマッチ箱の側面に塗られた赤燐などの発火薬を摩擦させて発火させる道具である。

 古来の火打ち石などと比べ、発火しやすく、携帯に便利なので、19世紀以降普及したが、現在は簡易ライターが普及したため、需要は減った。

 照明の世界で最大の革命は、電灯の登場であろう。電灯は、それまでの灯火に比べると格段に明るく、安定した光を得られ、保守管理の手間もいらず、火災の危険性もなかった。

 日本で初めて電灯が点火されたのは、明治11年1878年)である。この時は、アーク灯が点灯された。

 アーク灯は、炭素の電極2つに電圧をかけた時に発生する放電の光を利用した照明である。

 明治15年(1882年)には、アーク灯の街路灯が日本に現れた。

 エジソン白熱電球を発明したのが明治12年(1879年)である。

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エジソンが発明した白熱電灯

 エジソンは、木綿糸のフィラメントに電気を通して発光させ、白熱電球を作ることに成功したが、商品化するためには、フィラメントにもっと強靭で幾何学的に平行に近い繊維を持った物が必要だった。

 エジソンは、6,000種類の繊維を用いて実験したが、1880年に、たまたまテーブルの上にあった団扇の外縁の竹を使ってみたところ、竹の繊維が非常に強靭であることが分り、これをフィラメントに使うことに決めた。

 そして、エジソンはフィラメントに使う良質な竹を求めて、日本と中国にウィリアム・モーアを派遣した。

 エジソンがモーアから送られた様々な竹を試したところ、京都の石清水八幡宮に生える真竹が最もフィラメントに適していることを発見した。

 以後10数年、京都八幡の真竹は米国製白熱電球のフィラメントとして使われた。

 日本で白熱電灯が初めて使われたのは、明治17年1884年)の上野駅での点灯である。

 森鷗外の作品には、様々な照明器具が出てきくる。鷗外作品を読むことで、明治期の日本の照明の移り変わりを味わうことが出来る。

 明治23年(1890年)1月発表の「舞姫」冒頭には、こうある。

石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。

 熾熱(しねつ)燈は、白熱電灯のことである。

 この作品中の時間は、鷗外がヨーロッパから帰朝した明治21年1888年)のこととされている。主人公が欧州から船で日本に帰る途中、ベトナムサイゴン港に寄港した夜、船に1人残って欧州での出来事を回想し始める場面の描写である。

 「舞姫」の文章は、今となっては古典的な文章として受け止められているが、発表当時の日本では、洋行帰りの客船の中に設置された当時最新の照明器具である熾熱燈を冒頭に登場させた、とんでもなく新奇な小説と受け止められたことだろう。

 国産の白熱電球が日本で初めて生産されたのは、その「舞姫」が発表された明治23年(1890年)のことである。

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国産の白熱電灯

 日本初の白熱電球は、藤岡市助が起こした白熱舎が開発した。

 白熱舎は明治32年(1899年)、東京電気会社となり、国産電球の生産力は急速に向上した。

 日本の屋内電灯は、明治大正期には、灯台や行灯を模倣して、豪華な装飾を施したものが流行したが、昭和期に入ると実用的で簡素な意匠のものが好んで使われるようになった。

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ガラスや陶器のセードを用いた電灯

 ヨーロッパでは、19世紀末から曲線的な意匠のアールヌーボー様式が流行し始め、エミール・ガレドーム兄弟の工房で、照明器具用のガラス工芸品の名作が生み出された。

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アールヌーボー様式の卓上スタンド

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 その後20世紀に入って蛍光灯が普及するようになり、21世紀にはLED灯が一般に普及した。

 照明の世界では、電灯の優位はこれからも揺るがないだろう。

 私も自宅を建てた時、照明には凝ろうと思って、様々な意匠の照明器具を買った。照明は人の心をも明るくする。

 人類が火を使うことを覚えてからというもの、光を自在に操作することは、文明を維持するために人間に備わった本能に近い気持ちである。

 もし大都市の停電が長く続いた時、住民が起こすであろう行動を思い浮かべてほしい。人はどうしても明かりを自在に使いたい生き物なのだ。