神戸市西区 太山寺 中編

 三重塔を観終わって、国宝の本堂に向かう。

 本堂は、正面七間、奥行き六間の大きな建物で、鮮やかな薄緑色の銅板で屋根が葺かれている。かつては本瓦葺だったそうだが、昭和39年の解体修理工事で銅板葺きに葺き替えられたらしい。瓦葺の本堂も見てみたかった。

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国宝・太山寺本堂

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 今の本堂の前身の建物は、弘安八年(1285年)の火災で焼失した。永仁年間(1293~1299年)に再建されたのが、今の本堂である。

 私は昨日の記事で、先走ってこの本堂が鎌倉幕府滅亡を記念して建てられたのではないかと書いたが、どうやら幕府滅亡の30年以上前に再建されていたようだ。

 鎌倉幕府を討滅するために挙兵した太山寺の僧兵たちは、出陣前にこの本堂の前で気勢を上げた事だろう。鎌倉幕府追討の戦い、元弘の変の一場面をこの本堂が見守ったと想像すると、この建物に対して畏敬の念が湧いてくる。

 時を経て来たものは、それだけで畏敬するに値する。

 本堂の内部は、ご本尊の薬師如来像を祀る内陣と、それを礼拝するための空間である外陣に分けられている。外陣の朱色の柱と格天井が豪壮である。

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外陣

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外陣と内陣を分ける格子

 内陣に祀られる御本尊・薬師如来像は非公開である。宮殿前に御前立の像が立っている。その両脇を四天王像が固めている。

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内陣の仏像群

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御前立の薬師如来立像

 御前立の像の背後には、菊の紋章が描かれた織物が掛けられている。その後ろに御本尊が安置されているのだろう。藤原宇合が祀った薬師如来像がそのまま立っているのかは分からない。

 宮殿の上には、釈迦如来像を象った懸け仏が祀られている。

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懸け仏

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持国天多聞天

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観音菩薩立像

 左右の四天王像や、内陣手前に立つ小柄な観音菩薩立像も、暗闇の中で独特の存在感を放っている。

 ここで行われる法要を見てみたいものだ。

 本堂の南西にある阿弥陀堂は、三重塔と同年の貞享五年(1688年)に再建された。

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阿弥陀堂

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 この阿弥陀堂に祀られる阿弥陀如来坐像は、鎌倉時代初期の作で、国指定重要文化財となっている。

 この阿弥陀如来坐像は、丈六の像で、時代は150年ほど異なるが、宇治の平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像とほぼ同じ大きさであるらしい。

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阿弥陀如来坐像

 西方から衆生を見守る神々しい御姿である。思わず手を合わせ、阿弥陀如来真言を唱えた。

 さて、阿弥陀堂の前に、息游軒遺址と刻まれた石碑があった。

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息游軒遺址の碑

 息游軒とは、岡山藩池田光政に招聘されて仕えた儒者熊沢蕃山の号である。熊沢蕃山が、太山寺周辺に住んだことを記念する石碑である。

 熊沢蕃山は、士農工商という身分制度に反対を唱え、岡山藩の百姓を大事にする政策を支え、後に幕府に睨まれた人物だが、人間を平等に見る仏教の教えに親近感を覚えたのだろうか。

 阿弥陀堂の北側には、朱色の柱が鮮やかな鐘楼と寂びた護摩堂がある。

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鐘楼

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護摩

 護摩堂も三重塔や阿弥陀堂と同じく、17世紀後半に建てられたと推定されている。本瓦葺の宝形造りである。大黒天、不動明王毘沙門天が祀られている。

 太山寺は、他にも重要文化財に指定された絵画11点、鎧などの工芸品9点、墨書3点を所蔵している。境内にあった鉄筋コンクリート製の収蔵庫は、それらの寺宝を収めたものだろう。

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収蔵庫

 太山寺が宝物館を建てて、それらの寺宝を公開してくれたらいいものをと思う。

 太山寺は、神戸市内で唯一の国宝建造物を有する寺院である。

 神戸市は、異人館街や南京街などの異国情緒や、先端のファッションを売りにしているが、実は源平合戦南北朝の争乱で何度も歴史の表舞台に上った地域でもある。

 当ブログで、神戸市のそういった側面を紹介出来たらと思う。