客湯殿の浴室の隣室は、化粧室となっている。女性の化粧や更衣用の部屋だったようだ。
御覧のように三畳の狭い部屋である。しかし、小さいながらも、この部屋も選び抜かれた銘木があちこちに使われている。
まず真ん中に通る床柱は、鞍馬産赤松磨き丸太。床板は、栃白玉杢。
地袋(右側の収納部分)の天板は、塩地玉杢。
落掛(おとしがけ)は、手前が煤竹、奥が櫨磨き丸太と神代杉。
更に床の間横の付書院には、円窓と変り組障子を組み合わせた、珍しい建具を配している。
また、化粧室の天井板は、春日産杉白味笹杢である。
まさに磨き抜かれた銘木たちが競演する空間だ。
最後に紹介するのは、離れ座敷である。この離れ座敷は、来住梅吉が煎茶の茶室として建立した建物である。
ここには、総理大臣を務めた犬養木堂(犬養毅)や、朝香宮鳩彦(やすひこ)王などが宿泊したことがある。
離れには、次の間と座敷の2部屋があるが、両室の間の黒柿を使った間越欄間には、座敷側に市川周道の彫刻による蝙蝠が飾られている。
間越欄間の次の間側には、同じく市川周道による「月と時鳥」の彫刻が飾られている。
この彫刻は、「小倉百人一首」の藤原実定の歌、「ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる」という歌から題材を得ている。歌意は、「時鳥が鳴いた方向を見ると、もう時鳥の姿はなく、ただ有明の月が残っている」というものである。
座敷の天井には、屋久杉が用いられている。
座敷の床の間、床脇、付書院がまた見事である。
写真は、右から床脇、床の間、付書院となる。
床柱は、縞黒檀である。床の間と床脇の間の狆潜り(ちんくぐり)の丸太は、櫨である。
床の間の掛け軸は、橋本関雪の作である。
付書院は、欄間障子が繊細な松葉継模様である。
また、付書院の腰板は、薩摩杉である。
床脇は、違い棚が葡萄杢が美しい珍木の白木、天袋板は朱檀、天井は屋久杉である。
床脇の天井など、まず見上げることがないが、このように人目に付かないところにも手抜きせずに、きっちり銘木を使って意匠を凝らしているところが心憎い。この部屋に宿泊した犬養毅も朝香宮鳩彦王も、さぞ感嘆したことであろう。
さて、三回に渡って、名邸旧来住家住宅を紹介した。見学料は無料である。近くには狭いながらも無料駐車場がある。
このような邸宅に住めば、毎日さぞ心豊かに過ごせることであろう。
贅を尽くした邸宅に住むことは叶わずとも、生活の中に美術や音楽や文学といった美しい物に触れる機会を取り入れることは、人生の味わいや香りを増すと思われる。
人生で最も長い時間を過ごす自宅内に、見るたびに感心する飽きの来ない美しい物を置くことは、辛い人生を乗り切る秘訣であると思われる。