笠井山薬師院 龍之口八幡宮

 金山寺のある金山は、標高499メートルである。金山は、南側の笠井山と連なっている。

 金山寺から南に細い山道を走ると、天台宗の寺院、笠井山薬師院がある。

 薬師院は、天平勝宝元年(749年)に報恩大師が備前四十八ヶ寺の根本道場金山寺を開いた時に、境外庵室として建立された。

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薬師院山門

 本尊の薬師如来像は、秘仏とされている。眼病に特に効験があり、日本三大薬師の一つとして崇敬され、かつては多くの参詣者で賑わったそうだ。

 薬師院は、弘治元年(1555年)の備前金川城主松田左近将監による攻撃で焼失した。

 その後、堂宇は荒廃したままだったが、地元民により、大正12年に本堂が改築された。

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薬師院本堂

 改築された本堂は、ささやかなものである。本堂の前に立って、薬師如来真言である「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」を唱えた。

 薬師院には、本堂の他の建物として、平成3年に改築された庫裏があるばかりである。

 薬師院は、天台宗の寺院であるが、本堂の脇にミニ四国八十八ヶ所の第一番札所霊山寺の石碑と弘法大師の石像があった。

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ミニ四国八十八ヶ所の第一番札所

 薬師院が真言宗の寺院だった時代があったのだろうか。

 さて、笠井山から降りて、旭川にかかる中原橋を渡り、岡山市北区祇園にある「龍ノ口グリーンシャワーの森」という自然公園に行く。

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龍ノ口グリーンシャワーの森の案内図

 ここは、龍ノ口山の登山を楽しむための森林公園だが、その龍ノ口山の山上にあるのが、龍之口八幡宮である。

 八幡宮は、標高200メートルほどの山の上にある。山はさして高くはないが、私が訪れた夕暮れ時でも相当な暑さであった。

 駐車場に車をとめ、しばらく歩くと公園の正門がある。

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龍ノ口グリーンシャワーの森入口

 しかし、そんな暑さの中でも、ハイキング客は多い。私も山を登り始めた。

 龍之口八幡宮は、天平勝宝年間に、金山寺を開創した報恩大師が勧請したとされている。

 八幡宮の社殿の建つ場所が天然の要害であったため、戦国時代には山城の龍之口城が築かれていた。

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龍之口八幡宮の入口の灯籠

 しばらく山を登ると、八幡宮の入口と思しき一対の灯籠があった。灯籠は石垣の上に建っていたが、この石垣が、もしかしたらかつての城門の跡かも知れない。

 しかし、戦国時代のものとしては、整い過ぎた石垣なので、江戸時代に再建された時の神門の跡だろう。

 龍之口城は、松田左近将監の武将の穝所治部元常が居城としていた。

 松田氏は、宇喜多直家と対立していた。宇喜多勢は幾度も龍之口城を攻撃したが、難攻不落の城であったため、なかなか陥落しなかった。

 謀略家の直家は、岡剛介というスパイを城に潜入させ、元常を殺害し、ようやく城を攻略した。

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鳥居

 鳥居を潜ってしばらく行くと、ようやく八幡宮に至る。

 龍之口八幡宮は、岡山藩池田光政に厚く崇敬され、寛文元年(1661年)に社領15石が寄進され、荒廃した社殿が再建された。

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社頭の茅輪くぐり

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備前焼狛犬

 寛文年間、藩主池田光政が今の岡山市牟佐に遊猟に行った帰りに、龍ノ口山の麓を流れる旭川を舟で下っていると、川面に大蛇が横たわり、舟の行く手を遮った。

 光政は自ら弓を取り八本の矢を射たが、矢はことごとく外れた。そこで光政が大蛇に向かい、「心あれば退け。以後は八幡宮の守護神として御祀りしよう。」と言うと、大蛇はたちどころに山中に姿を消したという。

 それ以降、八幡宮は歴代岡山藩主から篤く崇敬された。

 今の社殿は、明治39年に一度改修されたものを、昭和14年に更に改修したものである。

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拝殿

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本殿

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 本殿は唯一神明造りである。
 御祭神は、応神天皇神功皇后玉依姫命である。

 龍之口八幡宮は、近代に入ってから一般民衆も多く参拝に訪れるようになり、今では受験や勝負の神様として崇敬されている。

 本殿の裏側に、石鎚神社という名の小さな祠があった。

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石鎚神社

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 背後から見ると、石が祀られているのが分かる。石に何かが彫られているのだろう。どんな神様が祀られているのか、拝観したいと思った。

 この石鎚神社のある場所からの眺めが良かった。

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龍之口八幡宮からの眺望

 写真右奥の最も高い山が金山で、画面左側の山が笠井山だ。

 岡山の城下町に北から攻め込むには、必ずこの眼下の平地を進まなければならない。成程、ここは要衝の地である。

 歴代岡山藩主は、城の北東の守り神に敬意を表したと見える。