布金山長者峰隆国寺 後編 附信貴山観音寺

 隆国寺山門を潜ると目の前には大きな本堂が現れる。

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本堂

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 本堂は、寛政四年(1792年)に再建された。平成元年には、本堂の屋根が茅葺寄棟造から銅板葺入母屋造に改修された。

 茅葺屋根の本堂も見てみたかった。

 本尊は聖観音座像である。左右に不動明王像と毘沙門天像が両脇侍として立っている。

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本堂内陣

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本尊聖観音坐像

 本尊は、ふくよかな観音様だ。

 本堂には、弘化三年(1846年)に岸派の岸岱、岸徳という絵師が描いた襖絵がある。

 隆国寺障壁画として、兵庫県指定文化財となっている。

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隆国寺障壁画

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 写実的で優しい作風だ。

 また、境内には、土台の石垣が神鍋溶岩で出来た鐘楼がある。

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鐘楼

 寺の東司(とうす、トイレのこと)に行くと、洗面所に烏枢沙摩(うすさま)明王の像が立っていた。

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烏枢沙摩明王

 烏枢沙摩明王は、一切の穢れや不浄を焼き尽くす明王とされている。

 人の生活の全てを道と捉える禅宗では、用を足すことやトイレ掃除も道を行うことと同一としている。不浄と思われる東司も貴いものなのだ。

 明王と言えば、密教由来の仏で、禅宗でその像を拝むことは想像していなかったが、只管打坐の曹洞宗も、案外様々な仏像をお祀りしているようだ。

 隆国寺参拝中、私以外の参拝客はいなかった。静かな時間を過ごすことが出来た。

 さて、隆国寺から南に行き、豊岡市日高町観音寺にある信貴山観音寺を訪れた。ここは、天台宗の寺院である。

 観音寺の仁王門は、室町時代中期よりは前の建築であるという。

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観音寺仁王門

 前面両脇間の床を板張りとし、内部に仁王像を安置する様式が珍しいらしい。

 古式を残した貴重な建造物として、兵庫県指定文化財となっている。

 確かに格子の木材の風化度合いから、かなり古い建物であることが窺えた。

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格子の木材

 中の仁王像は、ちょっと漫画的な像であった。この像は、そう古くないだろう。

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仁王像

 観音寺仁王門は、境内から離れた街並みの中にある。仁王門から街並みの奥に行き、石段を登ると、観音寺境内に至る。

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鐘楼門

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本堂

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宝楼閣

 ささやかなお寺だが、懸造り風の宝楼閣という建物が印象的だった。

 史跡巡りを始めて、有名無名様々な寺院を訪れてきたが、よくよく考えると寺院の建物の立派さは仏教の教えとはほとんど関係がない。

 さきほどの東司の例のとおり、教えの側から見たら、宝玉も塵も仏道を現すものとして等しいものである。そこに値打ちの上下をつけるのは、衣食住を豊かにしたいという人間の欲望である。弘法大師が、人の心は世界を描く絵師だと言ったのはその通りである。

 人が欲を持つのは、人間の自然な本能なので、それ自体が悪いとは思わない。ただ欲を忘れろという、人からしたら不自然なことを求める宗教というものが、歴史の中で誕生し、今まで人に崇められてきた不思議を思うばかりだ。