津山まなびの鉄道館 前編

 美作に鉄道が敷設されたのは、明治31年の中国鉄津山線(現JR津山線)の岡山津山間が開通したことに始まる。

 美作地域には、古い鉄道駅舎など、鉄道遺産が数多く残っている。

 岡山県津山市大谷にある、津山まなびの鉄道館は、国内では京都の梅小路機関車庫に次ぐ規模の機関車庫である旧津山扇形機関車庫と転車台を中心とした資料館である。

f:id:sogensyooku:20200914194803j:plain

津山まなびの鉄道館

f:id:sogensyooku:20200914194856j:plain

 旧津山扇形機関車庫は、昭和11年国鉄姫新線の全線開通にともなって、国鉄津山駅の西側に設置された。

 機関車を収納する庫を17線有し、収納された機関車を修繕するための設備や技工長室、道具置き場が設置されていた。

f:id:sogensyooku:20200914195532j:plain

旧津山扇形機関車庫

f:id:sogensyooku:20200914195610j:plain

f:id:sogensyooku:20200914195640j:plain

 旧津山扇形機関車庫には、今は蒸気機関車だけでなく、現役を退いたディーゼル車などが多数収納され、展示されている。
 機関車庫の前にある転車台は、機関車の方向転換や、機関車庫への車両の収納のために使用されたもので、昭和5年に姫新線の前身である作備線が開通した時に設置された。

f:id:sogensyooku:20200914200241j:plain

転車台

f:id:sogensyooku:20200914200318j:plain

 転車台の東側には、JR姫新線津山駅の線路と車両が見えており、現役で使用されていたころの雰囲気を味わうことができる。
 旧津山扇形機関車庫と転車台は、既に現役としての役割を終え、JR西日本により、平成28年から鉄道記念物として展示公開されるようになった。

 転車台の前には、蒸気機関車C57型で使用されていた68号動輪が展示されている。

f:id:sogensyooku:20200914200735j:plain

蒸気機関車C57型68号動輪

 この動輪は、直径1.75メートル、重量3480キログラムで、国内で使用された動輪としては最大である。

 それでは、扇形機関車庫に収納された機関車を見ていく。

 デゴイチの愛称で知られるD51型蒸気機関車は、日本を代表する貨物用機関車で、機関車としては日本最多の1115両が生産された。

 単一の鉄道車両の生産記録としては、未だに破られていない。

f:id:sogensyooku:20200914201348j:plain

D51型蒸気機関車

 昭和の中頃まで、この車両が主力として活躍していたとは夢の様な話だ。驚くのは、こんな蒸気機関車でも、1280馬力の出力を誇っていたことである。蒸気の力も馬鹿には出来ない。

 さて、次なる車両は日本の鉄道史上最強の出力を誇るDD51型ディーゼル機関車である。

f:id:sogensyooku:20200914202553j:plain

DD51型ディーゼル機関車

f:id:sogensyooku:20200914202638j:plain

 DD51は、昭和37年から昭和53年にかけて生産された車両である。運転席の前後にそれぞれ1100馬力のディーゼルエンジンを搭載し、2基合わせて2200馬力という出力を誇る。 

 DD51のことを、昔貨物車を牽引していた古臭い機関車として記憶している方も多いと思われるが、この機関車は東日本大震災の被災地復興に大活躍した。

 DD51は、東日本大震災が発生した平成23年には、老朽化が進んでおり、続々と廃車にされて、新型車両に切り替えられていた。

 東日本大震災により、東北地方の大動脈である東北本線が寸断された。被災地復興のため、瓦礫を撤去する重機や生活に必要な車両等の燃料となる石油を東北地方に運ぶ必要があったが、東北本線が使用できないため、比較的早く復旧した磐越西線が迂回ルートとして使用されることとなった。

 しかし磐越西線は、新潟県福島県を結ぶ鉄道で、標高の高い東北山脈内を縫うように敷設された勾配のきつい線路が続き、相当な難路であった。

 重い石油を満載した車両を牽引して磐越西線を越えられるパワーのある車両は、引退しつつあったDD51しかなかった。しかもDD51は、2両を連結して1両の運転席から2両を同時に操作することが出来た。2両連結で4,400馬力の大パワーを発揮できる。

 石油運搬車両として、全国から余ったDD51が東北地方にかき集められた。

 このDD51が、峻険たる磐越西線を越えて石油を東北地方に運んだおかげで、東北地方の被災者の生活は維持され、復興を進めることが出来た。

 私は鉄道車両にあまり興味を持っていなかったが、このエピソードを知って、DD51が好きになった。

 DD51は、1両に2基のエンジンを積んでいるが、DE50型ディーゼル機関車は、1基で2,000馬力という、単体エンジンとしては最強のエンジンを搭載していた。

f:id:sogensyooku:20200914205035j:plain

DE50型ディーゼル機関車

 DE50は、昭和45年に生産された。日本の鉄道が急速に電化されていた時代で、投入される予定の路線が電化されたので、量産されることなく、1両だけ生産された。

 ということは、ここに展示されているDE50は、日本唯一のDE50ということになる。

 キハ181気動車は、どこか懐かしい車両である。キハ181は、非電化急勾配路線で特急車両を牽引するために開発された。

f:id:sogensyooku:20200914205806j:plain

キハ181気動車

 キハ181は、平成23年に廃車となったが、晩年はJR播但線、山陰線で特急はまかぜとして使用されていた。

 道理で懐かしい筈だ。私も昔JR姫路駅に止まるキハ181の「はまかぜ」を見かけていた筈だから。

 扇形機関車庫の裏には、除雪車と思われる車両が展示してあった。

f:id:sogensyooku:20200914210250j:plain

除雪車

 昔テレビで見ていた「鉄人28号」を彷彿とさせる車両だ。

 何にしろ、人のために働く乗り物というものは格好いいものだ。特に男の子はエンジンを積んだ乗り物が好きだが、美作の鉄道は電化されていないので、ディーゼルエンジンを積んだ車両が主力で働く機関車王国だった。

 私は鉄道マニアではないが、これはこれで巨大エンジンのロマンを感じることが出来て面白い。