龍徳寺から歩いて少し西に行ったところに鎮座するのが、若桜の氏神である若桜神社である。
若桜神社の創建年代は不詳だが、元々は鬼山の麓の三倉集落にある八兵衛谷に祀られていたそうだ。
正治二年(1200年)に矢部氏が領主として赴任した際、社が松上山の宮ノ元に移された。
この頃からと思われるが、祭神は松上大明神と呼ばれ崇敬された。
元弘三年(1333年)に後醍醐天皇が隠岐から京に還幸した際には、供奉した名和長年が鉾を奉納したという。
天正九年(1581年)の秀吉の因幡攻めの際に兵火にかかり焼失したが、若桜鬼ヶ城城主木下重堅、山崎家盛らにより現在地に再建された。
鳥居を入ってすぐ右側に、江嶋神社という小さな社がある。
何の変哲もない小さな社に過ぎないが、社の内部に入ると、神棚から神々しい気配を感じた。気のせいかも知れないが、清浄な空気が流れていると感じる。
参道を進むと、長い石段がある。石段を上ると、鮮やかな赤い神門がある。
神門を潜ると、更に長い長い石段が続く。
石段を登りきると、目の前に広い境内が広がり、拝殿が出迎えてくれる。
拝殿の前には、高い杉の木が並ぶ。
拝殿の前や本殿の周囲には、社殿を守るかのように杉の巨木が立ち並んでいる。只ならぬ神威を感じる神社だ。
入母屋造の本殿の彫刻がまた立派である。
御祭神は、国常立尊(くにとこたちのみこと)である。「日本書紀」で最初に登場する神様で、日本の国土の根源となる神様である。
元々は松上大明神が祀られていたが、おそらく明治維新後に国常立尊に御祭神が変更されたのだろう。
本殿の脇にある摂社の蟇股の龍の彫刻が豪快であった。
山奥の神社には、手入れが行き届かず荒廃してしまった神社も多いが、若桜神社は、氏子たちに大切にされているのを感じる。
地方の奥地にある手入れが行き届いた神社に参拝すると、俗塵を離れた清浄な空気を吸った気持ちになる。
参拝客が多い有名な神社よりも、このような神社に参拝した方が、神々を身近に感じることが出来るかも知れない。